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カノンアート 第四話

〈手に入るようで入らないモノ 前半〉

静かな場所で1人、魔法の鍛錬をしている。
私は、14歳になった。
それまでに、あの時に一緒にいた、賢者と呼ばれる人から沢山のことを学んだんだ。
私が6歳だった頃、神がお告げを出したことによって、町の人たちのざわめきは星の遠くにも伝わり、沢山の人がこの町にやってきていた。その人たちは何故か…みんな若く見えて…。
『どうして、歳をとった人たちはこないの?』
無邪気に訊ねると、賢者は顎をさすってひとしきり唸ったあと、私たちにあることを教えてくれた。
…そう、星のことで私は一つのことを知った。賢者が言うには、世界のことを深く知れば知るほど、術が上手く使えるようになるらしい。だけれど、その対価として、「知る」という行動によって、頭の中でその前と後の時間の処理をする時に空間的な歪みを引き起こされるのだ、という。それを教えられた時、その時はよくわからなかったけれど、私は少しだけ、怖くなった。マーテはさも当たり前のように気にせず、魔導書を読んでいたけれど…
その歪み=タイムラグが蓄積すると、膨大な時間になり、それによって何百年も生きるようになる人が増え、それを怖がる人は知るのを躊躇うようになっていったらしい。
年をとらなくなっていく。そんな人が世界各地にいて、本当は70歳ぐらいで自然に帰っていたのに、「何かを知る」という行動を起こせば起こすほど、見た目が変わらなくなり、時間が延びる。そんなことに、段々と記憶が劣化してくることに、そしてずっと生きていることに、怖いという感情を持つ人はきっと沢山いたのだろう…

「何1人でぶつぶついってるの」
私が雪を作る魔法を練習していると、マーテが近づいてきた。
あの時以来、マーテとはずっと一緒にいて、今では兄弟のようになっている。とても表情が分かりずらいが、ちょっとずつわかるようになってきた。
「ううん、なんでもないよ。マーテはさ、何回も聞いたことあるけどお告げのことどう思ってるの?」
「またそれか。まあ…創造魔法、というかとにかく魔法を極めていけば、星の運命なんてどうとでもできるんじゃないか?」
マーテは腕を組みながらこちらを見ている。でも、その目はどことなく優しい感じがして、カノンは少し安心した。
「そう、だよね。私は、この星を割る…終わらせるようなことをしてしまうのは嫌。神様がなんでそんなふうに決めたのかわからないけれど、運命を変えて、みんなが生きていく世界がいいや…」
マーテは一つため息をつき、近づいてカノンの頭を撫でた。
「まあ、そう落ち込むなって。俺がついてるから、安心しなよ」
そう言ってくれると嬉しいけれど、マーテは2つも下のまだ可愛い12歳だし、お告げの意味を知った時から、私は自分が怖くなっていったのだった。
「もう。小さいのにそんな生意気なこと言わない」
私はマーテの頭をくしゃくしゃにした。マーテは無表情になる。
「てか、さっきまで何やってたの。なんか空間が止まっている感じするんだけど。」
「え、ああ、ごめんね」
私は魔法を解除した。今練習しているのは、水魔法と風魔法を組み合わせて、その場で温度を下げて雪を作る魔法だ。これはとても難しく、一歩間違えると周りの空間だけになぜか、静止魔法がかかってしまうものだった。
「雪を作る魔法って難しいや。でもマーテは凄く色んな魔法使えるんでしょ?そうだ、今日練習した魔法あったら見せてよ。」
私は迫る不安を見ないことにして、マーテと話を続けた。
明日は私の誕生日だ。『三名の命の危険は、カノンが十五歳になるまで少なくとも訪れることはない』。それは、15歳になれば危険なことが起きると言うことを意味している。
賢者はそれを恐れて、私たちに沢山のことを教えてくれた。それこそ歳を取らなくなってしまうのではないかと言うほどに。だが、神のおかげか、私たち、特にマーテは無事年齢に対応する見た目に成長できていた。
(それも、今日までか…)
大体の子供らは、20歳になるまでは普通に成長する。それも、神が知能にリミッターをかけているからなのだそうだが、何故か生まれつきマーテにはそれがなかった。
だが、成長しなければ使えない魔法も多く、命に関わることも多い。ゆっくりと知識を吸収するしか方法がないと言っても良かったが、どうやら神の加護が効いているようだった。

