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90年代のクラブミュージック概略③

前回前々回に続くシリーズ3回目にして完結編。

今回はミレニアム直前1997〜99年のクラブミュージックシーンを追って行こうと思う。

97〜99年 クラブミュージック成熟期

90年代をかけて盛り上がってきたクラブミュージックが黄金期を経て成熟を迎えたのがこの時期。一般層まで含めてクラブミュージックが知れ渡り、いわゆるJロックやJポップの作品にも、クラブっぽい要素が積極的に取り入れられるようになっていった。

大ブレイク後、日本語ラップ界隈に大きな物議を巻き起こしたドラゴンアッシュがスターダムを駆け上がってくのもこの時期だし、MISIAや宇多田ヒカルのような和製R&B~ディーヴァブームもこの頃。さらにコナミのビートマニア初代がアーケードに登場したのも97年で、「クラブ=かっこいい、お洒落」というイメージは広く浸透していく。

ドラムンベース

さて、この時期のクラブミュージックを象徴するものと言えば、なんといってもドラムンベースだろう。アシッドジャズブーム終焉後に一時期停滞していたジャイルズ・ピーターソンのTalkin' Loudが、ロニ・サイズや4ヒーローをレーベルに招き華麗にカムバック。ウッドベースやストリングスなど生楽器を交え、洗練されたドラムンベースは最先端のクラブミュージックの代名詞となっていく。

Talkin' Loud勢以外ではモワックスからシングルを出していたペシェイ、さらに自身のレーベルから作品を発表していたアダムFあたりも、ロニ・サイズや4ヒーローなどと同じ質感のジャジーなドラムンベースで人気があった。

変わったところではルナシーのSUGIZOなんかもソロ活動時代にドラムンベースにアプローチしていて、LTJブケムのところのアルテミスがリミックスした曲あたりは、この時期のジャジーなドラムンベースとしてトップクラスの完成度と言っていいと思う。

ただ、そんなドラムンベースも洗練されるにつれ、徐々にスタイルが画一的になり一部コア層以外からは早々に飽きられていく。4ヒーロー自身も傑作アルバムTwo Pagesあたりを最後にドラムンベースとは決別し、いわゆるウェストロンドン~ブロークンビーツという新たな潮流の中へ入っていく。

ドラムンベースの音楽自体はその後も存在し続けてるし、コアなファンは今もいるけれど、いわゆる「最先端の音楽」としてのドラムンベースはここで終焉を迎えることになった。

フューチャージャズ

同じころドイツではライナー・トゥルービーのCOMPOSTレーベルや、DJ+プロデューサーの6人組ユニット、ジャザノヴァがシーンで頭角を現してくる。COMPOSTの人気コンピレーションThe Future Sounds of Jazzを語源とするフューチャージャズ(=未来のジャズ)は、エレクトロニクスと生楽器の巧みな融合により人気となり、ウェストロンドンと互いに影響を及ぼしながら、そのブームは2000年代中盤ごろまで続いていくこととなる。

ちなみに2000年以降の話にはなるけれど、日本人では沖野兄弟によるキョート・ジャズ・マッシヴがこの流れに合流し、COMPOSTからアルバムを出している。

USディープハウス

ドラムンベースやフューチャージャズが人気となったヨーロッパを後目に、しばらく停滞していたアンダーグラウンドなUSハウスもここで新たな潮流が二つ生まれる。

一つはジェローム・シデナムが立ち上げたIbadanレーベル。ジョー・クラウゼルやケリー・シャンドラーがこのレーベルから発表した楽曲は、いずれも生音混じりのオーガニックなディープハウスで、独特のトライバルな四つ打ちサウンドに載せたアコギやフルートなどの音色が非常に新鮮で人気があった。

以前の記事でも触れたけれど、ヌジャベスの作るオーガニックなサウンドはこのIbadan一派、特にジョー・クラウゼルの楽曲から非常に大きな影響を受けている。ちなみにジョーはこの後に自身でSpiritual Lifeというレーベルを立ち上げた後、さらにSacred Rhythmというレーベルに発展させて現在も活動を続けているけれど、今のサウンドの原形になっているのは基本的にこの頃の音だ。

いわゆるスピリチュアル・ジャズのようなクラブ界隈で使われるスピリチュアルという表現も、もしかしたらこのあたりが発祥なのかもしれない。

もう一つの流れはムーディーマンやセオ・パリッシュが手がけたいわゆるデトロイトハウス。BPM遅めのダークでどす黒い音楽は、既存のハウスやテクノとは全く違う肌触りで、これまたすぐに話題となり大人気になった。

