【短編小説】正義は時に、人を追い詰める。
17歳の女子高生が立川駅のホームで投身自殺。SNSでの誹謗中傷が原因か。 - WAMOOニュース
激務で疲れた体が電車で揺らされる中、スマホの中で無機質に映される悲惨なニュースを目にし、脳が揺らされる。
そうこうしている間に、立川駅の騒然とした動画がSNSのタイムラインにたくさん流れてきて、心が揺らされ続ける。
そしていつものように、夜の窓の光に虫が集まるが如く、たくさんのユーザーがコメントを貼り付けている。
まだ若いのにかわいそう。ご冥福をお祈りします。
慈悲の言葉が溢れる中、鋭利の刃物のような言葉もちらほらある。
誹謗中傷されるようなことをしたんだから自業自得じゃね?
僕は、こんな誹謗中傷に溢れる社会は、良くないと思う。
一旦スマホを閉じ、呼吸を整え、またスマホを開いた。
少しでもこの世界がよくなるために、僕がやらなきゃ。
水色のペンギンアイコンのSNSアプリ「Pritter」を開き、僕はいつものように、コメントを打つことにした。
◇
眠い。平日の朝なんて、なくなればいいのに。
私は、先日17歳になったばかりのJK(女子高生)だ。
中学生の頃、パッとしなかった私は周りから注目を浴びることなんかなかったけど、たちまちセーラー服の袖に腕を通し、覚えたての化粧で整形すれば、街ゆく人からよく視線を向けられるようになった。
たぶん、今がピークなんだろうな。妙に穿った見方をしてしまう私は、そんなことを思う。
高校受験で少し遠くの進学校に合格し、私は嬉しかった。中学校の奴らとおさらばできるのが、何よりも幸せだった。
女子のいじめは、陰湿だ。私は群れるのが嫌いだったから、いつも一人で行動していた。
そんなある日、好きな人ができた。
私はあまり怖気つくタイプじゃなかったから、好きな人と一緒に帰ることを誘ってみたり、ベタベタなアプローチをしていた。でも、学校のしょうもないヒエラルキー制度で上位だった女が、その男の子が好きだったのだ。
女子の世界はこんなくだらないことで、いじめになる。もう、思い出したくもない。
今は、高校に入って、あっという間に2年生になった。今は、昔が嘘のように、群れなくても許される。でもやっぱり、パッとしない子は、軽くいじめに遭うこともある。
いじめを受けていた子は私に、「助けてほしい」という懇願の目を向けていた。
私もいじめられていた時は、こんな悲壮感のある目をしていたのだろうか。
ただ、こんな時、過去の経験から私はどうすべきかよくわかっている。
無視することだ。
クラスの敵になっている子に味方をしてしまえば、私も敵になってしまう。
学校という場所は、敵の敵は味方だし、敵の味方は敵になる。そういうルールなのだ。
私は、学校という場所が好きじゃない。だから、いろんな人に干渉しすぎずに、高校3年間を平穏に過ごせればと思った。
それと受験に駆り立てられたくなかったので、学校の試験は死ぬほど頑張ったし、所属している書道部でも何度も表彰され、大学の指定校推薦が狙える成績まできている。
そんな私は順風満帆に見えるかもしれないけど、人間というやつは傲慢で、孤独というのは居心地が悪く感じてしまう。捻くれている私だって、居場所はほしい。
私は学校からの帰路、ホームで電車を待っているときに、スマホを開いて、水色のペンギンアイコンを押した。
私にとって、ここが本当の居場所だ。
この「Pripper」という名の電脳世界で、私は「捻くれ凛ちゃん」というネームで生きている。
誰かと判別できない程度に自撮りを投稿することもあり、男性のファンを多く獲得していった。
特に私は、昔から正義感が強かったので、世の中の不条理や、芸能人のスキャンダルに対して物申すことで、魅力を感じてもらえることが多かったようだ。
捻くれ凛ちゃん
フォロー 39
フォロワー 14,853
先日、私は10,000人のフォロワーに到達して、いろんな人に祝ってもらい喜んでいた束の間、バズの勢いは止まらず、そのたった1ヶ月後に今のフォロワー数になった。
私はいつしか、この数が増えていくことが、ひとつの生きがいになっていた。
私の居場所の「Pripper」では、尊敬する人がいる。
それが、「刺客たん」という人だ。
私と同じく物申す系で、フォロワー数は50万人を誇る。
発言の角度が本当に鋭く、中の人はどういう人なんだろう…と、柄にもなく詮索したくなるほど、私の目には魅力的に映っていた。
そして一度、私がとある芸能人のスキャンダルに対して呟いた発言を、「刺客たん」が褒めていたことがあった。
人生で一番生きている心地がしたといっても過言ではないくらい、嬉しかった。
リアルと同じく、この電脳世界でも「敵の敵は味方」なのだ。
これは揺るがない、世の理なのだ。
そんな回想をしつつ、私は「Pripper」の文字が表示されたスマホ画面に目を移す。
通知ボタンに「99」という数字がついており、いつもと同じく私の発言がバズっていると思った。通知内容を見るため、すぐに通知ボタンを押す。
「なにこれ…」
思わず声が出てしまっていた。なんで、私の顔写真が貼られているの?
この子、⚫︎⚫︎中学校にいた時、いじめられてた子じゃん!
住所特定しました。東京都立川市⚫︎⚫︎に自宅があります。
凛ちゃんはネットと同じく、リアルでも性格悪いよ。高校でもいじめしてるし。
親の顔、見てみたい。どう育てたら、こういう子になるんだろ。
死ね、ブス!
