アクアリウム 1

寒くもなく暑くもない小さな部屋の中で、俯いて自分の指の先を見ている。
気が付くと、もう何時間も呼吸していなかったんじゃないかと思う位に肺の辺りが重苦しく、目の前がクラクラとゆがんだ。

ゆっくりと深呼吸をする。
喉の奥に広がる少し埃っぽい乾いた空気が、今の状況は現実であるということをより鮮明にした気がして目の前が真っ暗になった。

僕はこれまで誰より真面目に生きてきた。
欲望や感情が理性の前に飛び出す様なことは決して無かったし、必要だと思うこと、大切だと思うことは、どんなに大変でも必ず行っていた。
例え自分が損をすることになってもだ。

そんな真面目だけが取り柄の僕が、ベッド以外何も無い様なこの小さな密室の中で、親友の婚約者と、人を殺すための相談をしている。

どうしてこんなことになってしまったのか、過去に戻ることが出来るのなら戻りたいとくだらないことを考えてしまう。
戻れたとして一体どこまで戻れば良いのか、どこで道を間違えたのか俄かには検討がつかない。

「早く殺さないと、遅かれ早かれ私達の命も狙われるわね」

親友の婚約者である南が、まるで他人事のような何とも軽い口調で微笑みながら言う。
窓の無い小さな部屋で、南の周りにだけ木漏れ日が差しているように見えてしまう程、彼女の纏う空気は穏やかで透き通っていた。

丸く大きくて涼しげな瞳に、スッと通った小さな鼻、子供っぽさを残す可愛らしい口元。華奢で小柄なわりに色白で柔らかそうな身体。
男なら一度は抱いてみたいと思うのは当然だろうか。

この局面でこんなことを考えてしまう性に一抹の罪悪感を感じて、南から視線を外し、自分の握り拳に目をやると、手首まで赤黒くなるほど力を込めていたことに気が付いた。

さっきまで向かい合って座っていたはずの南はベッドに座り、昼下がりの猫の様に気ままな風で伸びをしていた。

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