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ワールドカップ2019 男子大会において【デディケート・シフト】がトレンドであった理由を考察してみた(その2)

 ...(その1)からのつづきです。

 こちらは、2つめのアドベントカレンダー用の記事として投稿します。


◎ 北京五輪以降の、同時多発位置差攻撃の質的変化

 北京五輪 男子決勝がターニング・ポイントとなり、同時多発位置差攻撃の方にも少しずつ質的な変化が生じ始めました。

 以下でそうした変化をいくつかご紹介していきますが、いずれも、相手に【デディケート・シフト】を敷かせないため、という意図が働いていた、と考えられます。

A)前衛MBのクイックが〝遅く〟なった

 まず前衛MBのクイックについては、2000年代のデータと比して2010年代以降、セット・アップからボール・ヒットまでの「経過時間」が、長くなる傾向がみられています。

 AクイックやCクイック、つまり、セッターに隣接するスロットから打つクイックは、「経過時間」が0.5秒を超えるような遅いクイックが、珍しくなくなってきました。

 上の動画は前回のワールドカップ2015の映像でみられた、(1:30:20〜)ポーランドのノヴァコフスキーによる遅いクイック2連続ですが、

今大会では地上波中継の中で、リアルタイムに「経過時間」が表示される場面もあったので、「0.5秒」と表示された海外勢の豪快なクイックに目が釘付けになった方も多いかもしれませんね。

予備資料

(渡辺 寿規, 佐藤 文彦, 手川 勝太朗:「本当に速いトスは必要なのか?」, バレーボール研究, 18(1): 58, 2016.)


 それだけ、前衛MBの助走に入るタイミング、踏み切り動作のタイミングが遅くなり、セット・アップ直後でもクイックにセットが上がる可能性が捨てきれず、ブロッカーからすれば、適切に「反応すべき選択肢」を減らすことが難しくなっている、ということです。

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 そして嬉しいことに、日本の選手にもようやく、「経過時間」が0.5秒を超えるクイックを打つ選手が登場し始めましたね。


 こうしたクイックに対して【デディケート・シフト】を敷いて対応しようとしても、セッターの向いた方向にセットが上がったのを確認したレフト・ブロッカーが、チョン跳びで一枚ブロックに跳んだだけでは、勝負にはなりそうもありません。

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B)4人のアタッカーが助走に入るスロットの〝組み合わせ〟の変化

 さらには、同時多発位置差攻撃における、4人のアタッカーが助走に入るスロットの組み合わせですが、

 従来の攻撃パターンであった
ⓐ スロット「5」、「2 or 3」、「1」、「C」

に加えて、

ⓑ スロット「5」、「1 or 3」、「A」、「C」

の2パターンが、現在の主流となっています。

  の場合、セッターが背中側にセットした場面でも選択肢が「2つ」あることになります。

  の場合も、セット・アップ直後のタイミングでクイックにセットされる可能性が捨てきれない上に、最近では、

-1.「前衛MBのスロット1からのクイック」と「後衛OHのスロット2からのbick」

-2.「前衛MBのスロット3からのクイック」と「前衛OHのスロット5からの1st tempo」

の、それぞれのセット軌道を近づけることで、セットされてからもしばらくはどちらにセットされたのかを見分けがつかないようにすることが、意識的に行われているように思います。

 たとえば、2015〜2016年のリオ五輪直前頃まで、無双しかけたフランス男子シニア代表は、-2. を駆使して優位な戦いを展開していました。


 こうした、相手に何としても【デディケート・シフト】を敷かせないことを意図して生まれた同時多発位置差攻撃の変化によって、【デディケート・シフト】の出現頻度は、限られたものとなっていきました。

(No.19)百生剣太

百生 剣太, 渡辺 寿規:「ブロックのポジショニングがディフェンスに及ぼす影響に関する検討 − 2015年ワールドカップ男子 ポーランドチームのデータから −」, バレーボール研究, 19(1): 88, 2017.


