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『愛している』は、言わないで

彼女は語りだした。

『愛している』って言葉ほど
陳腐な言葉はないと私
思うの。


俺は驚いた。
何を言い出すんだ。
こんな日に。


どれほど素敵な人でも
『愛している』
って言われた途端に凍てしまうわ。
そうなっちゃうんだから
仕方ないでしょ。


彼女は
右手でグラスを持ち
左手から煙草の煙りを立ち登らせてながら
サラリと言ってのけた。


俺は
そんな彼女に惚れていた。


じゃあ
君は『愛』を否定するのかい。
この世界には愛なんて
無いって言うのか。

分かってないわね。


呆れたような声が返って来る。

愛は在るわ。
でもね

愛は名詞よ。

動詞にすること自体が
おかしいのよ。

残り僅かなソルティドッグを
一気に呑み干し
グラスをテーブルに
ガッンと置いた。

苛ついている。

なに?
名詞とか動詞って。
俺には分んないよ。

俺も
マティーニを呑み干す。
グラスに
オリーブだけ残して。

彼女は
鼻から息を静かに吐き出して。

じゃあ
『愛している』って何?
説明してみてよ。

そりゃあ
好きってことだろう。

なら
『好きだよ』でいいじゃない。
私は好きよ
あなたが。


横に座っていた彼女は
顔を俺に向け微笑んだ。


二杯目のソルティドッグの注文を
手にした空のグラスが
バーテンに見えるように
高く上げて揺らしながら。

『好き』じゃぁ
足りないだろ。
気持ちっていうのかなぁ。
うん。
物足りなさを俺は感じる。

『大好き』は?
気持ちを込めた『好きだよ』って感じが
伝わって来るじゃない。
あなたの説明にぴったりよ。

いゃぁ。
でもさぁ。
なんか違うんだよなぁ。

俺は言葉の草むらに
迷い込んでしまった。


『好きよ』と
言われたことさえ
既に忘れて。

口説いて口説いて口説き倒して
やっと漕ぎつけた
初デート。


お洒落な店を探して
甘い夜を期待していたのに。
この展開は
一体全体なんなんだ。

私はね
意味を
説明できないような言葉って
誰かの受け売りのような
安っぽさを感じちゃう。

誰かの受け売りかぁ。

i love you って
誰かが
『愛しています』って
訳しただけじゃないかって
前々から思ってたの。


アルファベットだから素敵!
みたいに思っちゃうけど
それって日本語じゃないじゃない?

そんな彼女の話を聴いていくうちに
草むらの先に
細い道が見えたような気持ちになって行く
俺が居た。

ほら
英語ってさ
I eat

I have

『食べる』って
訳せちゃうじゃん。
それって
やっぱり
異国の言葉だからよ。
本当の意味より
イメージが勝っちゃりして。
って言うか
本当の意味は
その言語圏で育った人じゃなきゃ
分からないのよ。

少しづつ
声が小さくなっていく。
さっきの威勢は見る影もない。


俯き加減に話す彼女を
見つめながら。


君って面白いね。
こんなこと言う子
初めてだよ。


女の子って『愛している』を
みんな言われたい生き物だと
ずっと思ってたよ。
俺。


彼女は顔を上げ
少し照れ臭そうに。


だって
いつまでも
一緒に居たいじゃない。

この話しを
ずっとするつもりで居たの。
初めてあなたに誘われた日から。


私に


『愛している』は、言わないで
って。








お読みいただき
ありがとうございます。

素乾 品





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