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知らない

「なあ、ちょっと今から本屋寄らない?」
「ああ、暇だしいいよ。」
「そういや、お前と一緒にどっかいくとか初めてじゃない?」
「そうかも。」
「あ、ちょっと待って。自販機で飲み物買っていい?」
「え…いいけど、あの、ねえ。」
「ん? 何?」
「あのさ、ぼく前々から思ってたんだけどさ、自販機って何?」
「え…お前自販機知らんの?」
「そんなに有名なものなの?」
「有名も何も、そこら中に置いてあるし学校にも置いてあるじゃん。」
「本当? 見たことないぞ。」
「それまじで言ってる? これだよこれ。目の前にあるこれ。これが自販機。」
「これが自販機っていうのか…。この箱で何が出来んの?」
「本当お前知らないのな。ここに金入れると飲み物が買えるんだよ。」
「飲み物か。ところでコップは持ってるのか?」
「コップはいらないの。飲み物はペットボトルに入った状態で提供されんの。」
「ペットボトル…?」
「それもかよ。ほら、見本みたいなのあるだろ? なんかボトルに飲み物入ってるだろ? このボトルのことをペットボトルって言うんだよ。」
「そうなのか。初めて知った。」
「お前の実家はどんな秘境にあるんだよ。突っ込み疲れで喉乾いたわ。」
「ちょっと待って!」
「なんだよ急に。いい加減スポドリ飲ませてくれよ。」
「なにその銀色のコイン。偽物とかじゃないよな…。友達が犯罪者になるとか嫌だぞ。」
「これ、百円玉だけど…。」
「百円玉…?」
「お前どうやってこれまで生きてきたんだよ。百円玉知らないとかあんのかよ。」
「あるんだよ。てかいるんだよここに。知らねえ奴が。」
「まじかよ…。もしかしてお前さあ、日本の硬貨全部言えなかったりするの?」
「え、てかそもそも硬貨って何?」
「ゆるぎねえ。お前の世間ずれ加減がゆるぎねえよ。え、ちょっと聞くの怖いんだけどさ、日本の紙幣は全部言えるよね?」
「紙幣…?」
「え、怖すぎる。浮世離れの域を超えてる。完全に。やばいよお前。」
「やばいと思うならさ、教えてくんない?」
「分かった分かった。硬貨は一円玉、五円玉、十円玉、五十円玉、百円玉、五百円玉の六つあって、五円玉と五十円玉には真ん中に穴が開いてる。」
「へえ。そうなんだ。」
「んで、紙幣は千円札、二千円札、五千円札、一万円札の四つある。千円札は野口英世、五千円札は樋口一葉、一万円札は福沢諭吉が描かれてて、二千円札は首里城と紫式部が描かれてるけど、最近は沖縄あたりでしか使われてないから最悪二千円札はあるってことだけ覚えとけば大丈夫。」
「ほお。ありがとな教えてくれて。」
「まじで俺、こんな常識的なことを同級生に教えることがあるなんて思ってもみなかったよ。お前って本当何にも知らないのな。」
「でも、お前もぼくの事全然知らないだろ。」
「え?」
「坊ちゃん、ここにおられたのですか。お迎えに上がりました。」
「は? え? この人誰?」
「え? うちの爺や。」
「あなた様は坊ちゃんのご学友様でございますか? いつも坊ちゃんがお世話になっております。」
「あ、はい、こちらこそ、いつもお世話に…。」
「本日はお父様との会食が入っておりますよ。急いでお帰りにならないと。」
「そうだった。すっかり忘れてた。ごめんな。本屋一緒に行けなくて。」
「あ、いや、別に…。」
「さあ。参りましょう。」
「うん。出してくれ。じゃあな。また明日。」
「う、うん。明日な。」

「………知らなかった。」


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