見出し画像

「オリンピック成功なら、支持率アップ」という謎の楽観論の正体を追う

1:オリンピックの成功が菅政権への追い風になる??

オリンピック開催の是非が世間で議論されている頃から、ずっと気になっていることがありました。それは「オリンピックが成功すれば、菅政権の支持率向上に繋がり、自民党総裁選と衆議院選挙にも有利に働く」という触れ込みです。

政府・与党には、五輪による政権浮揚への期待があったが、思うようには表れていない。開催が「よかった」という人でみると、内閣支持が41%と全体で見た場合より高く、一定の押し上げ効果があるものの、それでも限定的だ。

昨日の報道でもまだ書いてあります。私はこのような報道を見て、ずっと違和感を持っていました。ネット民である私から見た場合、様々なSNS・交流サイトを見ても「そもそもオリンピックに乗り気の人は少数派、大半は感染拡大リスクがあるなら中止を求めている」としか思えませんでした。そして、「オリンピック成功なら、支持率アップ」という話を聞くたびに、「そんな虫が良すぎる話はないだろう。菅政権・自民党の中の幇間持ち的などうしようもない人達が菅首相を持ち上げるために景気のいい話をぶちあげているのだろう」と思っていました。

しかし今から思えば、かなり繰り返し見た報道なので、政権・与党の周辺部から出た内容というより、政権・与党のコアな層から出ていた意見だったのではないかという意見になっています。ひょっとすれば政権のある種のスローガン的なものになっていたのかもしれません。

そうであるとすれば、あまりにも短絡的で根拠の薄弱な話です。まず数々の世論調査が示すとおり、国民の関心事はまず、「コロナウィルスの感染拡大を抑止することにあり、ワクチン接種の加速」でした。オリンピック開催はそれができないうちにはやるべきではないという意見の方が感覚的にはかなり多かったように思います。

2:前提条件を読み違えた菅政権

菅政権はオリンピック開催にあたり、大きく前提条件を間違えました。「オリンピック成功なら、支持率アップ」を基本戦略としていたみたいですが、これはもう2つ条件がついていて、「『①国民が納得するレベルの感染抑止ができていて、②オリンピックの開催中も感染拡大が抑止され、』③なおかつメダルラッシュ等で、オリンピックが成功したと言える状況にあるなら、④支持率アップ」というのが正解であったようです。少なくとも当時の世論を振り返って見るに、③だけの条件で支持率を回復したとは思えません。

また現実は①については、医学的な知見があるのかどうかよくわからない野村総研のレポートを信用して、「ワクチン一本足打法」と揶揄される、他にリスクに対応するプランを用意していない強硬策を貫いて不評を買い、②においては待ち構えていたようにデルタ株に襲来され、見るも無残な感染爆発を起こしてしまいました。

つまり更に支持率が低下したのは、③だけしか見えておらず、①②については国民の意思を無視して、オリンピックに突入し、案の上、感染拡大を招いたという結果を見てみると、当然としかいいようがないと思います。

3:なぜ菅政権は自滅したか

早い話が、菅政権のとった戦略というのは大変に稚拙で短絡的、素人でも「ないわー」と言いかねない悪手をとっていたことになります。コロナが真横にいるのに「オリンピック成功なら、支持率アップ」だけで、オセロで角をとったときのように全てを逆転できると思うのはちょっとフォローのしようのないお粗末なロジックであったと思います。長年政治に携わっている政治家なら簡単に読みが効くと思うのですが、菅政権はこの「見え見えの落とし穴」を回避することができませんでした。これは一体なぜでしょうか?

上にも書きましたが、素人の私から見ても「どうみてもオリンピックよりコロナ対策の方が優先順位が上のはず」と思うのに、なぜ政治のプロがそれを見誤るのかはずっと謎がとけないままでした。オリンピックを強行すれば、コロナの感染拡大が起きた時に、全て政権とオリンピックのせいにされるのは火をみるより明らかだったのに…。そして第3波以降支持率が下り坂の政権にとっては致命傷になるというのに。

エビデンスの伴う、確定的な答えは菅総理及びその周辺の人間しかしらないでしょう。なので今からの申し上げるのは私の憶測です。一つだけオリンピック開催にあたり、いまから思えば菅総理の本音だったのではという内容をご紹介したいと思います。6月9日、枝野議員との党首討論の一節です。

 それとよく、私にこれオリンピックについて聞かれるわけですけども、実は私自身、57年前の東京オリンピック大会、高校生でしたけども、いまだに鮮明に記憶しています。それは例を挙げますと例えば東洋の魔女といわれたバレーの選手。回転レシーブっていうのがありました。ボールに食いつくようにボールを拾って得点を挙げておりました。非常に印象に残っています。また、底知れない人間の能力というものを感じました、あのマラソンのアベベ選手も非常に印象に残っています。そして何よりも私自身、記憶に残っていますのは、オランダのヘーシンク選手です。日本柔道が国際社会の中で、大会で初めて負けた試合でしたけども、悔しかったですけども、その後の対応、すごく印象に残っています。興奮したオランダの役員の人たちがヘーシンクに抱きついてくるのを制して、敗者である神永選手に対して敬意を払った、あの瞬間というのは私はずっと忘れることができなかったんです。そうしたことを子供たちにもやはり見てほしい。

