かるがも
わたしがちょうど幼稚園に通っていた頃、「たまごっち」が流行った。
当時たまごっちを持っていたのはギャルたちはもちろん、園児たちも例外ではなかった。
子どもたちはお迎えの時間になると、お母さんのもとへいっせいに駆け寄り、開口一番に「たまごっちは?」とたずねる。
子どもが登園しているあいだ、たまごっちの面倒を見るのはお母さんたちである。
当時のお母さんたちはこの「たまごっち」に頭を抱えていたに違いない。子どもたちが登園している間、つまり束の間の人間育成の小休止時間に、謎の電子生物を育成しなくてはならないのだ。面倒臭いどころの騒ぎではない。
ご存知の通り、たまごっちは世話をサボると死ぬ。
お母さんたちは一生懸命たまごっちに飯を与え、しつけをし、遊んでやり、うんこを掃除していたのだ。
わたしの同級生の子たちも、特に女の子はみんな、お迎え時にたまごっちを受け取っていた。やれ○○ちゃんのは何っちになっただの、いまこのくらいまで成長しただの、とにかく話題はたまごっちでもちきりで、たまごっちを所持していない者はこの会話に入ることができない。
当時、一人だけ、この会話に入れいない園児がいた。
わたしである。
みんなが持っているからとか、みんながやっているからという理由で何でもかんでも与えてしまうのはどうなのか、と両親は考えていたのだと推測する。
しかしこうも毎日、周りの子どもたちがたまごっちに熱狂していると、わたしも当然欲しくなる。
あまり物をねだるタイプの子どもではなかったが、こればっかりは儀式のようにおねだりをする日々が続いた。
そしてついにある日、父親が仕事帰りに卵形のゲーム機をわたしに買ってきて差し出した。
たまごっちだ!!と喜んだのも束の間、よく見たらたまごっちではない。
父は言った。
「カルガモっちだよ」
カルガモ
全長60cm。カモの仲間。アジアの温帯から熱帯に分布・繁殖しています。日本では全国で繁殖し、本州以南では留鳥、北海道では夏鳥です。河川、池沼、海上など水辺にすんでいます。餌は植物質で、草の葉・茎・草の実などを主食にしています。【サントリーの愛鳥活動】
カルガモ。カルガモである。
初夏になると雛を引き連れて隊列を組み、街のお巡りさんに見守られながら道路の横断を成し遂げているあのカルガモである。
当時4歳のわたしは、そのとき初めて“カルガモ”という鳥類を認識した。
当時はたまごっちブームにのっかり、類似品が大量に出回っていた。
この「カルガモっち」もその類似品のひとつである。
もうこの際、カルガモでもマガモでもツクシガモでもなんでもいい。
わたしは電子カルガモを育てることにした。もちろん例に漏れず、母もわたしの登園中はカルガモを育てた。
たまごっちでは卵が孵ると「べびっち」というまるっこいキャラクターが現れるが、カルガモっちでは雛のドット絵が現れる。
たまごっちは世話のしかた次第でさまざまなキャラクターになるが、カルガモっちはどんなに世話をしても、しなくても、カルガモになる。
モノは違えど作業の趣旨はたまごっちとほとんど同じなので、満足感はそれなりに得られた。
結局、お迎えのときに同級生の女の子にカルガモっちを見せたら、「ニセモノじゃん」と言われ、心にとても深い傷を負うことになり、不憫に思った両親が本物のたまごっちを買ってくれ、わたしはカルガモっちを卒業した。
あれから20年以上の時が経った今、たまごっちのコンテンツを目にするとカルガモっちを強制的に思い出す体になってしまった。
また、野生のカルガモの姿を目にした時も、カルガモっちを思い出してしまう。
そもそも、カルガモっちって何。
この世に存在する、卵から生まれてくる数多(あまた)の生き物の中で、何故、何故に“カルガモ”が選ばれたのだろう。
ニワトリっちの方が真っ先に思いつきそうだし、可愛げ重視でいくなら人気者のペンギンっちでもいいかもしれない。
はたまた、恐竜っちなどをこしらえたあかつきには、男の子も虜になるだろう。
百歩譲って「ウチで作るたまごっちのバッタもんは、カモ類でいきます!」となった場合、カルガモよりもアヒルやマガモの方がなんかカモの代表格なような気もする。
鳥だけでも約1万種が存在すると言われているこの世界で、カルガモっちを作り、そして売った会社は、なぜ“カルガモ”を選んだのだろう。
会議室で大人たちが集まり、なんの生き物を育てることにするか協議している。数々の鳥類や爬虫類の名前が書かれたホワイトボードには、「カルガモ」に赤いマルでぐるぐると印がつけられているのをいつも想像する。
それか、社長が絶対にカルガモにする、と言って誰も止められなかったのか。カルガモじゃ売れませんと、誰も社長に言えなかったのか。
しかしうちの父親は「娘に」と思って買っているのだから、わりと売れたのかもれない。
もうこうなるとたまごっちの開発秘話を聞くよりも、断然カルガモっちの開発秘話が聞きたい。なんでカルガモなんですか。
この話を同世代の人にすることがあるのだが、みんなたまごっちは知っていてもカルガモっちをプレイした人はいない。
よく考えてみれば、カルガモをメインにしたゲームなんて本当に存在したのだろうか。これはわたしの夢なのか?
