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『はじめての』著者は語るVol.3-辻村深月|自分の作った言葉が、誰かの言葉を引き出すきっかけになるってこんなに嬉しいんだ。

『鍵のない夢を見る』で第147回直木賞を受賞した辻村深月さんは、驚きに満ちたミステリーの物語の中に、現代社会を生きる人々の震える心を写し取ってきた。2018年本屋大賞を受賞した『かがみの孤城』など、10代の少年少女を綴る筆致は特に定評がある。「はじめて家出したときに読む物語『ユーレイ』」は、まさにそのラインだ。同作を原作とする、YOASOBIの楽曲『海のまにまに』が完成した直後にお話を伺った。(取材・文 吉田大助)

たった一日、たった一晩の出来事が
人生の全部を変えることもある

──『はじめての』に収録された短編小説はいずれも、それぞれの作家性が存分に発揮されていると思うのですが、「ユーレイ」も辻村さんらしさ全開でした。ど真ん中のミステリーでありつつ、少女たちの心情を繊細に掬い上げた極上のドラマでもあるんです。本作はYOASOBIとのプロジェクトへの参加作品でしたが、どのように着想を進めていかれたのでしょうか?

辻村 YOASOBIさんのことはもともと大好きで、最初の頃は、小説を元に音楽を作っていることを知らずに「物語性のある曲を作る方達だな」と思っていたんです。後から小説の存在が先にあることを知って「あっ、だからか!」と驚いたし、納得もしたんですよね。そんなYOASOBIさんに私の小説を曲にしてもらえるなんて光栄だと思い、今回の企画のお話をいただいた時は迷うことなく「お受けしたいです」とすぐにお伝えして、参加される他のみなさんのお名前は後から伺いました。全員大好きな作家さんで、このチームで本が作れることにわくわくしました。そのうえで、他のみなさんとのバランスを考えると私はマイナス面担当かな?と思ったんです。そこが着想のきっかけですね。

──確かに、小説はオープニングから薄暗い不穏なムードが漂っていますね。

辻村 『はじめての』を編集した水鈴社の篠原さんは「戦隊モノで言うと、みなさんがレッド」とおっしゃっていたんですが、もしそうだとすればなおさら私は寒色系ヒーローで行くべきだな、と。ただ、自分はブルーかブラックのつもりで「はじめての」というテーマと向き合ってみたら、最初は「はじめての裏切り」「はじめての復讐」など物騒すぎる組み合わせばかり出てきてしまって(笑)。YOASOBIさんの楽曲を熱心に聴いている10代の子達にとって、暗い衝動がはじめて発露する瞬間はなんだろうと考えて、日常からの脱出である家出が思い浮かび、「はじめて家出したときに読む物語」というテーマを決めました。

──中学生の少女「私」は住み慣れた街を離れ、全財産分の片道切符を買って電車に乗った。彼女は希死念慮(きしねんりょ)を抱いていて、もう二度と元の世界に戻ることはないと思っています。しかし、ふと車窓から目にした夜の海に引かれて途中下車し、海辺へと歩いていく。その一角にある水難事故の被害者に手向けられた花束を見ていると、同い年ぐらいの白いワンピースを着た女の子が「ねえ、ひとり?」と声をかけてきた。「私」は少女と海辺で花火をしながら、他の誰にも言えなかった話を語り始めます。

辻村 知らない町って、たとえ隣町だったとしてもすごく遠い場所まで来た感覚になるし、家出している状況であればなおさら、元いた場所にはもう戻れないんじゃないかと感じてしまう。そんな場所で起こる出会いを、一晩の話として書いてみたいな、と。たった一日、たった一晩の出来事が人生の全部を変えることって、あると思います。いろいろなことにもがいたり新しい場所へ飛び込んでいったりしている10代には特にそれが起こりやすい。家出というテーマからスタートして、「振り返ったらあの日が運命だった」と感じられる一日を書いたつもりです。