前回の東京オリンピックは1964年。戦後復興の象徴であり、高度経済成長期においてどんどん生活が豊かになっていく中で行われた東京オリンピックは団塊の世代として生まれ、秋田から見届けていた菅少年の心をさぞ高揚させたのではないかと思います。鮮烈な印象を残していることでしょう。東京オリンピックの開催が取り沙汰されているとき、70代より上の方が「もう一度オリンピックが東京で行われるのが見てみたい」という意見をよく耳にしました。戦後の高度経済成長を知る人間は「今再びのオリンピック」に過去の記憶から擁護派はそれなりに多かったのではと思います。

党首討論当時、批判的なメディアは「菅総理が1964年のオリンピックにふれたのは、論点ずらしである」として、ご飯論法的な回答と切って捨てていましたが、私は現時点では論点ずらしであるとは考えていません。菅総理という人は極めて本音が聞こえにくい人物です。何を考えているか、何を訴えたいかというのは、いつも後から周辺の人のこぼれ話として、婉曲に伝えられる人です。その人が珍しく個人の主観を述べたのが上記の引用部分です。私はこれを本音の吐露と考えています。

つまり、菅総理は過去の自身の体験を元に、「オリンピックは全ての景色を一変させるエポックメーキングな国家的プロジェクト」と位置づけ、「憂鬱なコロナマターを物ともしないぐらい国民が発奮するイベント」と考えていたと思うのです。翻る万国旗のもとに、国民はお互いを、アスリートを称える、そんな日がくると思ってオリンピック開催を妥協しなかったのではないかと思います。そういった意味では「子どもたちにも見てほしい」と心の底から思っていたのではないでしょうか?

しかし、実際には過去の東京オリンピックを鮮烈に覚えている人間は、70代以上の人間が大半でしょう。現在において22強%の人口比率です。残りの80%弱の国民は「歴史としての東京オリンピック」は知っていますが、当時の熱狂は知りません。そんな時に国のトップから「あの素晴らしいオリンピックをもう一度!!!」と言われても「???」という感想を持ったのではないでしょうか?またこれらの世代は社会を支えている現役世代です。コロナ禍の中、「家族が感染しないか」「職場に出勤できるのか」「職を無くすのではないか」という様々な不安に苛まれながら日々の生活をもう一年半も送っています。そんな世代の最大の関心事は「コロナ対策」であって、上の世代が賛美するオリンピックではなかったのです。そこに「何がなんでもオリンピック」の旗を掲げ、見事に感染爆発を起こしてしまっては、支持率などアップするはずもなく、これ以降は下落の一途をたどることになるでしょう。

人間は自身の過去の記憶を美化する傾向があるといいます。政権浮揚の材料が喉から手が出るほどほしい菅総理にとっては「東京オリンピックの成功」は美化された過去の記憶とあいまって、世の中を一変させる特効薬のように見えたことでしょう。またそれぐらい思い込まないと、この穴だらけの戦略一本で行こうとは思わないはずです。だから、本来には小池都知事にも責任をいくらか分担させられるところ、全ての責任をしょいこんで、「東京オリンピック全ぶり作戦」を決行したと思います。

ただ、日々の生活に追われている現役世代にとっては菅総理の過去の記憶や思い込みなどどうでもいいことでした。それよりもワクチンが自分と家族に回ってくることの方が関心事で、「オリンピック開催のために老人が死なないようにワクチン打っといた。若い世代は死にはしないよ。予定より供給遅れるけど、勘弁してね。あー、地域によっては入院制限するから」と言われた上に、デルタ株の感染爆発が起きたとなると、「は?バカジャネーノ」となるのもあたりまえの帰結と言えます。

こうしてみると菅総理でなければ、東京オリンピックは開催されていなかったのではないかと思います。批判されるのがわかっているので、胆力も必要ですし、受け流す面の皮の厚さも必要なので、打たれ弱い内閣では開催できていなかったと思います。

ただ、大半の国民の希望はその胆力をコロナ対策に向けてもらうことでした。医師会を口説いてコロナ病床数を増やし、国会でロックアウト法案を議論し、厚生労働省をどやしつけて指定感染症第二類相当を格下げすることにこそ、心血を注いで欲しかったのです。しかしこのどれもに着手せず、ひたすら「オリンピックの旗」を振っていたとなれば、国民からそっぽを向かれたのも当然のことでしょう。

「オリンピックをやらなければ、政権が倒れる」という報道も一部みました。私は当初から「やったほうが政権倒れるんじゃない?だって明らかに感染対策とは真逆のベクトルになるから」と考えていましたが、どうやらそのような予想が僭越ながら当たって行きそうな雰囲気です。時事通信あたりはかなりエグい世論調査出してくるのではないでしょうか?菅政権はこれから危篤状態になっていくものと思います。そしてもはや「特効薬」はどこにもありません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?