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サーチ・サーチ・サーチフォーユー!完全版

1.


「問題です。観光客が非公認のガイドを伴って、アンダーに降りようとしているのを見かけました。こんな時どうしますか? ポイント4倍点です。」
シノノメ・ハイスクールの大型ホール。数百名に及ぶ生徒が『観光学』
の授業中だ。
巨大ホログラムスクリーンには建造途中の五重塔や、微笑むオイランの映像。


「ハイ」
「ソメヨ=サン、ドーゾ」
「まず、そのガイドが非公認だと知っているのか確認します。その上でキョート観光省
公認ガイドを薦めます」
「アイエエエエエッ!? レ、レイジ=サン??」
模範的な解答に、ガスマスク越しの少女の悲鳴が響き渡る。
「ヨモギ=サン、何ですか?発言なら挙手をしてください」
「ア、ア、何でもナイデス・・・」

「だいぶ出来ています。ソメヨ=サンにボーナス8点進呈します」
「ワースゴーイ!」「サスガ!」「それに比べて・・・」「ダメよ。笑っちゃ」
ソメヨには賞賛、ヨモギには嘲笑が集中する。


「このように観光による財源が、我がキョート共和国の独立を支えてきたのです」

一見、ピンと背筋を伸ばして教師の話を聞き入っているが
生徒達はサイバーサングラスの網膜ディスプレイに写された画像に夢中だ。

被写体は、少女・・・いや、フリソデドレスを着ている少年。
唇を噛み締め、眇めた目でレンズを睨んでいる。
マイの途中なのか開いた扇を手に、クセのある髪が流れる瞬間の写真。

本当にナブナガなの?>>ホントにオイラン!カワイソウ>>絶対学校外に画像出すなよ。進学に差し支える>>>>こんな人と同級生なんて恥ずかしい>>

「レイジ=サン・・・」

「チョット、ヨモギ=サン! ソメヨ=サンが答えてるときに大声出すのナンデ!?」
「嫌がらせのつもり!? ソメヨ=サン、カワイソウ!」
授業が終わり、足早に帰ろうとしたヨモギは隣のクラスの女子二人に捕まった。
学園のクィーンであるソメヨの取り巻きだ。

「ゴ・・・ゴメンナサイ・・・そんなつもりじゃ」
「ソメヨ=サンに謝りなさいよ!」
「ソーヨソーヨ!」 

「そんなに大声をあげちゃ駄目よ」
女王たるソメヨはゆっくりと、ヨモギに近寄ってくる。艶を抑えたリップはムラサキシキブ化粧品の限定カラー。

「ヨモギ=サン、カワイソウ! カレシのナブナガ=サンがあんな風になって」
「レ、レイジ=サンはカレシじゃないです・・・」
「スゴイ・オニアイだったじゃなーい」
「ヨモギ=サンもオイランになれば? カレシとカノジョでオイランとか面白―い!」
オーダーメイドの水牛革ウワバキが容赦なくぐりぐりと、ヨモギのつま先を踏みつける。
「い、痛いです・・・」
「いやだわ、ヨモギ=サン。それじゃあわたしがあなたに意地悪して、暴力を振るってるみたいじゃない」
「ソメヨ=サンに謝りなさいよ! ヨモギ=サン!」
「ソーヨ!」

なんたる欺瞞か!実際ヨモギは暴力を振るわれているのだ。
だがヨモギは抵抗という言葉さえ思い描けない。スクールカーストは卒業後も続くこの世界そのものなのだ。

「ソメヨ=サン! どうしたの?」
長身の男はヤブサメ部のウエダだ。
「うちのクラスのフリークが何かした?」
言いながらウエダはソメヨを引き寄せる。30センチ上から鋭い目がヨモギを睨みつけた。

「フリークなんて言ったらカワイソウよ。ヨモギ=サンとお話してたの。カレシのナブナガ=サンがカワイソウだって」
「ソメヨ=サンは実際ブッダエンジェルだなあ!」
「モーヤメテよ! これからウエダ=サンの家に行っちゃダメ?」
「今日はイダ=サンのお見舞いに行くんじゃないの?」
「男の子のお見舞いに何を持って行ったら良いのかわからなくて。ウエダ=サン、教えてくれない?」
ソメヨはさりげなくウエダの逞しい腕に手を絡めた。
「やっぱりソメヨ=サンはブッダエンジェルだ!」
「モー、ヤメテよ」
ソメヨもウエダも取り巻きも。もうヨモギが存在なんかしていないようだ。