──海辺で出会った少女は、薄着で裸足。「私」はひょっとしたらユーレイかもしれないと思いながら、でも、少女の存在をすんなりと受け入れます。〈普通だったら、幽霊なんているわけないって思える。事実、私はこれまで幽霊なんて一度も見たことがなかった。/だけど、今なら、そういうこともあるかもしれない。今の私なら、引き寄せてしまうかもしれない。/なぜなら、私は今、すごく、「死」に近い場所にいるから〉。発見感と納得感が同居するこの冴えたロジックは、これぞ辻村節!と感じました。

辻村 死にものすごく近付いた実感がある夜って、たぶん誰にでもある。そういう夜だからこそ、ほんの少しの明るさだとかなんてことのない言葉が強烈に心に響いて、それまで重大に固めていた決意を上回ってしまうこともあると思うんです。

一語一語がしっかりと記憶に残る。
だからストーリー性のある曲が受け入れられる

──そのようなテーマが、ミステリーの構造に乗せて語られていく。ミステリー部分に関しては、どのような考えで構想されましたか?

辻村 殺人事件が起きるようなど真ん中のミステリーではないんですが、ミステリーの持つ驚き、それまで見えていたものがひっくり返る面白さをしっかり表現したいと思いました。今回はYOASOBIさんとご一緒する『はじめての』というプロジェクトなので、この本で「はじめて」小説を読む人や、私の小説で「はじめて」ミステリーを読む方もいる。そういった読者の方に、ミステリーって面白いと思ってもらえるものにしたいという意識は強くありました。私自身の読書人生を振り返ってみても、最初に出会ったものが「本物」と感じられる面白さを備えてくれていた。作り手に回った今、私も「本物」を届けられる作家でありたいです。

──ミステリーとしても小説としても上質でした。言い換えれば、小説を「はじめて」読む人に対して妙な手加減をしていない。この点は、4人の作品に共通していると思います。

辻村 私もそう思います。大人が本気で書いているものかどうかって、子供の時に読んでいた時も無意識にわかっていた気がするんですよね。子供相手だからこういう表現は難しいからと回避してごまかす書き方をしているものと、子供には残酷かもしれないけれども、子供にも届く言葉でこの世の真実を書いているもの。若い世代に向けて書く姿勢としてこの2種類があるとすれば、私は後者の小説に育ててもらってきたなという自覚があるんです。

──40ページ弱と短い中に、小説のパワーが詰め込まれた一作だと思います。ダークさもありますから、これをきっかけに辻村さんの他の作品を読んでみても、温度差で風邪を引くようなことはないかもしれない(笑)。

辻村 これを読んで気に入っていただけたんだったら、他にもいろいろお出しできますよって思います(笑)。

──YOASOBIとの相性も抜群ですよね。お尋ねしたかったんですが、〈電車は、夜の合間を縫うように走っていく〉という書き出しの一文を読んだ時に、YOASOBIの代表曲『夜に駆ける』のことを思い出したんです。あの楽曲は「タナトスの誘惑」という短編小説が原作で、かなりひんやりした内容でした。『夜に駆ける』から刺激を受けた部分はありましたか?

辻村 書く時にはテンションを上げようと思って、繰り返しYOASOBIさんの曲を聴いていたので、刺激はいっぱい受けていると思います。YOASOBIさんの曲って華があるんだけど、どこか仄暗い感じがするのも大きな魅力だと思うんですよね。『夜に駆ける』がそうだし、『群青』もそう。曲からイメージをもらって書いた部分はたくさんありました。

──そうやって書いた小説が、YOASOBIの手によって『海のまにまに』という曲になった。完パケが上がったのは昨日だったそうですが、どんな感想を持たれましたか?

