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『はじめての』著者は語るVol.2-森絵都|誰かを体当たりで好きになることそのものが、ものすごく眩しい。

『カラフル』や『DIVE!!』など児童文学のジャンルで数々の傑作を発表したのち、短編集『風に舞いあがるビニールシート』で第135回直木賞を受賞した、森絵都さん。「はじめて告白したときに読む物語『ヒカリノタネ』」は、タイムトラベルの要素を取り入れたラブストーリーだ。森さんの小説を元に制作されたYOASOBIの楽曲のタイトルはずばり、『好きだ』。今回のプロジェクトで、ど真ん中のラブストーリーを執筆するに至った経緯とは?(取材・文 吉田大助)

「はじめての」というテーマだったから
自分にとって「はじめての」部分が引き出された

──YOASOBIのボーカルのikuraさんはいろいろなインタビューで、森さんの『カラフル』は特別な一冊で、本を読むことが好きになるきっかけになったと語っています。だからこそ、森さんに今回のプロジェクトを受けてもらえるか、YOASOBIチームはみんな絶対ドキドキしていたのではと想像します。

 いえいえ(笑)。YOASOBIさんのことは素敵な曲と声のユニットだなぁと存じ上げていましたし、とても人気じゃないですか。そんな方達が、私の小説を曲にしてくださる。なかなか本を読んでもらえない時代の中で、若い方達に小説を読んでもらうきっかけになる。こんなにいい機会はないと思い、参加したいですとすぐお返事しました。

──「はじめての」というテーマに関してどんな印象を持たれましたか?

 水鈴社の篠原さんから、このアンソロジーに収められた作品が、若い読者の方が読む「はじめての」小説になるかもしれない……という今回の企画意図を伺って、私自身がもともと持っていた読者ビジョンにピタッとハマりました。それまでそんなに本が好きじゃなかったとしても、たった一冊の本との出会いがその人の読書人生を変えてしまうことがある。そういう本が書けたらいいな、と常々思っているんです。

──児童文学の新人賞でデビューし10代に向けた小説を書き続けてきた、森さんらしい感覚だと思います。最近は大人向けの一般文芸作品を発表することが多かったですが、今回は少しモードチェンジした感じですか?

 そうですね。若い方達って、楽しいことが他にもいっぱいあるじゃないですか。だから、最初の1ページ2ページ……数ページまで読んで面白くなかったら本を閉じて、二度と開いてもらえない気がするんですよ。若い方達に対して書く時は、入口を特に大事に作ったうえで、最初から最後まで飽きずに読んでもらえる本になるよう意識しながら書いています。

──『ヒカリノタネ』の最初の数ページで何が書かれているか。書き出しは〈取り返しのつかないものを取り返す。/そのために私は旅立った〉。悲壮な決意と冒険の始まりを予感させるものですが具体的な中身はというと、高校二年生の由舞が幼馴染みの椎太に4回目の告白をしようとしている。今回が4回目じゃなくて、初めての告白だったらインパクトが強かったのに。過去3回分の告白をなかったことにできたらいいのに……と友人のヒグチ相手に無茶な願望をブワーッと吐露しています。

 今回の企画のお話をいただいてすぐ、何故かわからないけれども「長い片思い」の話にしたいと思ったんです。私はこれまで、恋愛をど真ん中に据えて書くことってほとんどなかったんですね。いつか書きたいという思いが、「はじめての」という今回の企画趣旨を前にして引っ張り出されたんだと思います。ただ、既にその時点で島本(理生)さんが「はじめて人を好きになったときに読む」というテーマにされることが決まっていたので、かぶらないようにしなければいけない。どんな切り口だったら「長い片思い」が面白く表現できるかなと考えていったところで、「告白」というテーマが浮かびました。

──冒頭のエピソードで繰り出される主人公の無茶な願望に対して、友人の答えは「私、タイムトラベルの手伝いをしてくれる人、知ってるんだけど」。たとえモチーフは長い片思いでテーマは告白で……と話の方向性が固まったとしても、「3回も失敗した過去の告白を、タイムトラベルでなかったことにしよう!」とはなかなか発想が進まない気がします(笑)。

