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J DillaとNujabesは関係ない

何年か前にLo-Fi Hiphopが流行り始めてから、主にキュレーションサイトやキュレーションに毛が生えたような個人ブログで、J DillaとNujabesがその原点であり教祖であるような言われ方をするようになった。

二人は共に生まれた日が同じ1974年の2月7日であり、片方は病気、片方は事故により若くして亡くなっている。その結果、(特にこの日本では)共に死後あまりにも神格化され過ぎてしまった。

後追いで語ってる人の中には、二人を同じ時代に同じ志や同じ考え方を持って音楽を制作してたように見たがる人がいるみたいだけど、当時をリアルタイムで体験してた世代からすると、その語り口はなんだかとても違和感。

Nujabesの方はJ Dillaのことを知らないわけがないけれど、もしかしなくてもJ Dillaの方は多分、Nujabesのことなんて全く知らなかったんじゃないかな。

そこで今日は僕が思っている二人の印象について、少しまとめてみようと思う。前から一度しっかり書きたいと思ってた内容だけど、今回はヒップホップに特化した長文記事で、分かる人にしか分からないこと書くので、ここから先はここまで読んでなにかピンと来た人にだけ読んでもらえればいいと思う。

ちなみに後半に僕が選曲したコンピのリンク貼ってるから、好きな人はそれを聴きながら読んでもらっても面白いかも。




デトロイトのJay Deeから世界のJ. DIllaへ

当時はJay Deeと名乗っていたJ Dillaのことを一般のヒップホップファンが広く認識したのは、1995年のファーサイドのシングル、Runnin'だと思う。

その後ATCQのQ-Tipやアリと親交を深めプロデューサーチームのウマーを結成。さらに数年後にはディアンジェロやルーツのクエストラブと共に別のプロデューサーチーム、ソウルクエリアンズを結成し、ディアンジェロと同じくネオ・ソウルで一世を風靡したエリカ・バドゥや、コモン、タリブ・クエリをなど相次いでプロデュースし、いずれも音楽ファンから高い評価を得ている。

なんというか、彼は基本的にわりとヒップホップの主軸側にいた人だ。というかネオソウル勢との絡みも含め、90年代後半以降のオーガニック&ジャジーなブラックミュージックの潮流の一つを作ったのは、ほぼ間違いなくこのディラの功績だろう。

それでいて2000年以降には、当時のアングラを代表するマッドリブらとも親交を深めていた。自身の遺作アルバムがストーンズ・スロウからリリースされたシリアスなインスト作品だったことから、アングラを好むリスナーからも好意的に受け入れられ、今ではアングラ界隈からも神格化されている。

この辺りはある意味、コモンやQ-Tipにも通じる部分かもしれない。

ちなみに僕はファーサイドはリアルタイムでは書いてないので、彼の存在をはっきり認識したのはこの時期。多分、コモンのBeを聴いた時だと思う。

NujabesとHydeoutという社会現象

一方のNujabesについては、瀬葉淳として90年代中盤からサバービア・スイートの執筆に関わっていくが、表に出てきたのは1999年にHydeoutを立ち上げてからだ。

当時のメインストリームと距離を置き、オークランドあたりの西海岸ヒップホップに近い音作りだった初期のHydeout作品群は、12インチのみでのリリースだったこともあり、宇田川町周りの耳が早いおしゃれリスナー層をメインとした限られた輪の中だけで好まれていた。

そんな中で転機になったのが、当時注目されていたバイリンガル・ラッパーのShing02をフィーチャーしたLuv(Sic)の1と2である。

あの頃の日本語ラップ界隈では、さんぴんキャンプ以降の流れとは異なるアングラな存在として、北の怒れるラッパーBoss The MC擁するブルーハーブと、バイリンガルな文系ラッパーShing02が注目を集めていたんだけれど、このLuv(Sic)シリーズはその片割れのShing02が美しいトラックに乗せ英語でラップしている名曲として、黎明期の携帯用ホームページなどを介し、口コミで人気が広まっていったのだ。

ちなみに僕がNujabesのことを認識したのもこの時期で、始めて聴いたのは確かファイブ・ディーズのペース・ロックのソロ。

その後NujabesはこのLuv(Sic)を含むレーベルコンピと、自身のの1stアルバムを2003年にCDで発表。既に口コミで広まりまくっていた評判がさらに評判を呼び、タワレコやHMVを中心に大ヒット。

日本人が作った作品でありながら、収録曲は全てインストか英語ラップ。しかも当時ヒップホップとして一般にイメージされていた攻撃的な雰囲気ではない知的なヒップホップとして、普段ヒップホップを聞かない文系大学生なんかにも受け入れられていた。