ひときわ大きな電子笙音
『部活動・委員会以外で校舎に残っている生徒は、すぐに下校しましょう。指定以外の通学路や交通機関の使用は禁止されています。アッパー・ガイオンの学生としての誇りと自覚を持って・・・』
オコト・オルゴールが響く

漆塗りの箱舟めいた校舎は、いつの間にか夕闇に包まれていた。
折られたのをテープで修復した模造刀を差すと、とぼとぼと歩き出す


ローファーがバリキドリンクの空き瓶や、使い捨てのシュリンジを踏む。
ヨモギの自宅があるのはキョートとは思えぬ退廃的区画だ。
「ネー、タノシイ前後しなーい?」
「やめとけよ。あえぎ声までペケロッパって話だぜ」
「ハハハハハ」
奥ゆかしい木目調にペイントされたサケ自販機の前。たむろするヨタモノが声をかけてくる。
顔を伏せて足早に通り過ぎた。ソメヨに踏まれたつま先が痛い。

「タダイマ・・・」
「ペケ!ロッパ!ペケ!ロッパ!」
いつものように両親のチャントと、聖なる1bitビートが出迎えた。
玄関からチャノマにはジャンクUNIXや廃材でつくったサイバー神輿が鎮座している。
神輿の中心には古ぼけた写真立て。

学校も、街も。ヨモギにとってこの世界は猛獣が放たれた荒野だった。
今日のようにソメヨに絡まれた自分を、唯一かばってくれたのがレイジだった。
レイジは唯一だ。
自室のフスマを開ける。タタミの上には蛇めいたケーブルがうねり、廃基盤が積み上げられ、ジャンクショップの様相だ。
高性能UNIXが低い動作音を放つ。父親がまだエンジニア職についていた頃買ってもらった高性能品だ。
部屋のところどころに青い造花が飾られ、キンギョ型のメイク用品入れがあったりするが、少女らしさといえばそれだけである。

母なるUNIX。キーボードを高速タイプし、ネットワーク世界を跳ね回る。ヨモギが一番生を実感できる場所。

画面に映し出されたのは高級オイランハウス『シマバラ』の内部図。四角の間取りの中を動き回る赤や青、桃色や緑の点はオイランやゴヨキキ達だ。
「レイジ=サン・・・」
ヨモギはお目当ての信号を探す。ニュービーオイランを示すライトグリーンの光点。
登録コードは380604・・・
「レイジ=サンイナイ・・・ナンデ?」
あわててオイランの現行リストに飛ぶ。350104は接客中。371212は待機中
380604は・・・・
「リストに無いナンデ??」
さらにオイランのデータ「身請け・・・?」

ログを辿る。昨日の22:00にはレイジはセッタイに入っている。
サクラフォールの間だ。
管理者権限。さらに上位者権限。ヨモギは視覚だけになってキョートの空に浮かび、
『シマバラ』を鳥瞰する。
屋根を取り去られたシマバラ内部に無数の点が出現し、動き回る。
客とオイラン、従業員の行動を映像化したものだ。
サクラフォールの間に現れた赤い点。『イダ家ご令息』とある。
レイジを表すライトグリーンが入室する。
数分後、ライトグリーンは部屋を飛び出した。

動きは速いが、自分が何処にいるか分からないように建物内を迷走していく。
そしてカチグミの中でも特別客しか使用できない離れへと向かう。

離れの使用予定。カライ・ペッパー社の営業がネオサイタマのエンターテイメント企業、
クール・アソビ社の人間をセッタイとある。
ライトグリーンの光点――レイジの動きは離れの前で止まり、数瞬後消えた。
ここからオイランID380604、レイジの存在はロストする。

「ナンデ?ナンデ?? レイジ=サン・・・」
ヨモギは極秘情報である利用客の詳細を引き出した。ワザマエ!

入店時間もセッタイの状況も不明な客がたった一人。
「ウメノハナ観光公社・・・・」
 

2.

