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旅行

ママとパパ、船長と航海士の方と私の5人は、5日前からマリー号という船で地中海をクルーズしていた。

ママもパパもこのクルーズをとても楽しんでいたようだけど、正直私はあんまり楽しめていなかった。

船から見えるものは海と空ばかり。1日目は飽きずにずっと眺めていたけど、変わり映えがしないのでさすがに飽きた。退屈しないように本をたくさん持ってきたけど、それももうすっかり読み終わってしまった。パパから釣りに誘われたけど、全然釣れないし餌の虫がなんだか気持ち悪くて一時間でやめてしまった。

ほんとにすることがない。早く帰りたい。ここ2日はずっとそのことばかり考えていた。でもおうちに帰れるのは早くて3日後。ママもパパもこのクルーズがとても楽しいみたいだし、もしかしたら延長する可能性もあるかも。最悪だ。一刻も早く帰りたいのに。しかもちょっと船酔いしたのかずっと頭がくらくらしている。ほんとに最悪。もう嫌だ。朝ごはんものどを通らない。

「どうしたアイリーン。ほとんど食べてないじゃないか。」
「そうよ。どうしたの?」
ママとパパが心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
「ちょっと気持ち悪くて・・・。」
「あら、酔っちゃったのかしら。」
「大丈夫。薬を飲んで寝ていたら治るさ。」
「ちょっと薬とお水取ってくるわね。」
「うん、ありがとうママ・・・。」

違う。私が欲しいのは薬じゃない。今すぐ私をおうちに連れ帰ってくれる飛行機のチケットよ。
「はい。今日はお薬飲んで寝ていなさい。」
「うん。おやすみなさい。」

ああ、もう嫌だ。早くおうちに帰りたい。ぎゅっと目をつぶって念じてみる。おうちに帰りたい。早く。一刻も早く。ひたすらに念じ続けた。2~3時間ずっと念じていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。

ふと目を覚ますと、そこは船の上ではなかった。しかし、おうちでもなかった。何か三角形の大きなオブジェとライオンのようなオブジェが見える。あれは図鑑で見たことがある。あれがピラミッドであれがスフィンクスか。本物はあんなに大きいのね。もっと近くで見てみたいけれど、おうちに帰らなくちゃ。私はまた念じた。おうちに帰りたい。ふっと意識が遠のく。

またふと目を覚ますと、そこにはピラミッドもスフィンクスもなかったけれど、おうちでもなかった。とても大きな女性の像が見える。あれも図鑑で見たことがある。あれは自由の女神像だ。遠くからでもよく見える。もっと見ていたいけれど、おうちに帰らなくちゃ。私はまた念じた。おうちに帰りたい。ふっと意識が遠のく。

またふと目を覚ますと、そこには自由の女神像はなかったけれど、おうちでもなかった。私の周りには車輪のついたなにかがたくさん走っていて、目の前にはなにか大きな赤い塔が見える。あの塔はなんだろう。もっと近くで見てみたいけれど、おうちに帰らなくちゃ。私はまた念じた。おうちに帰りたい。ふっと意識が遠のく。

アイリーンが目を覚ますことは二度となかった。

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