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短編小説集

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2,000~5,000文字程度の短編小説をまとめています。
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2021年10月の記事一覧

武田先生はアイスがお好き

工場見学に来ていた生徒の手元にアイスが配られる。「わが社の人気アイスです」と言いながら、社長が直々に配りに来てくれたのだ。ザクザクチョコのたっぷりついた、みんな大好きアイスバー。 「あの、質問してもよろしいですか」 学級委員の田中くんが手を挙げた。社長はニコニコしながら田中くんに「どうぞ」と声をかける。 「僕は幸いアレルギーがないので、こういうアイスをよく食べるのですが……弟は乳成分にアレルギーがあってなかなか食べられません。武田製菓さんのアイスでは、アレルギーでも食べ

たったひとつの失恋

濡れたまつ毛をパタパタと、動かす。 彼女は動じなかった、動じないフリをした。唇についた髪の毛を一本ずつ丁寧に取る。ペタリ、ペタリ。塗りたての口紅が線になってほどけていく。 「わかった、今までありがとう」 拳をぎゅっと握りしめると、手のひらに爪が食い込む。これ以上涙が零れ落ちないように、痛みで悲しさを飲み込んだ。踵に血の滲む匂いがする。慣れないヒールを履いたせいで、どうやら靴擦れをしたようだ。こんなことになるのなら、おめかしなんてしなければよかったと、悲しみの中でぼんやり

姥捨山でピクニックをしよう

※この作品はPrologueに掲載していたものに加筆修正を加えています。 ばあちゃんが変になったのは、あのセールスマンが来てからだ。突然その辺で粗相したり、ご飯をブーっと口から噴き出したり、まるで赤ちゃんじゃないか。 「もう嫌よ、いくらあなたの母親でももう面倒見きれない!」 母さんは、ばあちゃんが変になってからずっと1人で介護していた。 「老人ホームにいれれば?」 思いついて言ってみたが、すぐ母さんのため息が返ってきた。 「どこもかしこも満杯なのよ」 がっくりと

優しい亀の子供

ユウゴは大声で歌を歌っていた。聞いたことのない歌、流行りの曲だろうか?部屋全体に響き渡る声で気持ち良さそうに熱唱している。なぜか俺もそれに続く。 「いい加減うるさいんだけど」 声を発したのは若い女、目の前にいる可愛らしい女性だ。黒いボブヘアがサラリと揺れている。俺の最愛の人だ。ちなみにユウゴも、変わらないくらい愛している。 「集中できない!気が散るし、やかましい。邪魔、出てって欲しいくらい」 彼女はギリギリと奥歯をすりつぶしてこちらを睨みつけてきた。 「そんなこと言