「コンニチハ!」
「「「コンニチハー!」」」
微笑みを浮かべた広報オー・エルのアイサツに生徒全員が応える。
「ゲンキな挨拶をありがとうございました!ウメノハナ観光公社へようこそ!」

今日は学校行事の中でも特に重要とされるカイシャ訪問だ。

シノノメ・ハイスクールのような進学校において卒業後、進学後の将来設計は最重点事項である。生徒達は自分の力でコネクションを作ることすら求められる。
このカイシャ訪問はすでに就職活動の前哨戦と言っていい。
カチグミである彼らにとって、スクールライフは全て将来のための予行演習なのだ。

「ここ、ウメノハナ観光公社は、キョート観光省から独立した企業です。迅速なサービスや
トラブル対応のために設立された半公立のカイシャということになりますね」
椅子に座って身を縮こませるヨモギを、クラスメイトがジロリと見る。
ガスマスクを着けることは許されなかったし、サイバーサングラスも使用禁止だ。

ケーブルウィッグはそのままだが、それでもヨモギにとっては裸で座っているような気分になる。

こうした行事に出てこないヨモギが出席するのを、教師もクラスメイトもみな不審がった。ヤカタ・バスに乗る前も散々恫喝された。
しかしレイジに関する手掛かりはもうここしかないのだ
ヤバレ・カバレ!
レイジの家を訪ねてみたが、モヒカンの大男が出てきて部屋に引きずりこまれそうになったので走って逃げた。
広報オー・エルは明るい声で、業務の説明をしている。ヨモギはますます身体を縮こませて、小さな拳を握りしめる。

ランチタイム。ヒスイ・ストリートの老舗料理店のベントー・ボックスが生徒に供される。
ウサギ型に型抜きされたタクアン・ピクルスや、竹林に彩られた飾り切りのキュウリが生徒達の目と舌を楽しませる。
「カワイイ!」「オイシソウ!」
グループごとに笑いさざめき、ガクエン・コメディ映画のワンシーンめいた光景が広がる。

一人分、フタを開けられてもいないボックス。
ヨモギは何気ないフリで廊下を歩いていた。まだ新しい機能的オフィス。
カーボン・フスマに『第一電算室な』のノーレン。素早くロックにコケシ型ハッカーモジュールをセット。
ボンッ!
ロックが解除された。ヨモギはフスマを少し開けると体を滑り込ませる。

――レイジ=サン・・・!ペケロッパ神、お守りください・・・
UNIXが整然と並んだ電算室には誰もいなかった。大半の社員はシノノメ・ハイスクール生の対応に回っているのだろう。企業としても、カチグミ師弟の多い進学校とのパイプは重点だ。
室内を涼しく保つためのエアコンの音が静かに響く。
1bitの神に祈りながら、ヨモギは起動していたUNIXとLAN直結した。
 
社員名簿・・・業務日報・・・セッタイ記録・・・
「アッタ!これで・・・」

ヨモギが目を輝かせた瞬間。

ビュンッ!
突風めいた音が鳴ったかと思うと、凄まじいショックがヨモギを打った!
「アイエエエエエ!」
ヨモギはオフィスチェアを倒して床に転がった。
「神聖なる電算室に、どこのネズミが入り込んだ?」

必死に目を開ける。ヨモギを見下ろしていたのは若いオー・エルだった。怒りで噛み締めた歯は尖り、その眼にはソメヨなど比べ物にならない残忍さが燃えている。
そして女の後ろには。
「アイエエエエエッ!ニンジャ!ニンジャナンデ!?」
ムチを手にしたニンジャ!ヨモギは悟った。この地味なオー・エル全とした女もニンジャなのだ!
「こ、殺さないで・・・」
「答えろ。何処のネズミだ?ソウカイヤか?」
「アイエエ・・・ち、違うんです。私、友達を探してて・・・データが目的じゃあアリマセン!」
「じゃあなんだ!?このUNIX内のデータはメガコーポの極秘情報にも匹敵する。
それをオトモダチのためにハッキング?バカバカしい!」

ヨモギは必死に首を振る。蛇に絞殺される小動物の最後の足掻きめいている。

「ト、トモダチがオイランに売られてしまって・・・」
「それがどうした。チャメシ・インシデントでしょう」

オー・エルニンジャの目にヨモギではわからないくらいの憐憫が宿る。迷い込んだバイオペットでも見る目である。

いなくなったニュービーオイランとシマバラのサーバへのハッキングに話が進むと、オー・エルニンジャは後ろのムチを手にしたニンジャに鋭く言う。
「フロッガー=サン!ASAPでシマバラの防壁再構築!高校生に突破されるなんて担当者はケジメさせろ!」
「アッハイ」

