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(3)全身打撲の恋【いまだすべての恋が思い出にならない】

はあちゅうさんの新刊「いつかすべての恋が思い出になる」の表紙アイテムを、いまだすべての恋が思い出になっていない私が代表を務めるshyflowerprojectが手がけさせていただきました。

これを機に、すべての恋を思い出にしていくために、一旦思い起こせる限りのすべての恋と向き合ってみる連載をはじめました。長短、濃薄、ひどいやつ、かわいいやつ、様々な種類の恋を、眺めてってください。

※詳細をかなり省いているものもありますが、わたしの記憶を元にした実話です。
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「全身打撲の恋」
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姿だけで、大好きになった。名前も知らなかった。
その頃わたしは好きでもない彼氏と別れたり戻ったりを繰り返し、そんな不毛な日常から連れ出してくれる恋を、常に探し続けていた。

高校2年生。授業が終わると予備校に直行していた。ある日いつも通り予備校に到着すると、ロビーで大勢の生徒に囲まれてる彼がいた。

20代後半にしか見えない、落ち着いた色のセーターと、低くカラッと笑う声、10代特有の周りにどう見られてるか気にする視線の泳ぎも一切ない、顎の長い、天然パーマの、大泉洋と陣内孝則を足して2で割って知性を足したような、19歳の浪人生だった。

現役高校生達から、先生から、浪人生から、予備校にいるどんな格好の人間からも声をかけられ笑いかけられ囲まれていた。遠くから15分くらい観察していたら、彼のあだ名だけ知ることができた。

わたしは、心に恋が生まれると、すぐ物語の駒を進めたがる癖がある。当時生き急ぐ系の歌ばかりに感化された節がある。あえて予備校内に顔が広い同級生女子に、「彼を好きになった」と話した。周りに先生がいる教室で。わたしは彼のあだ名しか知らなかったけど、それを聞いた先生は、まんまと「あいつ彼女いないぞ、いけるぞ」と焚きつけてくれ、その噂を適度に校内に回してくれた。一目惚れから一週間後のバレンタインには、彼とわたしは一言も喋ったことがないにも関わらず、わたしの恋心は知れ渡り、誰かしらの協力者が教えてくれた、彼が出てくるという教室前で待ち伏せし、大観衆に囲まれるなか手作りのチョコケーキを渡した。

直接話すのは初めてだったけど、想定通り彼は「自分を好きな女子高生」の存在を誰かから聞いていて、照れながら受け取ってくれた。

彼は私にとってはとても魅力的であり友達は多いながらも、女性にモテるタイプではないのは分かりやすかった。だから女子高生である私が告白すればいけるのでは?と内心思っていたが、自分でも気づかないうちに彼への想いは沸騰し思考を蒸発させていたらしく、チョコケーキを渡すとき緊張から、胃がねじられて口に吐瀉物の味がした。

ホワイトデーに誘われたお店は、渋めのオーナーがひとりで切り盛りする、カウンター中心の小さなダイニングバーだった。人生初ダイニングバー(!!!!)(送られてきたリンクがホットペッパーだったけど当時は気にならなかったな。今ならクーポンサイトのリンクじゃなく食べログ送れよって思う)で私は、彼にリードされるままピンク色の「スプモーニ」を頼んだ。一週間後「付き合ってほしい」と誰もいない教室で言われた時、わたしは高校3年にあがる直前の春休みで、大学に合格した彼はその予備校で講師バイトをはじめたところだった。つまり、付き合った途端に関係が、生徒と教師になった。青春要素の詰め放題サーセンサーセン。


バスに乗って、デートの定番である有名なお花畑に行ったりした。彼が予約してくれるお店はいつも、ダイニングバーで、高校生が友達といくパフェ大盛りな店と比べると格が違いすぎ、彼のセンスに一生囲まれたいと思うようになり、ふたりの結婚生活がどんどん頭に広がっていった。

