花子の一生

第3章 イチゴのハンカチと恵子の贖罪

#創作大賞2023
#オールカデゴリー
#ささやかな日常が一番幸せ
#愛

花子が入園して半年が経った。社会人や学生でも大体、半年を目処に緊張感が少しずつ薄れていく。

 花子も例外ではなかった。

 以外にも保育園という箱が息苦しい場所ではなかった事に気を良くした花子は、いつもの癖が出てしまった。

 花子という生き物は、慣れが出ると調子に乗り、余計な事をしては最後にお仕置きを食らうという顛末を幾度となく繰り返してきた。
それに懲りる事なく同じ過ちを犯す花子をチャ子は、決まって北海道の施設に入れる!と、威嚇した。 
祖父の隆二は、刑事ものが好きで、週に一度小さかった花子を胡座の中にすっぽりと入れ、分かるはずもない幼い孫に、懇々とドラマの内容を説明していた。

 さすがに花子も込み入った謎多き事件の内容までは理解出来るはずもなく、悪人のラストは決まって真冬の網走刑務所送りとなる為、花子にとっての北海道に良いイメージなどひとつもなかった。
ないどころか、悪い事をすると極寒の北海道に追いやられると本気で思っていた。その事を知っていたチャ子は、花子が悪さをするたび、ニヒルな刑事のような目つきで花子を威嚇していた。
しかし、何回も同じ方法で威嚇されていた花子にも耐性菌の様なものができ、北海度の効果が薄れてきていた。
ちょうどその頃、事件が起きた。

その事件現場は、花子と恵子が通う保育園だった。
うだるような真夏の保育園で、児童の間である遊びが流行っていた。当然、花子もその遊びに夢中になった。それを見ていた姉の恵子は嫌な予感に駆られ、花子を部屋から呼び出した。

 「花子、やめとき。あんたは確率の低いものをなんや知らんけど当ててしまうやろ。この前かて、町内のお涼み会で出たお寿司で、誰も食中毒になってないのに、あんただけ、魚にあたって酷い目にあったやん?そういう事やで」

 そう言う事。

 恵子の言う、そういう事とは、花子の運の悪さを指しているのだ。

 確かに花子は良きにつけ悪しきにつけ、確率の低いものにでくわす傾向にあった。その事を一番近くで見ていた恵子は自然と花子に降りかかる災いを前もって察知できるようになっていた。

 長女として、この保育園という狭い箱の中の、たった一人の身内を守ろうと、常に意識しながら日々過ごしていたのだ。

 それはまるで、大統領につくSPのようだった。

 常に神経を研ぎ澄まし、五感を奮い立たせ、クライアントを命がけで守るSPに、恵子は憧れていた。

 しかし、その恵子も同じくチャ子の腹から出た子供である。

 他人から見れば、少し変わった子。の、部類だった。

 おそらく、たった一人で妹を守っている自分に酔いしれていたのかもしれない。

 タイプこそ違えども、やはり恵子にも少し個性的な面が見え隠れしていた。

 以前、恵子はニュースに度々出てくる総理大臣の側で、眼光鋭く張りついている男性が気になり、政夫に聞いた事があった。政夫は新聞記者という職業柄、無駄なく完結にそれを教えてくれた。

 それを聞いた恵子は、益々SPの仕事に憧れを持ってしまい、刑事ドラマを、率先して観ていた。そこは祖父である隆二ゆずりなのであろう。

 中でも、恵子が夢中になっていたドラマが特別捜査官ものだった。もちろんフィクションだが、平和だと思っていた日本の裏側にも、危険が潜んでいて、しかも、命がけでそれらに立ち向かう彼らを見て、恵子は興奮した。

 無論、SPと特別捜査官は全くの別物だ。

 しかし、そこは子供である。全部ひっくるめて悪者から人々を救う正義の味方と思っていた。

 つまり恵子からすれば、特別捜査官もSPも仮面ライダーも同じ括りなのである。

花子の教室で流行っていた遊びとは、天井に設置してある扇風機に各自持っているネーム入りのハンカチを投げ、吸い込まれた人が負けという実に愚鈍な遊びだった。

 年長だった恵子は、心配して度々花子がいる梅組に行き、SP気取りでこっそりと様子を伺っていたのだ。

 事件が起こった当日も、恵子は花子を心配して梅組を訪れていた。

 楽しげにクルクルと回転している扇風機に目掛けてハンカチを投げつけている児童の中に、例外無く、花子もいた。

 こんな楽しい遊びがこの世にあったのか!と、言わんばかりに、活き活きとした表情で他の児童に混じり、ハンカチを投げている妹を見て、恵子は嫌な予感がした。
すぐさま花子を呼び出し警告したが、能天気な花子がすんなりと聞き入れるはずもなく、再びハンカチを天井に投げつけ、無邪気に笑っていた。