有る事無い事を含めて、私への罵倒が滝のように流れていた。
そして、DMを見てみると、殺害予告や脅迫文書に溢れていた。
「どうすればいいの、ほんとどうすればいいの…。」
得意げな気持ちでいた数十秒前から、一気に地獄に落とされ、目から涙がこぼれ落ちていた。
1週間前に、メンズアイドルの不祥事の噂に対して、私はいつものようにコメントをしていたようだった。
その2日後、そのメンズアイドルは自殺未遂をし、大ニュースになっていた。その不祥事の噂はデマであり、完全なる嘘であった。
そのメンズアイドルの事務所は、対応が迫られていた。そこで、SNSの誹謗中傷の嵐の中から、特に酷いものを訴訟するということで、昨日公表した。
この公表後、女性ファンたちによって、この件に触れていたSNSのアカウントの特定合戦が始まり、特に私は自撮りを載せている女性ということもあって、たった数時間でとてつもない燃え上がりを見せていた。
私は、常に「Pripper」の世界にいるため、そもそもこのメンズアイドルに対してコメントをしていたこと自体も忘れていた。私にとっては、それくらい軽口を叩く程度のものだったのだ。
このことに対して、私よりも酷いことを書いている人もたくさんいた。でも私が、このメンズアイドルを自殺未遂に追いやった親玉かのように、世間では知れ渡ってしまった。
一気に血の気が引き、無表情になった私の目に、とあるツイートが映った。
刺客たん 3時間前
言葉には刃がある。刃を他人に向ければ、自分にも向けられることもある。撃っていいのは撃たれる覚悟があるやつだけだ。捻くれ凛ちゃんは、言葉の使い方を間違え、断罪されるのは当然の報いだ。
コメント:83件、リツイート:1253件、いいね:13,773件
終わったと思った。もう生きられないと思った。
「敵の敵は味方」だと、信じていたのに。
「Pripper」の世界にはもう居れないし、学校や家にももう帰れない。
未来も、もう明るくない。
私は、いま周りにいる人から銃口を向けられているように思えた。殺されるかもしれない。
目の前が明るく見える。線路が輝いて見える。もしかしたら、ここに飛べば、逃げられるかもしれない。
さよなら。
◇
17歳の女子高生が立川駅のホームで投身自殺。SNSでの誹謗中傷が原因か。 - WAMOOニュース
激務で疲れた体が電車で揺らされる中、スマホの中で無機質に映される悲惨なニュースを目にし、脳が揺らされる。
そうこうしている間に、立川駅の騒然とした動画がSNSのタイムラインにたくさん流れてきて、心が揺らされ続ける。
そしていつものように、夜の窓の光に虫が集まるが如く、たくさんのユーザーがコメントを貼り付けている。
まだ若いのにかわいそう。ご冥福をお祈りします。
慈悲の言葉が溢れる中、鋭利の刃物のような言葉もちらほらある。
誹謗中傷されるようなことをしたんだから自業自得じゃね?
僕は、こんな誹謗中傷に溢れる社会は、良くないと思う。
一旦スマホを閉じ、呼吸を整え、またスマホを開いた。
少しでもこの世界がよくなるために、僕がやらなきゃ。
水色のペンギンアイコンのSNSアプリ「Pritter」を開き、僕はいつものように、コメントを打つことにした。
刺客たん 3分前
誹謗中傷によって、また痛ましい事件が起きた。悲しいことに、今回は未来ある子が命を落とした。こうしたことがある限り、刺客でいたいと思う。
コメント:1件、リツイート:12件、いいね:127件
【あとがき】
私は、学生のときにいじめを受けたことがあり、以前にもnoteで記事にしたことがあります。
いじめの問題で、「いじめた側は覚えていない(自覚がない)けど、いじめられた側はいつまでも覚えている」と、世間ではよく言われていますが…
残念ながら、この摂理は間違いないと思っています。
今回は、こうした摂理による負の連鎖を描きました。
さて、日本の死刑制度において、死刑執行人は3人で別々のボタンを押して、絞首刑が執行されているそうです。
3つのボタンのうち、絞首刑につながるボタンが1つだけであり、残り2つはダミー。なぜ、3人で執行するかというと、相手はいくら死刑囚とはいえ、1人でやると死刑執行の重みに心が耐えられないからだそうです。
ただ、逆に考えると、執行人が多ければその分、死刑執行の重みはもっと軽くなるのではないか…。
これが、現代社会のSNSに通ずる話のように思います。
今の社会では、本人と直接相対するときは配慮するのに、なぜかSNSでは、相手に傷つくことが簡単に言えてしまうという、不可解な現象が当たり前になっています。
そして、SNSの誹謗中傷で痛ましい事件も起きていますが、誹謗中傷はなくなるどころか、より過激化しているようにも感じます。
たとえ相手が死に至ったとしても、みんなで一緒に誹謗中傷をすれば、その重みが軽くなってしまうのでしょう。
また、いじめと同じく、誹謗中傷をする側よりも、される側の方が印象が強くなるという摂理もあるのではないでしょうか。
そして、「正義」の御旗のもとに、誹謗中傷すること自体が正当化される場合もあります。
「正義」は、必ずしも悪いことじゃない。だけど、時に人を追い詰める。
ニンゲンは心が脆いからこそ、「正義」の使い方を間違える。
だからこそ、ニンゲンは「正義」について改めて考え直す必要があるのではないかと、今回の短編小説を執筆しました。
さて、最後に告知になりますが、「心を抉る(えぐる)」ことをコンセプトとしたこのnoteとは対極に、「眠れない夜に寝ながら聴ける」ことをコンセプトとしたYouTubeラジオをはじめました。
先日、ラジオ第二弾をアップしましたので、気になる方はぜひ、ご視聴ください。
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