徒然短編小説 10/10 幸か不幸か

困ったことになった。

今私は、初詣に向かっている途中なのだが、閉じ込められた。どこに?エレベーターの中だ。

私のあまり大きくないマンションの2階なのだが、着物を着て草履を履いているため、階段を使いたくなかったのだ。そんな軽い気持ちでエレベーターに乗ったところ、1階と2階の間で動かなくなった。

新年早々ついていないどころではない。

とりあえず、非常事態の時に押すあのボタンを押して外部と連絡を取らなくては。

ポチッとな。

…………反応がない。
おかしいおかしい、非常事態だから押したのに!非常事態に使えない非常事態ボタンなど、存在価値が無い!

ここに来てようやくパニックになってきた。いやいやいや、まさか元旦からこんなことになるとは思わなかった。いや誰も思うまい。

とりあえず、友達に連絡だ。私は携帯を取りだし、言葉足らずになりながら、早口で現状を伝えた。

よし、これで助けがくるはず。くるはず?来るのかな。あ、そうだ。叫べば人が来るかな?

腹の底から、叫んでみた。

さすがは元旦、1.5階のエレベーターから叫んだ声は、外の人にも少し聞こえたらしい。下の階が少しザワザワしてきた。

「大丈夫ですか?」と、どこからか声が聞こえた。よかった!気づいてくれた!

「助けてください!閉じ込められました!」
「非常ボタンは?」
「押したけど反応が無いんです!」
「そうですか。……………」

そうですかて。えらい淡白な返しだ。緊急事態だってことわかっているのだろうか。いや、1階と2階の間で止まったからあんまり緊急っぽく見えないのかもしれないけど。

返事がなくなって、1階のザワザワもスっと無くなった。なんだろう、不安になるじゃないか。
「誰かいますかー!」もう一度叫んでみた。
しかし、今度は返事が無かった。これは助けが呼ばれているのか、みんな帰ってしまったのか。さっきまでいた人達はどこに行ったんだ。

まさか、こんな私を放って初詣にでも出かけたんじゃなかろうか。え、誰も助けてくれないのだろうか。心が冷えてきた。

その時、エレベーターがガクッと揺れ、グンっと上昇し始めた。

よかった!動いた!誰かが助けてくれたんだ!ありがとう!

と、思ったのはつかの間。エレベーターはグングンと上がっていく。グングングングン。
どんどん加速していく。体に大きな負荷がかかる。
揺れと負荷で立っていられなくなり、その場にへたり混んだ。

いやいや、私のマンションは5階建てだぞ。いまはもう5階以上の高さなんじゃないか。

どんどんどんどん加速して、早い早い早い早い
ガタガタガタガタ揺れが激しくなって、あわわわわわわわわ

ポンッと音がした。

どうやらエレベーターはロケットみたく上に飛ばされたらしい。そして今がちょうど下向きの力と上向きの力が釣り合う頂点だ。一気に減速し、まるで止まっているようなゆっくりとした動きをするエレベーター。

その瞬間、エレベーターの四方の壁や天井が外れて外の景色が見えた。

うわぁ、綺麗だ。街を一望できる。そして遠くの山から日が昇っている。こんな景色、今後見られることは無いだろう。一瞬のような無限のような感覚の中、景色に心が奪われた。ああ、鷹が飛んでいる。あの山は恐らく富士山だろう。そして、何故か私の右手にはナスが握られていた。

ああ、理解した。完全に理解した。

これは初夢だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?