サンプリング主体で作られる、ゆったりと言うかねっとりした曲調は、ハウスというよりむしろ70年代ジャズの現代的再解釈と言った方がしっくりくるかもしれない。

それにしてもモータウンに始まりデトロイトテクノ、そしてこのデトロイトハウスとアメリカの一都市から次々と新しい音楽が生まれてくるのは一体なぜなのか。

この辺りを深く知りたければ、野田努の名著ブラックマシーンミュージックを読むと良いと思う。

ネオソウル~アングラ・ヒップホップ

さて、この頃のデトロイトではもう一人、ムーディーマンやセオ・パリッシュ以外にも天才ビートメイカーが活躍していた。言わずとしれたJディラだ。

ディラについては以前こまかい記事を書いたので割愛するけど、彼がディアンジェロやクエストラブらと組んだソウルクエリアンズが発展させたのが今でいうネオソウルで、彼らがが手がけたエリカ・バドゥやコモンなどのオーガニックな質感を持つサウンドが、ヒップホップ〜R&B界隈でも徐々に人気となっていく。

一方いわゆるブーンバップ的サウンドはさらにアングラ化。この手の曲はMPCさえあればアイデア一発で手軽に作れることもあり、黄金期の影響を受けたアングラヒップホップが、アメリカやカナダの都市から雨後の筍のごとく量産されるようになった。そうしたアングラ作品でプレス数の少ないマニアックなものは、コアなヒップホップリスナーの間で今もランダムラップとして人気かつ、高値で取引されている。

もっとも僕はそこまでフォローし切れないので、RawkusとかDITC関連の諸作みたいな有名どころ以外は追ってないけれどね。

フリーソウル〜レアグルーヴ

90年代中盤に概念が生まれたフリーソウルはこの時期、ディスクガイドやコンピCDとはまた別のメディアであるミックステープと言う形で、耳の肥えたリスナーに伝搬していく。

シーンを牽引したのはムロのDiggin' Ice〜Heat、そして須永辰緒のOrgan b. Suite。それまでヒップホップしか聴いてこなかったようなリスナーが、これらテープをきっかけにいわゆる元ネタ曲やそのネタ曲よりさらにマイナーな曲を聴くようになった。

僕自身は5年くらい後追いで2000年代初頭にこれらのテープに触れるようになるんだけど、いまレアグルーヴとかを追ってる人はほぼ確実にここでマイナーな旧譜の魅力に取り憑かれた人だと思う。

本家フリーソウルも含めたマイナー曲探しは加熱し、当初は単にUKのレアグルーヴを日本的解釈で輸入しただけだったものが徐々にガラパゴス化。

次第にUSのソウルやファンクやジャズファンクだけでは飽き足らなくなり、よりマイナーなものを求め、ヨーロッパのAORやポップス、さらに80年代ジャズあたりからもフリーソウルのキラー・ナンバーと呼ばれるような楽曲が現れるようになった。

ジョイス・クーリングのIt's Youとかヴィンス・アンドリューのLove, oh, Loveみたいな曲でフロアが盛り上がるのは、世界でも日本くらいじゃないかな。

ブラジル音楽〜ヨーロピアン・ジャズ

また、この頃になるとレアグルーヴのさらなる拡大解釈が進みボサノバやMPBのようなブラジル音楽、それに影響を受けた欧米の音楽なんかも徐々に人気が出てきた。

分かりやすいのは2000年にモンドグロッソが出してメジャーヒットしたLifeで、00年代初頭のクラブ界隈では新旧譜ともブラジリアンが大ブームになるんだけど、カイディ・テイタムがやってたリクウィッド・ビスキットによるLife Is Like A Sambaカバーは98年だし、さっき書いたIbadan勢やジャザノヴァあたりも自身の楽曲やDJにブラジル音楽を積極的に取り入れていたように思う。

ジャザノヴァで言うと、コンピでポーランドや東ドイツなんかの共産圏のジャズを世界に紹介したのも大きいかな。それまで一般的には誰も知らなかったノヴィ・シンガーズあたりもみんなが知るようになったし、このとき紹介されたズビグニエフ・ナミスロウスキ・カルテットあたりが後のヨーロッパジャズブーム再評価のきっかけだと思う。


さて、今回まで全3回で紹介してきた90年代クラブミュージック概略。

ジャンル横断とは言え、自分が興味のある黒人音楽系のアンダーグラウンド〜ストリートのシーンに絞って紹介してるから、人によってはアレがないコレがないはあると思う。

テクノで言うならケミカルブラザーズ、ハウスで言うならダフトパンクあたりには触れてこなかったし、UKハードコアから派生したガバだハッピー・ハードコアだトランスだなんてジャンルについても書いてない。

これらについても、広義ではクラブミュージックで間違いはないし、むしろ00年代以降に流行るEDMに直接繋がる流れはこっちなのかもしれないけど、僕が追いかけてきた流れとはちょっと違うので割愛した。EDMも別に聴いてないしね。

まぁ僕と同じような感覚でクラブミュージックを聴いてきた人も一定数いると思うから、今回の連載記事はそういう人が読んで少し懐かしくなったり、聴く音楽の幅を多少広げることができたらいいなという思いで書いてみてる。

今は2023年で1999年からしても四半世紀くらい経ってしまってるけど、未だに僕が好きなのはこの90年代の音楽だったりする。14歳の頃に聴いた曲が一番心に残るなんて話もあるみたいだし、まぁそういうことなんでしょう(笑)

これからも音楽関連はこのあたりの時代の記事をときどき書いていくと思うので、よければたまに読んでみてください。

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