「カノン、今日は酷くぼんやりしてるな。やっぱり…あれか。」
「うん。明日になったら、そもそも私たちはどうなるんだろうって。」
2人は町に向かって歩き始めていた。カノンは方位を教えてくれる、緑の光がガラスに縁取られた方位磁針を見つめていた。マーテはそっぽを向いて言った。
「とにかく修行を続けて、17歳ぐらいになったら割らない方法を見つけたらいいじゃんか。ほら、またハーブと合わせる魔法を試してみたら?元気だせ」
「ありがとう。だけどさ、あまり町の人たちにもよく思われてなかったし。」
「あの魔法のどこが悪いんだよ!すごく綺麗じゃないか」
「あれが、星を割る様子を連想させるみたいで…」
マーテは黙った。2人は森の中、少し暖かい光の下で顔を見合わせた。
だが、何か言い始める前にそこにカノンの母親、学者のコンがやってきた。空から。

「もう、2人とも探したわ。また変なところにいて…影を薄くしたくなるのはわかるけど、そのまま迷子になるわよ。」
ズザザザ…と地面に到着したコンは、この星でとても優秀な学者であり、鋭星の歴史の研究をしている。魔法も沢山知っていて、一部では『式を織る者』と呼ばれていたりするらしい。
私たちは首をすくめた。
「カノンがここにいたので…僕もちょっときました」
「いや、責任押し付けないで」
「うーん、2人とも変な位置すぎるから、海が見える場所まで上がったわよ。」
カノンたちが住む町は、海までとてもとても離れている。それはないだろう、と心の中で突っ込んだ。
「おばさん、ちょっと聞いてください。カノンが明日誕生日を迎えるからってクヨクヨしているんです。だからなんだってわけじゃないのに。」
「そんな言わないでよ」
「そうね、カノンは心配性だもんね。でもきっと大丈夫よ。あなたなら道を見つけられる。頑張って。…というか、早く帰るわよ!もうそろそろ日も暮れるし、夜になったらあれが出てくるわよ」
そう言うと何か唱えた後、浮かび上がった美しいハーブの扉を開けて、私たちは強制的に家へ連れ帰らせられた。

マーテは親がいなかった。おじいさんと一緒に住んでいるようだが、親2人はある時稀に発生する空間に飲み込まれてしまったようなのだ。この世界では子供は男女の呪文で作られる、この世のものではないような漆黒の檻から生まれるので、親がいないままでも誕生したマーテの扱いに周りの人は困っていたようだった。
なので最近はカノンの家によくやってきて、一緒に暮らしている。

「ただいま」
「おう、おかえり!おお、今日は3人か。美味しいご飯を作るな!」
「やったぁ!」
父のバジルの料理はプロも顔負けの味だ。私は期待して荷物を置きにいった。
この世界の料理は、昔は生き物を作る魔法がよく手に入ったので、沢山の材料で作られたのだが、世界が無から生み出される重さに耐えられなくなりそうになったのでその魔法が制限されたらしい。今は、木についていたりする昆虫、陸を走ったり空を飛んだりする大きな鳥たち、4本足で立つ生き物などが肉を占め、植物や野菜もたくさん使い、穀物はもちろん、木からも沢山食材が取れるので、それらを使って料理をしている。
料理はそりゃ進化していて、とても美味しそうなものばかりだ。料理も美術なのだから、料理人は皆腕を鳴らしてご飯を作っている。しかも家の場合、ここぞというところでハーブを入れて、絶品のものをバジルはいつも作り出している。

