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結婚と運命 遥かなる愛の物語

数ある人間関係の中で、もっとも複雑で、もっとも扱いが厄介なのが「結婚生活」ではないでしょうか?

結婚生活がうまく行けば「限りない幸福感」が手に入りますが、一歩間違えば「生き地獄」を味わう危険すらある人生最大のギャンブルです。

あるアンケート調査によると「結婚して満足している」と答えた既婚者は全体の僅か4割・・・つまり結婚とは、勝率が5割にすら満たない危険なバクチになるわけです。

もう少し正確に言うと「可もなく不可もなく」と答えた既婚者が2割ほどいますので、それも含めて考えれば結婚の成功率はコインを投げて表が出るか裏が出るかぐらいの確率の「丁半博打」と考えていいでしょう。

生命保険会社のアンケートだと「結婚に満足している人は73パーセント」なんて高い結果が出ますが、調査対象が任意の生命保険に加入できるぐらいの収入のある顧客・・・つまり、「生活レベルが比較的高い人たち」ですので、この調査結果はアテになりません。

結婚すれば、万が一の際に配偶者や子供にお金を残せるように生命保険に加入することが多いので、生命保険会社としては「若者をできるだけ結婚に誘導したい」という意図があるんでしょうが、そういう「世論の誘導を目的としたアンケート調査」で正確な数字は出ません。

占星術カウンセリングの現場にいる者の感想として言わせてもらえば、結婚の成功率は「ちょうど半々ぐらい」と考えて間違いないと思いますよ。

いざ離婚になれば、財産分与や親権問題で揉めることになりますし、その時の対応を誤れば、卓球の福原愛さんみたいに「社会的信用」が失墜してしまうこともあります。愛ちゃんの場合は「不倫の発覚」と、その後の泥沼離婚劇に伴う「幼児連れ去り」のダブルパンチでしたから社会的イメージが悪く、日本国内で華々しい活躍をすることはもうできません。

愛ちゃんは結婚記者会見の時に、台湾人との夫とカメラの前で何度もキスをするほどのラブラブぶりでしたので、この「衝撃的結末」には誰もが驚かされました。あれほど愛し合っていた二人であっても、最後は元夫が愛ちゃんを「長男連れ去りの誘拐犯」として刑事告訴するほど憎み合うこともあり得るのだ・・・という強い印象を私たちに残す結果となりました。

最近の若者がそんなリスクを恐れて「結婚を望まない」と言ってしまうのも、ある程度は「仕方のないこと」かもしれません。

マスコミは不倫した芸能人をまるで犯罪者のように吊るし上げたり、子供一人当たりの教育費がどれぐらい莫大な金額になるかを盛んに宣伝しています。まるで「結婚したら絶対に損するぞ!」と若者に思わせようとして一大キャンペーンを張っているかのよう見える偏向報道ぶりですよね?

そのくせ、出生率が下がると「政治が悪い」と時の為政者を責め立て、一方では「多様性の時代」と言いながら、子供の誕生が見込めない同性同士の結婚を推進する記事を書いたりもします。

マスコミの皆さん、あながたは一体この世の中をどうしたいんですかね?

実際は、マスコミに確固たる信念なんてなく、ただ「結婚生活や政治家の悪口を書くと、独身の読者にウケるから」という商売上の理由でやっているに過ぎません。そんな便所の落書きみたいな報道に振り回されて、自分の人生の方針を決めるとしたら愚かなことではないでしょうか?

世間全般の風向きではなく、あなた自身がどうしたいのか? が問題なのです。

結婚が損か得かなんて個別の案件ですから一般論を語っても意味がありませんし、自分がどちらのカテゴリーに属する人間なのかは実際に結婚して見なければ分かりません。何一つ経験もせずに、スマホ情報を眺めるだけで人生を分かった気になる若者が多いですが、愛情がどんなものかを知りたいのであれば、自分が本気で誰かを愛するしかないはずです。

たとえそれが悲劇的結末を迎えることになったとしても・・・です。

この情報過多の時代において、若者に絶対的に不足しているのはとにかく「実体験」なんですね。

恋愛小説をいくら読んでも「恋を理解した」ことにはなりませんし、エロビデオを何本見ようとも「セックスを堪能した」ことにはなりません。それはただ妄想を増長させるだけで、あなたの人間的経験値は一ミリも向上していないのです。

精子細胞一個には「新しい生命」を誕生させるだけの莫大なエネルギーが含まれていますが、独身男性の多くがその「何億粒もの貴重な生命エネルギーの塊」を卑屈な一人遊びのために消費し、ティッシュに丸めてゴミ箱に捨てているのが実情です。そんな「バチ当たりな行動」を繰り返している人間に、果たして「運命の女神」は幸運を授けてくれるのでしょうか?

仏教やヒンズー教では完全に禁欲して、その溜まりに溜まった性欲を「悟りへの情熱」という精神エネルギーに変換するという修行方法もありますが、そのようなストイックな生き方を望まないのであれば、やはり性欲は「愛するパートナー」との間で共有されるべきものです。

毎日赤ん坊のオムツを交換していれば、ウンチを見ても触ってもどうとも思わなくなりますが、そんな経験のない人は「うわっ、汚い、見たくない」と大騒ぎし、「人前でオムツ交換するなんて迷惑な!」と育児中のお母さんを批判したりします。
でも、ウンチなんて自分の体の中にも入っているのに、何をそんなに「汚い汚い」と大騒ぎしているのですか? あなたが愛するアイドルだって大腸の中にはウンチがぎっしり詰まっているんですよ?

そういう「当たり前の事実」をありのままに認識するためには、現実の生活の中で「人間としての経験値」を重ねていくしかないんですね。

運命を好転させたいと願うならば、まずは「私は何も知らない」という絶対的な真実を受け入れてみてください。

ネットが普及した影響で、中途半端な知識ばかりたくさん抱えている人がいますが、そのような断片的な知識をいくら積み重ねたところで「人間の幸せとは何か?」は永遠に理解できないのです。

「哲学の父」と呼ばれるソクラテスは生前こう言っていました。「私は自分が何も知らないことを知っている」
これが有名な「無知の知」という考え方ですね。

ソクラテスは「俺は何でも知っている」という傲慢な態度を取る政治家や知識人に対して路上で次々と議論を吹っかけ、全員を「論破」してしまいました。ソクラテスの思想の根底にあるのは「何も知らないことを知っている人間は、知ったかぶりする人間よりも価値がある」という信念だったのですね。

ブッダ(釈迦)も、「私の言葉を信じるな、確かめろ」と繰り返し述べていましたが、これは知識より「実際の経験こそが大事」であることを強く訴えかけるメッセージです。

本当に何かを知りたいのであれば、とにかく「体験」してみてください。

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