母に「カルガモっち」のことを話したところ全く覚えがないと言われ、本当に夢なのでは?と怖くなっていたところ、「たまごっち カルガモ」で検索したら、検索結果の画像の中にあの日たしかにプレイしていたカルガモっちの写真を発見した。
出典: 駿河屋
あった。これである。色も記憶と全く同じだ。
なんとカルガモっちの本名は「かるがもLAND」だった。
コンセプトの謎が深みを増す。
もう少し調べてみると、「ミドルエッジ」というWebサイトにたまごっちの類似品をまとめた記事を発見した。ここでもパチモンの一つとしてかるがもLANDが掲載されていた。
「たまごっちのパチモン商品を集めてみた!【鳥類編】」
https://middle-edge.jp/articles/z2v9v
記事を拝見するかぎり、たまごっちの類似品はたくさん出ていたようで、【鳥類編】はやはりヒヨコやペンギンをモチーフにしているものが圧倒的に多かった。ちなみに、【犬猫編】【恐竜編】もまとめられていた。
当たり前だが、カルガモをモチーフにしたものはかるがもLAND以外にはないようだった。かろうじて、「ぐあッPi」というアヒルをモチーフにした類似品があった。なんとカモ類が2種も類似品のモチーフになっていたのである。
まさかと思い販売元を見てみると、かるがもLANDもぐあッPiも「D.D.DUCK.CLUB」となっていた。
DUCKが社名に入っていることからして、カモ類に関係しているか、カモ類が大好きな人が立ち上げた会社なのかもしれない。
おそらく類似品第一弾として、アヒルをモチーフにした「ぐあッPi」を販売したところ、思いの外売り上げがハネたのだろう。
これはいけるぞと、D.D.DUCK.CLUBは類似品第二弾として「かるがもLAND」を発売し、父がそれを購入し、わたしに与え、強烈な幼少期の思い出として記憶に残ってしまい、わたしが今こうしてこれを書いている。
残念ながら、D.D.DUCK.CLUBを検索しても情報は得られなかった。一体どのような組織だったのだろう。
幼少期のころはニセモノと言われ悲しくなり、「なにがカルガモだよ」と思っていたが、大人になった今、おもちゃ売り場にかるがもLANDが売っていたらどう考えても「なにこれ」となって足を止めるだろうし、2千円くらいなら買ってるかもしれない。蛙の子は蛙である。カルガモの子もカルガモになる。
かるがもLANDはメルカリにも数点出品されており、パッケージの裏側の写真を見ることができた。ゲーム機の操作説明などがくわしく書いてあるのだが、そこに思いがけない文章を見つけた。
「あなたの育て方次第でどんなカモになるのかな???」
衝撃である。
どんなカモもなにも、かるがもLANDなのだからカルガモになるのではないのか。
わたしが幼少期の頃に見た最終形態は、カモのドット絵が表示されていたが、じつはあれはマガモやヒドリガモの場合があったのだろうか。
あの粗いピクセルで様々なカモを頑張って表現していたのだろうか。
カモのなかまは現在172種が確認されている。カモと一口に言っても、いろいろいるのだ。
D.D.DUCK.CLUBは、このカモの奥深さをもっと世の中に広めたかったのかもしれない。
考えれば考えるほど、わたしはかるがもLANDをまたやりたい。
もし、かるがもLANDをやったことあるよという方、いらっしゃいましたらご連絡ください。
よろしくお願いします。
※↓これはツクシガモの雛です
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