 そこもやっぱり自分にとって「はじめての」こと、今まで自分が書いていなかったことに挑戦したかったんです。私にしては珍しく、お話の大枠はあっという間に決まったんですよ。原稿自体も、短期間で一気にできあがったんです。ノリノリだったんだなと思います(笑)。

──初挑戦の要素が多いからこその難しさもあったのではと思うのですが、ストーリー作りで特に意識された点はありましたか。

 まず大事にしなければと思ったのは、長い片思いをするからには、片思いの相手に魅力がなければいけない。由舞に関してはためらいゼロでガンガン相手にぶつかっていくノリでいいとして(笑)、椎太のキャラクター造形が大事だなと思いました。あとは、エピソードですね。中二、小六、小一と過去に戻っていくからには、3つの時間軸のエピソードがしっかり楽しめるものでなければ意味がない。

──片思いを抱えている由舞がどうしても椎太に告白したくなる、過去3回の告白のエピソードは説得力抜群でした。ネタ密度が満点なんですよね。例えばタイムトラベル中は過去の自分に未来の情報を与えてはいけない……といったルールを説明するシーンで、「ドラえもんはのび太に甘すぎるのよ」とツッコミが入ります(笑)。

 小説を隅々まで楽しんでもらうには、ディテールが大事です(笑)。ただ、今回はアンソロジーに入る一編なので、枚数をそれほど長くはできません。タイムトラベルの説明っぽい部分はできるだけ排除して、あっという間に行って帰ってくることにしました。過去のエピソードもなるべくコンパクトにして、この短さの中で3回タイムトラベルをさせた。そのことが、もしかしたらお話の密度に繋がっていったのかもしれないです。

──3つの時間軸のエピソードが明らかになる過程で、椎太の魅力がどんどん伝わってきます。由舞が椎太に告白するのも納得ですし、由舞と椎太は考え方や感性がものすごく近いお似合いの二人だという理解も積み重なっていく。タイムトラベルをするごとに、二人を応援したい気持ちが高まっていくんです。その先で現れるラストの展開は猛烈な納得感がありましたし、タイムトラベルという題材を選んだからこそ描くことができた、とびきりのメッセージが顔を出しますよね。この物語を通して伝えるべきものはこれだ、というイメージも早い段階で固まっていたのでしょうか?

 片思いを書くこと自体が目的だったので、最後はどうしようかな、どっちに運ぶのかなぁということは書きながら考えていったんです。今メッセージとおっしゃっていた部分に関しても、私の中に「これを伝えたい!」というものが最初からあったわけではなくて、物語がメッセージを運んできてくれた感覚です。由舞の片思いと失恋を何回にもわたって書いていくうちに、そうか、恋愛って眩しいものだなと思えたんですよ。両思いとか片思いとか、失敗したか成功したかも関係なくて、誰かを体当たりで好きになることそのものがものすごく光っているし、ものすごく眩しい。そのことを肯定すればいいんだなと思ったんです。

恋愛の怖さや愚かさの中に
なんとも言えない人生の楽しみがある

──自分の小説が、YOASOBIの手により『好きだ』という曲に生まれ変わりました。初めて聴いた時の感想をお伺いできますか。

 私が書いた『ヒカリノタネ』は、片思いの切ないところとときめきと、両方ある小説です。でも、音楽にするとなると1曲は3分ちょっとくらいしかないわけで、どちらかに振った曲になるのかなと思ったんです。でも、上がってきたものを聴いてみたら、両方あったんですよね。好きな人に思いを打ち明けたいけどどうしようかなってヒグチに相談してる時の、ちょっとアンニュイな感じ。後半にいくにつれて、片思いそのものの光に気が付いていく時のときめき。小説の中にある両方の感情が、1曲の中で再現されていた。

