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女が階段を上がる時 1960年東宝

学生時代に「浮雲」を見て以来ずっと、高峰秀子は不動のマイ・ベスト・アクトレスであり続けています。
日本映画黄金時代の多くの傑作に出演している彼女ですが、一生の間に彼女の出演作品で、見られる作品は全て見ておきたいと思っています。
本作もそんな未見の一本。DVDを持っていました。
1960年の製作ですから、高峰秀子36歳の時に撮られた作品です。
銀座の雇われマダム圭子が、本作での彼女の役どころ。
脚本家・菊島隆三のオリジナル脚本で、彼がプロデュースも担当しています。
高峰秀子は、本作で主演を務めながら、出演者の衣装考証も担当。
長年映画界で鍛えられた服装センスを遺憾なく発揮していました。
監督は、「浮雲」の成瀬巳喜男。
ただ一人、圭子が心を打ち明ける銀行の支店長を、森雅之が演じていますから、あの「浮雲」の名トリオが集結です。
夜の銀座のジャージーなムードを醸し出す黛敏郎の抑えた音楽も秀逸。
大都会の夜に繰り広げられる、愛と欲に彩られた男と女の人生が、豪華俳優陣によってモノクロのスクリーンに紡ぎ出されます。
高峰秀子を見ているだけで、こちらはもう、間違いなく日本映画の傑作を見せられている気にさせられてしまうのですからさすが。
もちろん中村鴈治郎や加藤大介、小沢栄太郎のクセモノぶりも脂ノリノリ。
まだ二十代の仲代達也も、大女優の胸を借りて、夜の都会に生きるマネージャーの役を好演していました。
とにかく、成瀬監督の、真骨頂といえば、丁寧な演出を積み重ねることで醸成されてゆく情感。名作「浮雲」では唸ったモノです。
亡くなった夫への誓いを守りながらも、女として、次第にのっぴきならないところへ追い詰められてゆく孤独なヒロインを、高峰秀子が円熟の演技力で、その成瀬演出に応えていきます。
映画にまだまだ力のあった頃の香りがプンプンとしていて、安心して浸れる一本でした。

さて、銀座のクラブで、女の子を侍らせて飲んだなんてことは、残念ながら、サラリーマン現役時代には一度もありませんでしたが、学生時代に、赤坂のクラブで「弾き語り」のアルバイトならした経験があります。
クリスマス・シーズンの一週間程度の短期バイトでしたが、色々と面白い経験をさせてもらいましたね。
面接では、ギターを持参して、ママの前でオリジナル曲を何曲か披露。
当時の流行かも何曲か入れるという条件で、とりあえず、「合格」をもらって、2時間ごとに30 分ずつ合計一日3回弾き語りをさせてもらうことになりました。
それまで、人前で歌う経験なんてありませんでしたので、結構ドキドキのワクワク。
クリスマス・シーズンでしたから、お客さんもいつも以上の盛況とのこと。
しかし、いざ歌い始めてみると、ド素人でどこ馬の骨ともわからない大学生のオリジナル曲なんぞ、まともに聞いてくれる客はいません。
何曲か歌わせてもらって、店の空気がかなり怪しくなってきたところで、客の一人から声をかけられます。

「お兄ちゃんの伴奏で、歌わせてよ。」

正直申して、これには救われました。
もう自分のパフォーマンスでは、お店の空気を微妙にさせるだけで、盛り上げられないぞと、ややパニック状態になっていたので、二つ返事で飛びつきました。
まだ、カラオケなんて、巷にはなかった時代です。
お店で僕のために用意してくれたギターコード譜付きの歌本が2冊ありましたので、一冊をお客さんに渡して歌ってもらい、そこから僕は伴奏に徹することにしました。
知らない曲もかなりやらされましたが、演歌ならコード譜があればなんとかなるもの。
必死で伴奏した甲斐あって、これでお店のムードがガラリと変わります。
生ギター伴奏で自分も歌いたいというお客さんが、次から次へと手を挙げてきて、店内は一気に盛り上がりました。
やっていくうちに、伴奏のコツもわかってきます。
たとえ客のキーが外れていても、伴奏がズレても、「合ってますよ」という顔をして、気持ちよく最後まで、歌わせてあげること。
ギター伴奏によるナマ歌大会は、閉店の時間までノンストップで続きました。
お客のウケもよく、ママからのリクエストもあり、2日目からは、弾き語りなしで終始このスタイル。
結局、自前のオリジナル曲は、それ以降は歌えずじまいでしたが、店内はそれなりに盛り上がって、なんとかお店には貢献。おかげで演歌の伴奏なら相当自信がつきましたね。
何度かお客さんにチップまでいただいた上に、最終日にはママからアルバイト代プラスアルファのご褒美までいただきました。

懐かしい思い出です。

さて、そのママですが、当時でおそらく40代後半くらいだったでしょうか。
やはりとても綺麗な人でした。
彼女は高峰秀子というよりは、本作にも出ていた淡路恵子にどこか感じが似ていましたね。
僕が開店前にギターを抱えて出勤すると、たいていは、バッチリとドレスアップして、カウンターに座り新聞を広げていました。
それも、一紙だけではありません。
中にはかなりコアな業界系新聞などもあり、ろくに授業にもいっていなかった不良大学生としては、思わず目が点になってしまいました。

「どんなお客様が来ても、話が出来ないとママ失格だからね。これも仕事のうちなのよ。」

赤坂のクラブのママは、やはりタダモノではない感じでした。
こっそりバーテンダーのお兄さんに聞いてみたら、実はママは学習院大学卒業の才媛とのこと。
映画の中で、高峯ママは「黒水仙」という高級香水を使っていましたが、赤坂のママの愛用していた香水は、クリスチャン・ディオールでした。
僕は、「黒水仙」の香りは知りませんが、高峰秀子演じる圭子ママが、「階段を上って」夜の女の顔で笑顔を浮かべた時、遠いあの日のクリスチャン・ディオールの香りを思い出していました。

赤坂のあの店も、確か通りから階段を上がっていく、2階にありましたね。

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