 こうした北京五輪以降に起こった攻守両面の戦術変化があったからこそ、今年のネーションズ・リーグ頃に「どうも【デディケート・シフト】がまた増えているらしい」という情報がツイッターのTLに流れた際に、いわゆる戦術ヲタたちが(私も含め)、ざわつき始めたんですよね。

 真偽を確かめようと、戦術ヲタたちが特に注目する中、開幕したワールドカップ2019 男子大会。なるほど確かに、【デディケート・シフト】が出場各国でのトレンドになっていて、改めて驚きました。


◎ どのような戦術意図で、同時多発位置差攻撃に対し【デディケート・シフト】を敷いていたのか?

 ここからが、今回の考察です。今までは長い、長ーい前置きでした、すみません(汗、、、

 今回のワールドカップ2019 男子大会で【デディケート・シフト】を採用していた各国は、どのような戦術意図をもって臨んでいたのでしょうか?


 一つの可能性としてですが、「ディグ戦術との連係」という観点があると考えています。

 FIVBが2015年に公表したワールドリーグ決勝に関するデータに『Picture of the Game - 2015』というものがあるのですが、これによると、2006年から2015年までの10年の間に、1回のアタックでラリーが終了する割合が約10%低下したとされており、

これは、男子においては以前に比べ「スパイクが決まりにくくなっている」ということを意味しています。

 いまだに効果的なブロック戦術が確立していない、同時多発位置差攻撃の誕生以降の話ですから、「スパイクが決まりにくくなっている」のが事実なら、サーブ戦術ならびにディグ戦術を絡めたトータル・ディフェンスが同時多発位置差攻撃への対抗策として、着実に機能するようになってきている、ということではないでしょうか。


 では、同時多発位置差攻撃に対するディグ戦術が、どのようになっているのかというと、2017年3月の日本バレーボール学会 第22回大会で報告したのですが、ストレート側を守る後衛ディガーがサイド・ライン際へ移動する以外には、他の2人の後衛ディガーは位置取りをほとんど変えないのが最近のトレンドです。

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渡辺 寿規, 百生 剣太 :「同時多発位置差攻撃に対するディフェンス戦略をディグフォーメーションから読み解く〜ワールドカップ2015男子大会 ポーランドチームのデータから〜」, バレーボール研究, 19(1): 70, 2017.

 上記の報告はワールドカップ2015 男子大会でのポーランド対アメリカの1試合だけを分析対象としたものですが、その後に 吉田 康成 氏(四天王寺大学)らが、ワールドカップ2011 男子大会の6試合 計27セットを分析対象としてよく似た傾向を報告(*1)しており、ポーランド・アメリカ両国に限らず、世界各国でのトレンドとなっているとみてよさそうです。

(*1)吉田康成, 西博史, 福田隆, 遠藤俊郎:「コンビネーション攻撃, 2段トスからの攻撃に対する一流男子チームの守備隊形」, バレーボール研究, 19(1): 8-19, 2017.
http://jsvr.org/archives/pdf/issue/19/jsvr19pp8-19.pdf


 同時多発位置差攻撃に相対するディガーの反応時間にも、ブロッカー同様に「ヒックの法則が関わっている」であろうということは、容易に想像して頂けるかと思います。

 ですから、ディグ戦術としては「どのアタッカーが打つかによって、それに応じた形で後衛3人のディガーが守備位置を、適切に変えるのは難しい」ことを前提にして、トータル・ディフェンスを構築する必要が出てきます。

 そう考えていくと、自コートのライト側、相手コートのレフト側に片寄る【デディケート・シフト】を敷くことは、ブロック戦術「単独」では相手の(特に、北京五輪以降に質的変化を生じた)同時多発位置差攻撃に対して、効果を発揮するとは必ずしも言えないものの、