 呆れた恵子は、自分の教室に戻ろうとしたその瞬間、激しい機械音が聞こえた。と、同時に児童達の悲鳴があがった。

 驚いた恵子は再び花子の教室に引き返すと、凄惨な事件現場と化していた。

 天井にあるはずの扇風機が、墜落した小型飛行機のように原型をとどめず散乱し、花子の宝物だった祖母、愛子から貰ったイチゴのハンカチが、もはやハンカチの機能を果たせないほど粉々に千切れていた。

 何より恵子を驚愕させたのは、大破した扇風機の破片が花子の瞼を直撃し、流血した花子が気絶して倒れていたのだ。

 驚く事に、花子は宝物だったイチゴのハンカチの切れ端を握りしめ倒れ込んでいた。

 おそらく気絶する寸前、宝物への執着心が花子を奮い立たせ、それを掴んだと同時に意識が遠のいたのだろう。
花子にとってそのイチゴのハンカチは特別なものだと恵子は知っていた。

出来の悪い花子は身内から褒められた事など一度もなかったが、祖母の愛子だけは花子の存在を唯一認め、可愛がってくれた。
花子にとって、そのイチゴのハンカチこそが自身を証明する戸籍のようなものだった。

 恵子は慌てて花子に駆け寄り大声で叫んだ。

 「しっかりしぃ!だから言うたやん!花子!起きて!お母ちゃん来たで!」

 お母ちゃん。

 それに反応した花子は、ギョッと目を開け、操り人形のようにスクッと立ち上がった。

 無自覚に隠れようとしたのだ。

 おそらく花子はチャ子から逃げようとしたのだろう。瞼の傷から流れ出た血は花子の口まで達し、それはまるで、口裂け女とお岩さんの合いの子のような形相から、周りにいた児童達は驚き、泣き出す者までいた。

 その騒ぎに気付いた保育士と園長は、血相を変えて走って来ると、空中分解してバラバラになった扇風機と、血まみれの花子を見て驚愕した。

 一体なにがどうなったのか把握出来ないまま、園長は花子を抱き上げ保健室へと走って行った。

 本来なら家族である恵子も保健室に行くべきなのだが、あえて教室にとどまった。

 なぜなら恵子には想像がついたからだ。

 小さな子供といえども、自分に災いが降りかかろうとした時に保身を図る事は分かっていた。人は追い詰められると、自分を守るセンサーにスイッチが入る事を子供ながらに知っていたのだ。
せめて姉として、妹だけがハンカチを投げて遊んでいた訳ではない事だけは、目をつり上げ、 ことの成り行きを追求している保育士達に説明をしてやりたかったのだ。
大統領を命がけで守るSPのように恵子もまた、負傷の妹を守りたかったのだ。
けれど、そんな恵子の思いも虚しく、チャ子が保育園に呼ばれ、園長に説教をされた。
花子はというと、保健室の処置ではどうにもならず、病院で5針も縫うはめとなり、挙句、園長や担任の保育士、そしてチャ子にこっぴどく叱られ、一度で二度痛い目に合い、泣いていた。

 そんな花子を見て、恵子は、胸が痛かった。そして、自分の力不足を呪った。

 散々、園長に絞られ、三人が家路に着いたのは既に夜の7時をまわっていた。

 プライドの高いチャ子は園長と、自分より歳下の若い保育士に、こっぴどく説教された事が余程くやしかったのだろう。家に着くなり、チャ子は花子の頭にゲンコツを入れた。

 俗に言う八つ当たりだ。

 結局、この日、花子は三度、痛い目に合い、お岩さんのように腫れ上がった目から、白く乾いた涙の筋をつけたまま床に着いた。

 横に寝ていた恵子は、花子の運の悪さを気の毒に思いつつ、言い訳や愚痴を一切言わなかった花子を誇らしく思っていた。気がつくと恵子は、寝ている花子の頭を優しく撫でていた。

 「傷にも負けず、大人にも負けず、友達を巻き込まず、私は、そんなあんたみたいになりたいわぁ」

 恵子はそう囁くと、寝ている花子の布団に入り、寄り添って眠った。

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