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『はじめての』著者は語るVol.4-宮部みゆき|小説は、一生の友となり、辛いときには慰めとなり、暗い場所を照らす光となるもの。

第120回直木賞を受賞した『理由』などの現代ミステリー、「三島屋変調百物語」シリーズなど時代小説で知られる宮部みゆきさんは、SF小説の書き手でもある。第18回日本SF大賞受賞作『蒲生邸事件』、短編集『さよならの儀式』などでその驚くべき想像力を味わうことができる。今回、YOASOBIとのプロジェクトのために書き下ろした『色違いのトランプ──はじめて容疑者になったときに読む物語』は、「もう一つの世界」をモチーフにした本格SFにして本格ミステリーだ。同作を原作とするYOASOBIの楽曲『セブンティーン』にハマりにハマっているという宮部さんに、コラボレーションの裏側を伺った。(取材・文 吉田大助)

複数の世界のなかで、
「自分」というものは交換可能か?

──「はじめての」をテーマに短編小説を書き下ろし、その作品を原作に、若者たちに絶大な人気を誇る音楽ユニット・YOASOBIが楽曲化する。前代未聞のコラボレーション企画の依頼が届いた時、まずはどんな思いを抱かれましたか?

宮部 最初はびっくりしました。もちろんYOASOBIのお二人のことは知っていましたので、年代的に私でいいのかと思ったのです。こういう体験が初めてでしたので、メディアミックスへの期待という具体的なことまでは考えが至らず、とにかく自分の短編がYOASOBIの楽曲になることへのワクワクでいっぱいでした。

──さすが、さまざまなカルチャーにアンテナを広げてらっしゃる宮部さん。YOASOBIのことも以前からお好きだったんですね。

宮部 『怪物』をカラオケで上手に歌いたいと思っているうちに、コロナ禍でカラオケに行けなくなり、残念だなあと思っていました(笑)。今も練習不足で上手に歌えませんが、いずれは『怪物』も『セブンティーン』も私のカラオケの持ち歌にしたいと願っています。
 YOASOBIの楽曲は、耳で聴いて楽しいだけでなく、「歌いたい!」と思わせてくれるところが素敵です。楽曲を聴いてから、土台になった文学作品を読むのも楽しいことだと思います。

──「はじめての」というテーマは、難しいと感じられるものでしたか。それとも、想像力をくすぐられる感覚がありましたか?

宮部 書き下ろしアンソロジーでは、もっとトンデモないお題が来ることもあります(笑)。「はじめての」というコンセプトは、書き手の想像力を引き出し、幅広い解釈が可能な、いいお題だと思いました。

──小説『色違いのトランプ』のサブタイトルは、「はじめて容疑者になったときに読む物語」。怪しいムードが漂っていますよね。

宮部 とにかく、一目でミステリー作家らしいとわかる言葉を選ぼうと思っていましたので、すぐ「容疑者」で決まりました。ただ、プロットそのものは、以前から温めていたSFネタでしたので、「容疑者」の要素をあとからそのプロットに入れ込んでゆく形になり、結果として「容疑者」の意味が薄いのでは? となってしまったのがお恥ずかしいです。

──いや、めちゃめちゃ「容疑者」でしたよ! そして、ど真ん中のSFでした。物語の舞台は、現実世界とそっくり同じ並行世界〈第二鏡界〉が存在する日本。反抗期の一人娘・夏穂に手を焼く安永宗一は、〈第二鏡界〉で起きた爆破テロに「あちらの夏穂」が関わっていると知らされる。入れ替わりによる逃亡が起こらないよう身柄を拘束された夏穂に会うため、〈第二鏡界〉へ足を踏み入れると……。SF短編集『さよならの儀式』(2019年)に連なる、「この重厚な物語をわずか数十ページで描くことができるものなのか!?」と驚かされる傑作でした。

宮部 現在の私は、仕事の9割が時代小説で、現代小説はごく限られた機会にしか書いていません。ご指摘のとおり、『色違いのトランプ』のプロットも、『さよならの儀式』に続く2冊目のSF短編集のために温めていたものでした。

──ストーリーは具体的にどのように構築されていかれましたか。

宮部 この短編を書くとき考えていたのは、いわゆるパラレルワールド、昨今でしたら「マルチバース」と言った方がいいのかもしれませんが、そうした複数の世界のなかで、「自分」というものは交換可能か? ということでした。可能だとしたら、より困難な世界に置かれているもう一人の自分のために、勇気をふるって飛び込んでゆく「自分」もまたあり得るだろうか、そんな元気のいい女の子を書きたいなあ……という気持ちがありました。