相手のスロットCからの攻撃に対してストレート側ががら空きになる代わりに、ブロッカーの間が空くリスクは避けられ、

バック・レフト(コート・ポジション5)を守るリベロが、サイドライン際に移動して構え、ディグに専念する、

そうすることで、

残り2人の後衛ディガー(アタッカー)はラリー中にあまり動かずに済み、もしラリーがつながれば、効率的にトランジションで攻撃に参加できる

ことを見込んでいるのかもしれません。

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 少し話題を変えて女子の話になりますが、2014〜2015年頃のアメリカ女子シニア代表は、現在のトレンドであるリベロがバック・レフト(コート・ポジション5)を守るディグ戦術を採らずに、バック・センター(コート・ポジション6)を守らせる戦術を採っていました。

 先ほども紹介したように、同時多発位置差攻撃に相対するディガーはどの方向から攻撃された場合でも、特にバック・センター(コート・ポジション6)の選手はほぼ動きません、というか、恐らく動けません。

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 女子の世界でも、主にヨーロッパの各国を中心として同時多発位置差攻撃が珍しい攻撃ではなくなってきています。

 上の映像に象徴されるとおり、同時多発位置差攻撃に対してブロッカーが【スプレッド・シフト】で対応してしまうと、ブロックは見るも無惨な結果に陥るため、男子では【スプレッド・シフト】自体がほぼ絶滅してしまいましたが、【バンチ・シフト】で対応しても2枚ブロックを揃えることが困難であることに、変わりはありません。

バンチ対シンクロ

百生 剣太, 渡辺 寿規:「ブロックのポジショニングがディフェンスに及ぼす影響に関する検討 − 2015年ワールドカップ男子 ポーランドチームのデータから −」, バレーボール研究, 19(1): 88, 2017.

 結局は、ブロックが2枚揃わない前提でトータル・ディフェンスをいかに構築するかを考えなければいけません。

 そうした考えの下、アメリカ女子シニアを率いるカーチ・キライ監督は、恐らくリベロのディグ能力を最大限に利用する方法を選んだのだろうと思います。実際、この戦術を採用したアメリカは、2014年の世界選手権で見事に金メダルに輝きました。

 しかし、ここからが大事なところで、優勝という結果を得たにも関わらず彼は、この戦術を現在は放棄しています。その理由の真相は、彼に聞かない限りわかりませんが、それに関して示唆的な内容が、下記の記事中に書かれています(英語です)。

 意訳して中身を引用すると、

「数年前に、アメリカ男子でリベロにコート・ポジション6を守らせる戦術を試してみたところ、確かにディグ成功本数を増やすことができたが、肝心の点数は、むしろ稼げない結果に終わった」

「恐らくその理由は、ディグが上がってもトランジションでパイプもしくはbickを、効果的に繰り出すことが困難だったからではないか」


 上記の記事内容を参考にすると、今回のワールドカップ2019 男子大会では、リベロのディグ能力を最大限利用しながら、なおかつ、トランジションでの攻撃を犠牲にしないための、【デディケート・シフト】の採用だった、と解釈できるでしょう。


◎【デディケート・シフト】は果たして、2020年以降もトレンドになるのか?!

 恐らく今大会で得られたデータから、各国のチーム・スタッフは今まさに【デディケート・シフト】の採用が効果を発揮したのかどうか? を、解析している最中のはずです。

 今大会、OPとして国際舞台で新たな存在感を示したムザイ(ポーランド)やMVPを獲得したアラン(ブラジル)、そして西田有志(日本)の各選手。彼らの活躍の背景に、各国の【デディケート・シフト】の頻用があった、という事実は、決して看過はできないように思います。


 かれこれ10年近く、私は「どのチームが最初に同時多発位置差攻撃に対抗できるブロック戦術を編み出すのか?」という観点で、世界トップ・レベルのバレーボールを見続けてきました。

 去年の世界選手権などを見るには今回ご紹介した、同時多発位置差攻撃の質的変化に対抗できる可能性のある、新たなブロック戦術(今回は触れませんが、スロットを〝またぐ〟ブロックなど)もみられ始めており、来年の東京オリンピックでも【デディケート・シフト】が引き続きトレンドになるかどうかは、まだわからないと思っています。

皆さんはどうお考えでしょうか?
ぜひ、皆さんのご意見も、お聞かせください!

photo by FIVB

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