辻村 素晴らしかったです。ラフ音源も聴かせていただいていたので、完パケまでに「こんなふうに変わるんだ!」という驚きもありました。大きく変えるのではなくて、光沢を増していくというか、細部を彩っていく作業に間近に接することができた。きっと私の小説を何度も読んでくださったんだろうし、ものすごく心を砕いて曲を作ってくださったことが伝わってきました。

──短い歌詞で、ストーリーがほぼ全て再現されていますよね。

辻村 よくぞこの短い時間に、小説の最初から最後までほぼ全部を入れてくださったなと。まるで全編がクライマックスのようで感動しました。私の書いた言葉の中からAyaseさんが象徴的なところを抜き出して、歌詞として使ってくださっているんですが、その抜き出し方にも「おおっ!」となったんですよ。私自身は何気なく書いていたけど、ここの部分に命があるって感じてくださったんだなぁって……。歌詞の中で夕陽と花火が対比になっているんですが、確かに私も小説の中でその二つを書いていたんだけれども、対比になっているとは気づいていなかった。作者も気づいていないような作品の魅力を教えてくれる、明晰な書評を読んでいるような感覚もありました。

──Ayaseさんの作詞=書評説!

辻村 ただ、やっぱり表現者だなとも思います。私が書いた言葉をそのまま抜き出すところもあれば、Ayaseさんの言葉で塗り替えているところもたくさんあって、そこが特に面白かったんです。例えば、小説の中で書いた「今日でもう全部を終わりにしたい」という主人公の感覚を、Ayaseさんは曲の象徴的なところで〈夜に置いてって〉という言葉にしている。そうか、この感覚をこう表現すれば短い言葉でも通じたんだ、とすごく刺激を受けました。曲のタイトルは『海のまにまに』ですが、私の小説の中に「まにまに」という言葉は出てこないんです。夜と昼の間とか、生と死の間とか、揺らぎが見える部分を「まにまに」という言葉でこんなふうに掬うのかと思って、ゾクっとしました。自分の作った言葉が、誰かの言葉を引き出すきっかけになるってこんなに嬉しいんだと思ったんです。

──サウンド面に関してはいかがでしたか?

辻村 ikuraさんの声の透明感、表現力が素晴らしいです。夜の始まりの暗い気持ちの場面では物悲しく、少女と出会って花火が点いた時に、感情が一気に弾けていく。その時の歌詞の盛り上がりと、物語の盛り上がりと曲の盛り上がり、全部が一箇所に向けて収斂(しゅうれん)していく様子は、聴きながら興奮しました。YOASOBIさんの他の曲もそうなんですけど、ikuraさんは歌詞が耳にスッと入ってくる歌い方をされるので、一語一語がしっかりと記憶に残る。だから、冒頭から張られていた伏線が終盤でブワーッとくる、ミステリー的なストーリー性の高い曲を作っても、みんな違和感なく受け入れられるんだなと思いました。歌とともに物語の伏線が全部回収されていく。

──曲が完成したことにより、曲を聴いた人の中から、原作の小説も読んでみたいという読者がこれからどっと増えそうです。

辻村 映像化や漫画化など、これまでいろいろなメディアミックスを経験してきましたが、自分の小説を曲にしていただくことはありませんでした。しかも、小説を元に作っていただいた曲なので、全部お任せしたというよりも、一緒に作れた感覚があるんです。こんな経験ははじめてでした。小説をこれから読まれる方は、ぜひ『海のまにまに』を聴きながら読んでいただけたら。お話ししたようにこの小説は「はじめての家出」というテーマで書き始めたんですけど、書き終えてみたら「はじめての朝マック」だったなと思ったんです。「はじめて朝マックする日に読む物語」。それぐらい、最初に見ていた景色と、最後に見える景色が違う小説になっていると感じています。いきなり「朝マック」って言われても意味がわからないでしょうが(笑)、その景色が見えるところまで読んでもらえたら嬉しいなと思います。


辻村深月(つじむら・みづき)
一九八〇年山梨県生まれ。二〇〇四年『冷たい校舎の時は止まる』でメフィスト賞を受賞しデビュー。二〇一一年『ツナグ』で吉川英治文学新人賞、二〇一二年『鍵のない夢を見る』で直木三十五賞、二〇一八年『かがみの孤城』で本屋大賞を受賞。他の著書に『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』『ハケンアニメ!』『朝が来る』『小説「映画ドラえもん のび太の月面探査記」』『傲慢と善良』『琥珀の夏』『闇祓』など。思春期の心の痛みや不安を生々しく描きながらも、爽快なカタルシスのある作風で、多くの読者を得ている。

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