「ほら、できたぞー!運んでくれー。」
一階からバジルの声がする。考え事に沈んでいたカノンは、持っていっていた荷物をシンプルだけど奥を感じさせるデザインの棚にまとめると、私は廊下でおどおどしていたマーテを連れて下に降りていった。
一歩降りるごとに押し寄せる豊かな香り。すでに空腹だったカノンは更に食欲がそそられ、ほぼ駆け出すようにキッチンに向かった。
「うわあ!すっごく美味しそう!」
「今日はな、ベチっていう生き物の肉を使って、家秘伝のタレを使い、香りを引き立てるローズマリーを一緒に絶妙な火の魔法の加減で焼き込んだ『ベチのステーキ』に、庭の畑のケムを炊いてあつあつにしたツヤのある『白ご飯』、オブとウキ、ロブッコリー、そしてそこの山でとれる質の良いノコを特製ハーブのオリジナルスパイスにオイルをかけて炒めた『山のアヒージョ』と身に染み渡る『ケーンポタージュ』を作ったぞ。ジャギイモを使った『フライドポギト』もある。絶対美味しいからな!運んでくれ」
ゴクリ。全員が唾を飲み込み、つまみ食いをしたい気持ちを抑えながら長方形の大きなテーブルに運んだ。
食卓の上には少し突き出た火の魔法による灯りが、彫刻のように煌めいている。その周りに並ぶ椅子に座った4人は、異口同音に言った。
「「いただきます!」」
食べたすぎて少し無言になりつつ、ご飯にありつく。口に入れた瞬間にご飯が弾けるように旨さを全力で伝えてくる。ほっぺたが落ちそうだ。
「お父さん、これっとっても美味しい!生きててよかった!」
「さすがね。まあ知ってたわ」
「…いつもありがとうございます…」
「おお、みんなそう言ってくれるとうれしいな。今日も魔法をかけてみたぞ。説明をすればするほど、味も想像できるだろ?それを逆手に取った『美』属性の魔法だ」
「凄いわね。最近は魔法も進化しているのかしら」
「いや、そこの棚に置いてあった魔導書に書かれていた」
「あぁ、あのあなたの祖母の…。そうだわ、カノン、実は今日渡したいものがあったのに忘れてたわ。」
「?何?」
コンは椅子を引くと、とても背の高い、黒の棚に近づき背伸びをしてそれを取り出した。
マーテは黙ってご飯を食べながらこちらをみている。
「これよこれ。あなたのひいおばあちゃんに当たる方が書いた本なのだけれど、やっと今日思い出して。実はあなたのひいおばあちゃんは、神様にお告げを貰っていたの。」
「ええ!私と一緒!?」
カノンはびっくりした。マーテも手が止まっている。
「どんなお告げだったの?お告げってあまり出されないんでしょ?というか、ひいおばあちゃんは生きていないの?本より先にそれを教えて!」
「まあまあ、落ち着いて。そのひいおばあちゃん、私の父方のおばあさまね。『スパイス』と言う名前だったのだけれど、他の世界の神様に気に入られて、連れ去られてしまったの。」
「え。連れ去られたの。そもそも他の世界ってあるんだ…」
「そう。そのお告げは、えーと…」
そう言ってコンは本を捲る。そして最初のページを指差した。3人が少し乗り出す。
「『この世界はもうすぐ終わりの状態になる。町に住む、スパイスと名づけられた娘が、その鍵となるだろう』って書かれているわね。おばあさまは生まれた時にお告げを貰っていたのよ。」
「え。あ。それってもしかして?んん?」
「よくわからないけれど、あなたの状態と深く関わっているのかも知れないわね。だけど、私が生まれた時はもうおばあさまは他の世界に行ってしまっていたから、当時のことや今のことがどんな風になっていたのかよく分からないのよ…」
バジルがゴクゴク、とポタージュを飲み干す音が響いた。マーテが肉を口に音もなく運ぶ。
「そっか。じゃあ仕方ないよね。これは持ってって読む。…今はご飯食べちゃおう。」
カノンは明るくそう言って、笑みを浮かべた。だけど内心ではドキドキしていた。
もしかしたら、この世界を救う方法が書かれていたりするのかもしれない…。どうやって『終わりの状態』を回避したのだろうか…と。

カノンは眠りにつく前、その本を枕元に持ってきていた。綺麗に装丁された本の表面をなぞり、寝転んで中を開く。魔法にかかったように、言葉が頭の中に入ってくる。
『12歳にもなり、日記を書いてみたいと思った。色んなことを書いていきたい…って、改まる必要はあるのかな。まあいいや。私はスパイスだ。これから、私が大好きな羽ペンを使って、毎日のことを書きたい。今日は母上にインクとこの本を貰った。最近はお告げのことで悩み、肩が凝っているようだと、日記を書けとわたされたのだ。あとでこの文章を読むと気分が軽くなるように新しく覚えた魔法をかけてみようと思う。ではまた。』
『今日は快晴。神淵の光はちょうど良く、暖かい季節。魔法を覚えた』
『今日は外を散歩した。そろそろハーブの収穫期だろうか。また手伝って羽ペンの材料を頂こう』
ページを捲ると、日々の何気ないことが書かれている。なるべく毎日つけようとしているようだが、たまに飛んでいるようだ。カノンは少し楽しくなりながらめくっていった。
『13歳。早く旅に出ねば。今日は羽ペンの店を覗きに行った。どうやらこの店には他の〈面〉からやってくる人がいるようだ。この世界でも珍しい羽ペンの専門店だから、きっと訪れたくなるのだろう。やっぱりこのペン軽いのに上品な文字でいいな…。世界共通語を使って試しに話しかけてみるとビックリされたが、辿々しい私の言葉を聞いて世界各地のことを話してくれた。その人はかの有名なスコルピオスの面からきていた。そして驚いたことは、私のお告げを知って、この面の言葉でこう言ったことだった。「旅に出て、何かを見つける旅にでると、私のように視野が広がる。お告げとはそうアルべき姿を告げるものだから、自らが行動しなければ、最悪な事態を招く可能性もあるヨ」
とにかくこの羽ペンを買ってから、家で親に相談してみたら、「危ないけれど…そういう経験もした方がいいかもね。今はまだ沢山の人が旅に出れているし」と言われたので、さっきから荷物を作り始めている。』
カノンはうつらうつらとしながら文字を追っていった。旅。たびするんだ…