見出し画像

興亡の世界史6① ジハードとはなにか

ジハードとは、努力すること。

小杉泰著、興亡の世界史6 イスラーム帝国のジハード。

7世紀、その過酷な環境ゆえ大きな国家が生まれず、歴史の空白地帯と呼ばれたアラビア半島。その半島の、紅海に近いヒラー山の洞窟で、40歳のムハンマドは天使の声を聞いた。

その天使、大天使ジブリールはムハンマドに己の主、すなわち神の存在を告げ、その言葉が後にムハンマドが広める啓典、クルアーン(コーラン)の最初の章句となった。
ここから世界三大宗教に数えられ、現在において信徒の数が16億人(2010年)を数える、イスラーム(イスラム教)が始まった。

私的な印象だがイスラームは遠く感じる。教科書やニュースで知るイスラームは西欧諸国を経由している。キリスト教徒が多数派の西欧諸国にとって、イスラームは彼らがアラビア半島を出て爆発的に領土を広めた大征服、そしてキリスト教徒による十字軍活動において敵対しているため、その印象にどうしても引っ張られてしまう。そうでないとしてもイスラームはアラブの民族主義と混ざってしまうこともあり、その実態はいくつものヴェールに隠れているかのようだ。

本著はイスラームが創始されたアラビア半島の地理や歴史、イスラーム前夜の部族主義社会(イスラームでは無名の時代と呼ばれる)の解説から始まり、ムハンマドが生き、教え、戦った時代、その後のイスラーム帝国勃興と拡大、それにより生まれる矛盾、西欧列強により押し込まれ、民族主義と混ざり合ってしまったため変容した教義、それを正そうとした近代のイスラーム運動、最後に、現代のテロ・反テロ戦争の背景、彼らがよく使い、そして僕らがよく聞いたジハードという言葉、それは一体何を意味するのか、その疑問について記されている。

ニュースでよく見るジハードは「聖戦」と訳され、侵略に対する防衛など、武力を伴う信仰行為だというイメージが強い。確かにそれらも「剣のジハード」と呼ばれるジハードの一種だが、冒頭で記したように、ジハードというのはそもそも努力(小杉氏は奮闘努力と訳している)するという動詞のようなものらしい。「ググる」と同じというと怒られるだろうか。

唯一神アッラーのためにジハード(努力)することをクルアーンでは求めているし、逆に、イスラームである息子に対し、異教徒である両親が自身の教義を押し付けようとジハード(努力)するならば、それに従ってはならない。という、ムスリム(イスラーム教徒。女性教徒はムスリマ)以外の者の行いについても、ジハードという言葉が使われているし、もちろんそこに武力の意味は必ずしも含まれていない。

戦いとしての「ジハード」が登場したのは、ムハンマドが生地マッカを追われ、メディーナに移住してからだ。ムハンマドが広める教えは、人間の平等であったから、マッカを牛耳る有力部族にとって、ムハンマドは邪魔な存在でしかない。信者たちへの迫害や、ムハンマド自身の命の危険もあり、彼らはイスラームの教えを受け入れると表明していたメディーナへの移住を決意する。しかし移住しても迫害がやむわけではなかった。マッカではいかなる迫害にも耐え忍ぶよう諭したアッラーも、事ここに至り、剣を持って戦う事を彼らに許した。「剣のジハード」はここから始まる。

ムハンマドたちはマッカとの闘いに勝った。勝利した彼らに、半島の他の部族や遊牧民族なども加わっていく。そうやって、史上初めてアラビア半島が統一されたわけだが、不毛のアラビア半島に出現した巨大な集団を、北方にある巨大な力、ビザンツ帝国とササン朝ペルシアが見逃すはずもない。イスラームの新たな戦いが始まる。

そしてここでムハンマドの命数は尽きる。寿命を迎えたムハンマドは最後の言葉を信者に伝え、息を引き取った。

ムハンマドの後を継いだカリフ(代理人)に率いられたイスラームはビザンツ帝国とササン朝ペルシアに打ち勝ち、さらに北アフリカ、そして海を越えイベリア半島に勢力を伸ばしていく。これを大征服と呼ぶ。防衛ではなく征服と名付けられているが、この行為もジハードとされている。多分に自己弁護も含まれている事は想像できるだろう。そして1都市の共同体から遥かに巨大化した集団に見合う組織構造が必要とされたイスラームは、必然的に帝国としての組織、支配、階級、権威、権力を必要とし、全ての人が平等だという、イスラームの教えから離れていくことになる。

とまあこうして本書はイスラームの歩みを現代まで見ていくのだが、取り上げられた題材、著者の語り口や話の流れなど、総じて面白い。本著の主題にジハードがあるため、この感想もジハードについての話になったが、イスラームについて僕がもっとしゃべりたいのはジハードについてではないので、そこらへんは別途ワァワァとまくしたてたいと思う。



この記事が参加している募集

#読書感想文

189,568件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?