──SFならではの、現実の時空では不可能な表現の数々にもグッときました。

宮部 何もない宙に、次元を移動できる穴が開き、ごつい戦闘ブーツを履いた女の子のきれいな脚が、その穴をまたいでぬうっと出てくる。いちばん書きたかったシーンです。

──YOASOBIのリスナーは、ティーンエイジャーが多いです。小説の中に描かれた「自分は両親の本当の子供ではないかもしれない」という不安は、ティーンの頃、誰しも一度は考えたことがあると思います。その不安感を、SF的に増幅させていった部分もあったのでしょうか。

宮部 この短編の第一稿を書き上げ、水鈴社の篠原さんといろいろやりとりして作品を仕上げてゆく過程で、初めて「親ガチャ」という言葉があることを知りまして、驚きました。
 自分は本当は養子なのではないか……という「物語」は、成長期の子供が心に抱く空想の一つとして、よくあるものだと思います。大人になったら笑い話ですよね。
 YOASOBIのファンである若い皆さんに読んでいただく……ということについては、申し訳ないのですが、書いているあいだは全く意識していませんでした。なので、書き上げてから、少年少女のアイデンティティがテーマですねという感想を聞かせてもらって、「それなら大丈夫かな」と胸をなで下ろしました。ただ、短編のくせに細かい設定(設定だけなのですが)と説明がうるさく出てくるので、わずらわしくて、Ayaseさんには申し訳ないと思っていました。

──そんなことはなかったです、と勝手に代弁させていただきます!(笑)

音楽は人生になくてはならないもの。
小説も、同じです。

──YOASOBIの楽曲『セブンティーン』、ハマりにハマっているとのことでしたが、どんなところに魅力を感じていますか?

宮部 とにかくカッコよくて、踊りたくなりますね! ikuraさんみたいに歌いたくなります。もちろん無理なんですが( ^o^)。とにかく、「これじゃハッピーエンドとはいかない」「バッドエンドなんかじゃない」「誇らしく思って」「さよならを告げたセブンティーン」と、心に染みる台詞がいっぱいです。

──歌詞の「私が希望になるの」、この「希望」の使い方に小説との絶妙な関係性が見て取れて感動的ですよね。MVも本格的なSFアニメーションで、ディテールへのこだわりから生み出される中毒性があるように感じます。

宮部 MVは、制作が『呪術廻戦』や『進撃の巨人 The Final Season』のMAPPA(CONTRALL)さんだということで、なんというか狂喜乱舞でした。キャラの設定資料の段階から見せていただきましたが、まさに夢のようで、これホントに実現するんだ……と。完成したMVは、私はあまりアニメーション作品に詳しくないので、あやふやな表現で申し訳ないのですが、日本やアメリカのアニメではなく、フランスのアニメみたいな雰囲気があると感じました。色使いがお洒落ですね。

──MVが公開されたこともあり、楽曲をきっかけに小説を読む、という人がさらに増えてきています。『はじめての』というプロジェクトに参加した感想を、最後にお伺いできますか。

宮部 私の個人的な想いとしても、音楽は人生になくてはならないものです。小説も、同じです。小説は、音楽に比べると、「必要としてもらえるようになるまでに手間がかかる」ものですが、傍らに置いてもらえれば、必ず一生の友となり、辛いときには慰めとなり、暗い場所を照らす光となるものです。
 今回の企画で、若い音楽ファンの皆さんに小説の魅力も知っていただく機会ができたことに、心より感謝しております。


宮部みゆき(みやべ・みゆき)
一九六〇年東京都生まれ。一九八七年「我らが隣人の犯罪」でオール讀物推理小説新人賞を受賞しデビュー。一九九二年『龍は眠る』で日本推理作家協会賞、『本所深川ふしぎ草紙』で吉川英治文学新人賞、一九九三年『火車』で山本周五郎賞、一九九七年『蒲生邸事件』で日本SF大賞、一九九九年『理由』で直木三十五賞、二〇〇一年『模倣犯』で毎日出版文化賞特別賞、二〇〇七年『名もなき毒』で吉川英治文学賞を受賞。他の著書に『ソロモンの偽証』『ブレイブ・ストーリー』など。時代小説、SF、ファンタジーからホラーまで、様々なジャンルの作品に多数のファンを持つ。

日本を代表する4人の直木賞作家と、“小説を音楽にするユニット”YOASOBIによる奇跡のプロジェクト「はじめての」。
その第四弾となるYOASOBIの楽曲「セブンティーン」の原作となった、宮部みゆき氏の小説「色違いのトランプ はじめて容疑者になったときに読む物語」を電子書籍で単独配信中!
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