──神業ですよね。

 よくぞここまで見事に音楽にしてくださったなと感動しました。これは『好きだ』に限らないんですが、Ayaseさんはただ物語を辿るだけではなくて、カラーだとかトーンだとか、目に見えない部分を掬い上げて音楽にしてくださっているんです。それと、物語のクライマックスまでぽーんと聴いてる人達を連れていく、音楽にしかできない強さみたいなのもすごく感じました。

──音楽は一度再生ボタンを押せば、楽曲の最後まで辿り着けます。でも、小説は、自分で積極的に文字を追わなければ、読み進められないですよね。

 そうなんです。小説は1行1行読んで、自分の中でイメージを重ねていかなければいけないけれども、音楽にはそういったプロセスを経ずに突き抜けて受け手のもとに届く力がある。ikuraさんの伸びやかな歌声も本当に素敵なんですよ。恋愛の緊張と覚悟と、告白前のドキドキ感みたいなものが声から伝わってくる。小説ではできない、音楽だからこそできる表現になっていると思うんです。

──楽曲は一つのメロディの繰り返し構造になっています。小説の物語がタイムトラベルを繰り返す構造とシンクロしていて、必然性を感じます。

 繰り返していく中でどんどん気持ちが盛り上がっていって、最後にハッと気が付く。その気が付き方も、あっ、こう来たかという驚きがありました。曲の最後は「私 君のことが」ですが、その一節を歌うikuraさんの声がなんとも言えない響きなんですよ。ikuraさんの表現力だけでなく、聞き手にそんなふうに感じさせるAyaseさんの曲の構成がマッチしている。誰かを好きになる輝きが、曲全体に溢れているんですよ。世界中の片思いしてる人全員にとっての、応援ソングというか祝福ソングなのかなと思います。

──曲は聴いたけれど、まだ小説を読んでないという人もいると思います。誘惑の言葉を紡いでいただけませんか?

 音楽をご存知の方達は、小説を読みながら『好きだ』のikuraさんの声が頭に流れていると思うんです。なかなかそういう経験ってできません。貴重な読書体験ができますよ、とお伝えしたいです(笑)。曲を聴いてから小説を読んでくださる方達は「そういうことなんだ!」って発見の喜びもあると思いますし、逆に小説を読んでから曲を聴かれる方達は、「変わっているけれども変わっていないな」と驚かされると思う。小説と音楽の相互作用も楽しんでいただきたいですね。

──森さんの恋愛小説、もっと読みたくなりました。

 私もちょっと書きたくなっています(笑)。最近の若い子たちは、それほど恋愛に重きを置いていないという話をよく聞きます。昔の年代ほどには、恋愛を重視してない。それはもしかしたら臆病になっているところもあれば、恋愛をしない方が賢いと分かってしまっているところもあると思うんです。でも、恋愛の怖さや愚かさの中に、なんとも言えない人生の楽しみがある。由舞ちゃんの奮闘を見ていただいて、自分も恋したいなとか、無理だと思って諦めていた夢にぶつかってみようかな、なんて思ってくれたら嬉しいなと思います。


森 絵都(もり・えと)
一九六八年東京都生まれ。一九九一年『リズム』で講談社児童文学新人賞を受賞しデビュー。同作品で椋鳩十児童文学賞、一九九五年『宇宙のみなしご』で野間児童文芸新人賞、産経児童出版文化賞ニッポン放送賞、一九九八年『つきのふね』で野間児童文芸賞、一九九九年『カラフル』で産経児童出版文化賞、二〇〇三年『DIVE!!』で小学館児童出版文化賞、二〇〇六年『風に舞いあがるビニールシート』で直木三十五賞、二〇一七年『みかづき』で中央公論文芸賞を受賞。他の著書に『永遠の出口』『ラン』など。絵本・児童文学から大人向けの作品まで、愛とユーモアに溢れる筆致で幅広い世代に親しまれている。

日本を代表する4人の直木賞作家と、“小説を音楽にするユニット”YOASOBIによる奇跡のプロジェクト「はじめての」。
その第二弾となるYOASOBIの楽曲「好きだ」の原作となった、森絵都氏の小説「ヒカリノタネ はじめて告白したときに読む物語」を電子書籍で単独配信スタート!
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