会うたび、わたしは、どんな結婚生活がしたいか話した。どんな家に住みたくて、どんな犬が飼いたくて、子供の名前はどうしたい?と。
3ヶ月間、会うたびに。

そしてある日突然、メールで別れを切り出された。次の日会うことになった。名古屋駅の、たくさんの恋人たちが並んで座る外の大きな階段で、彼は私に、忘れもしない独特な言い回しで改めて別れを告げた。


「長いスパンで考えると、別れたほうがいい」と。

ちょっと、屈強なボクサーに頭20回殴られたように現実で何が起こってるのかわからなかった私は、ひとまず彼に帰ると告げその場を離れ、駅前でライブをするアカペラグループの目の前にいき「今振られちゃったので私に歌ってもらえますか」と言った。初の大失恋パンチによるダメージは、想像以上に、大きかった。次の日から、朝目が覚めて3秒後くらいに、別れた現実が押し寄せてくると、涙がとまらなくなった。現実を知らない3秒が永遠に続いて欲しかったけど、現実では同じ予備校に、別れた彼が毎日いた。

彼は優しいので、すれ違うたびに挨拶をしようとしてくれるけど、私は、姿を見るだけで心の水風船破裂して涙が放流してしまうので、目が合わせられなかった。


「もう恋愛は、当分いいかな」
彼がそう言っていたと友人伝いに聞いた。思えば私は彼にとってはじめての正式交際相手だった。お花畑の陰ではじめてキスをされた瞬間大量の雨が降ってきて、ふたりで笑って屋根まで走ったこと、帰りのバスで眠ってしまった彼がわたしの肩にもたれた重さ、初ダイニングバーでもらったホワイトデーのプレゼントの赤いクマの置物が入ってた麻袋の感触、そういうものが迫ってきて、だいぶ心が決壊していたわたしは、恋愛は当分いいと言ったらしい彼の元に行って「一生できないからな!」と叫んでいた。きっと、セックスが、とか、彼女が、という意味だったと思う。滑稽で、痛くて、かわいそうで、愛しい。タイムスリップしてあの頃のわたしを抱きしめてあげたい。


だけど、抱きしめてくれる友人たちが、高校に数人いた。わたしの溢れる苦しみを、交換日記でいつも読んで返事をくれる子。別の友人からもらった手紙には「死ぬなんて言わないで」とも書かれていた。

わたしは、裸足で、国道のタクシーに向かって飛び出したけど、死ぬどころかぶつかることも出来ず、体にはなにも傷がつかなかった。

一方で打撲、骨折、ナイフで八つ裂き、大量出血しているのは心で、この大失恋から実に3年間、わたしはこの恋を傷ごとひきずったまま、多くの恋愛をすることになる。その最中、数年を細木数子に捧げた。どうしてもこの顎の長い彼と復縁したくてわたしは、細木数子が「復縁に最適」と指す日に彼に数年ぶりに電話をすることになる。そして、約2年ぶりに、いったことのないダイニングバーで、彼に会った。だけど彼とわたしの共通の友人2人が、彼を守るように、その会に参加した。私たちは4人で楽しくご飯を食べたけど、帰り道わたしは、彼と別の道で帰ることになった。ふたりの時間は与えられなかった。彼は、やさしいから、警戒しながらも、わたしにずっと笑顔で、その日丁寧に重ねた目元のアイシャドーのラメを、きれいだねと褒めてくれた。


それ以来会っていない。彼のSNSはがっちりプライベート設定。彼が浪人して入った大学が、志望していた所よりかなりレベルの落ちた学校だったことは知っている。そのあと理想の職業に就職できたかはわからない。唯一こちらから見えるプロフィール写真からは、彼の見た目が何も変わっていない事が伝わってくる。きっと優しくて、カラッと人気者で、周りの日常を明るくする、長いスパンで見ると幸せなのかよくわからない、彼のまま。

…という、まばゆいこの恋も、
はあちゅうさんの新刊、「いつかすべての恋が思い出になる」(2/24発売)を読んで振り返ると、糧になっている。この本、プレゼントキャンペーンもあります!詳細ははあちゅうさんのnoteでも確認!応募方法はこちら

(バナー写真 :本表紙より 撮影yansuKIMさん)

こんな感じでこの連載、ひたすら恋を振り返ります!次回も読んでね!

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