そう、あの頃のNujabesは当時のサブカル大学生の間で、おしゃれ系ヒップホップにおけるカリスマ的存在になっており、彼の曲を聴いていることは、ある種のステータスになっていたのだ。

サムライチャンプルーの功罪

オープニングにLuv(Sic)と同じNujabesとShing02コンビを使ったサムライチャンプルーのアニメが放映されてたのは2004年。ちょうど世間的にNujabes旋風が吹き荒れていた頃だ。

正直いまLo-Fi Hiphopとか言われてるのは、ヒップホップそのものというよりも、このサムライチャンプルーの影響が強く、J Dillaのマインドはほとんど入っていないと思ってる(上澄みだけパクってる曲は多い)。

あとは同じ時期にリリースされ、ジブリネタで大人気になったDJ NozawaのMemory of The Futureか。これも最初は12インチだけだったけど、後にCD化されて大人気になったからね。

どっちも非ヒップホップリスナーにもアピールできる雰囲気で人気になったので、このあと彼らの上澄みだけをすくったようなフォロワーが雨後の筍のごとく次々と表われた。

だけど、個人的にはこのあたりで当時アングラと言われていたヒップホップとは距離を置くことにした。それっぽく量産された音楽はもはや黒人音楽としての本来のヒップホップとはかけ離れている気がして、自分の興味の対象から完全に外れたからだ。

なので、そんなNujabesフォロワー的な要素をさらに薄め、作業用として聴きやすくしたような昨今のLo-Fi Hiphopにも興味を持つことが出来ず、特に聴いてはいない。

いちおう出てきたときには軽くチェックしてみたけど、少し聴いて自分の好みと合わないのは分かったし、作業用BGMは自分が作り続けてる各種コンピレーションで間に合ってるからね。

J Dilla的なものの後継者

一方、2006年にJ Dillaが亡くなった後、J Dilla的な精神や音楽性をストレートに受け継いでいるのは、ロバート・グラスパーやテラス・マーティンなどヒップホップ世代のジャズ・ミュージシャン連中だろう。

特にロバート・グラスパーは、J Dillaのいくつかの曲のループをインタールード形式でカバーしたJ Dillaludeなる曲があったり、影響の大きさがうかがえる。

このあたりのことについては、僕がここで書かなくても、評論家の柳樂光隆さんが自著やこのnoteを含む様々な媒体で散々語り尽くしているので、興味のある人は読んでみるといい。

少し前に、彼が書いたnoteの記事とプレイリストを参考に僕が選曲したコンピレーションを作ったあるので、ここではそのリンクだけ貼っておこう。


終わりに・・・

勘違いしてほしくないんだけど、別に僕はJ Dillaの信者ではないし、Nujabes嫌いでもない。むしろどちらかというと(特に晩年の)J Dilla作品よりは、初期のヒップホップ感強めなNujabesサウンドの方が好きだ。

Lo-Fi Hiphopについても「僕自身が興味を持てない」だけで、別にその音楽やシーンを否定する気はない。

ただ、J DillaとNujabesの二人がLo-Fi Hiphopのオリジネーターみたいな感じで紹介されてる記事だけは、冒頭にも書いたようにとても違和感があり、どうしても許せない。

二人のやっていた音楽は全然違っていて共通点はほとんどないし、何より二人とも別にLo-Fi Hiphopを作ろうとしていたわけではないからだ。

キュレーションサイトとSEOが一般化して以降、インターネットではこの手の間違った知識も簡単に拡散されるようになってしまった。今後AIの時代になれば、その傾向はますます顕著になるだろう。

だからこそ、僕はきちんと自分の言葉で、自分の知っていることや自分の思いを正しく伝えたいと思うのだ。

これは、僕が今回noteでいろいろな記事を書き始めた幾つかの理由のうちで、もっとも大きなウェイトを占めるものである。

※2023年2月11日追記

なんか急にプチバズりしたみたいですが、命日絡みでしょうか。

Xで色々書いてる人いたのを見ましたが、NujabesがGUINESSのオーナーだったことも、エリカ・バドゥが最初に流行ったのが96年のことも、Luv Sicが初期ハイドアウトの作品のことであることも、ファットジョンやファンキーDLの存在も全部きちんと認識してますし、この記事はそれらを認識した上で書いていますよ。(いわれてみればGUINESSのオーナーだったことくらいは触れても良かったかもしれないですね)

記事にまとめるなかで必要な部分をピックアップして書いてるから全てが網羅されていないだけで、事実を捻じ曲げては書いてない(空白があるだけで嘘は書いてない)つもりですが、もしなにか間違いがあれば申し訳ありません。

あくまで当時聴いていた一リスナーの視点で記事を書いているだけなので、何卒ご容赦くださいませ。

少し気になったので、一応こっそり追記しておきます。

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