「本当にネオサイタマとは関係が無いんだな」
「アッハイ。生まれも育ちもキョートです。」

「ソウカイヤが女子高生獲得に動いてるってウワサがありましたが」
「ヘンタイ・ヤクザ共が」

オー・エルニンジャのハンドベルUNIXにヨモギのデータが表示される。住所からハイスクールの内申書まで。
アッパーのレッサーペケロッパ教団員。逮捕歴無し。アナキスト、ヤクザクランとの接触無し。
「シマバラってアレですよ。懲罰騎士のブラックドラゴン=サンがヨメ貰ったとか、オイラン身請けしたとか。シテンノのパープルタコ=サンが触れ回ってましたよ。『あのカタブツにもハルがキタ』って」
「プライバシーも何もない・・・・待ってよ。シマバラって男だけじゃ・・・」
「そういうことですよ。ソウカイヤなんて男ばっかだからスゴイって聞きましたけど」

オー・エルニンジャ―ストーカーは改めてヨモギを見る。
想い人のためにここまでやるペケロッパ教団員。
ヒョータンからオハギかも知れない。


「私たちはお前の探し人が何処にいるのか知っている」
「ホントですか!」
「お前の働き次第では合わせてやれる」
「アリガトゴザイマス!」
「ただしそれには全てを捨てろ。家族も友人も」
「ダイジョブです!友達はいないし、親とは三年ぐらいIRCでしか会話してません!」
「ショッギョ・ムッジョ・・・」
ムチを手にしたニンジャ――フロッガーが額に手をあてて呟いた。
「なら、ついて来なさい」
「ハイ! お姉様!」
「お姉様はヤメロ!」

「イナイ? ナンデ?」
昼休憩も終わる時間。ソメヨは取り巻きに詰問調になった。

「お昼から誰も見てなくて・・・」
「またどこかで変なことしてるんじゃないの? ペケロッパーって」

「今度はちょっとキツイオシオキが必要かしらね。男の子にも手伝ってもらって」
自分が言った言葉にソメヨの頬は紅潮した。
名家の令嬢として、礼節や優秀な成績を期待されるソメヨにとってカースト最下位の同級生をいたぶるのは一番のストレス解消だ。
どうせ卒業したところで、アンダーに堕ちるかオイランになるしかない連中なのだから・・・

「あの、スミマセン」
三人に観光公社の女性社員が声をかけてきた。
慌てて居ずまいを正し、にこやかな表情を作る。
「シノノメ・ハイスクールの生徒さんですよね。今、同じ学校の子が早退していきましたよ」
「エッ? 早退ですか?」
「ええ。気分が悪くなったって・・・リキシャーを 呼んで帰ったんじゃないかしら」
「スミマセン。ご迷惑おかけしました」
「イイエー」
ソメヨはまるで自分がヨモギの保護者のように言った。
「今日のカイシャ訪問楽しんでいってね!」
「ハイ! アリガトゴザイマス!」

ソメヨが彼女の親の世代くらい狡猾なら、口元から覗く尖った歯や、瞳の奥の侮蔑に気づいたかもしれない。


カイシャ訪問は午後の部になった。
ソメヨは生徒代表としてステージに上がっていた。

「こちらが公社専売で開発した最新の端末です。タイムラグなしで撮影した画像をプロジェクターに転送できます」
「スゴイです! 使いやすくて・・・」

ウメノハナ観光公社の社員に貸与される最新端末を
ソメヨがスクリーンに向けた瞬間。
鮮明な画像が浮かび上がった。
中央に移るのは美麗なキモノをはだけさせたソメヨ。
どうみてもシノノメ・ハイスクールの生徒ではないサラリマン風の中年男二人にしなだれかかっている。
「ナンデ!? 消したハズなのに!」
その場にいる全ての人間がざわついた。
「コ、コレは合成写真よ! ヒドイ! ヒドイわ!!」

大きさを増していくざわめきを掻き消すように、ホールにソメヨの金切り声が響き渡った。


ヨモギとストーカーを載せた漆塗りベンツは、真っすぐにキョート城を目指す。
サイバーサングラス越しのヨモギの目にも、キョート城の威容が見えてくる。

「キョート城・・・?」

「その通り。キョート城が私たちの仕事場だ」

((レイジ=サン・・・))
かくして一人の少女が昼の世界から消え、ニンジャの世界は一人のハッカーを迎える事となった。

END

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