月の砂漠〜じいじと私の20年〜

今日からここに綴る話は、私とじいじの物語である。

ハートフルで少し笑えてちょっぴり泣ける、私とじいじの20年を、この自宅待機期間、刺身のツマしていただければ幸いです。

今は老人ホームに入っているが、幼い頃は一緒に住んでおり、仕事で忙しかった母親よりも長い時間をともに過ごしたと言っても過言ではないだろう。本当にいろんなところに連れて行ってもらったし、学校では教えてくれないたくさんのことを教えてくれた私の1番の先生であり、誰よりも優しくておちゃめな大親友だ。


これは私がまだ小学校に上がる前の休日のこと、私とじいじは茨城県にある水戸公園まで遠出した。幼くてあまり鮮明な記憶はないが、とにかく広い公園で、春の日差しが心地よかったのを覚えている。

特に何をしていたわけでもなく公園を散策していた私たちだったが、不意にじいじが、川沿いの道で「よし、スイ。ヨーイドンで競争しよう!」と言った。私も乗り気だったので二人で横に並んだ。だがそこで問題が生じる。

どちらが「ヨーイドン」の掛け声をかけるか。

もちろん掛け声をかける方が有利だ。するとじいじは、突如、すぐそばのベンチに腰掛けていた見ず知らずのおじさんに、「あのぉ〜、ちょっとお願いしたいのですが、、大変申し訳ない話なんですけども、孫とかけっこがしたくて、『ヨーイドン』と掛け声をかけていただけないでしょうか、、、」と、明るく声をかけたのである。

このセリフを、一語も漏らさず覚えているわけではないが、外面がよく、お調子者のじいじならきっとこう言ったであろうという私の憶測である。(もちろんじいじの外面の良さは、私も母もしっかり受け継いでいる。)

話を戻すが、じいじがその男性に声をかけると、その男性は意外にも、快く承諾してくれた。(なんて平和な世界、、、)

「ヨーイドン!」

見ず知らずの男性の掛け声で、私とじいじは、春うららかな水戸公園の川沿いの道を全速力で走った。

結果は私の負けだったと記憶している。じいじの楽しそうな笑顔と、スターターのおじさんのにこやかな微笑みを今でも覚えている。きっとじいじも、私の笑顔を記憶してくれていることと思う。

この話は、じいじの一番お気に入りで、今でも老人ホームに遊びに行くと、開口一番この話をする。だから私はこのエッセイを書くにあたって、じいじの1番のお気に入りを、第一話に選んだ。

彼はおしゃべりだから、きっと、いろんな友人や知人に話したであろう。

毎年春が来ると、この話をするじいじの幸せそうな顔と、あの日の心地よい風の感触を思い出す。

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