蟲に魅入られる

プランクトン(Plankton)とは「浮遊生物」のことだ。
水中や水面などを漂って生活する漂泳生物のうち、水流に反して遊泳することができない生物の総称。
様々な分類群に属する生物を含んでおり、微小なものが多い。
生態系において下層を構成する重要なものだ。
例としてよく挙げられるのはミジンコやミドリムシ、アオミドロなど。

水中にそういう者がいるのであれば、空中で浮遊するものは?
いるのではないだろうか。
水中だけではなく、大気に漂う浮遊生物もいるのではないだろうか?

人間の目では捉えられないが、漂い、すぐそばで生きている。

「蟲」

「虫」

一文字はまむしの形をかたどったもの。さらに一般に爬虫類の意味も表す。カエル、ナメクジ、トカゲ等。
「蟲」とは生物全般を意味するものを示し、別字を構成していたが、古くから「虫」は「蟲」の略字として混用されていた。

「◯◯。

遠い時代、そういう生業をもつ者たちが居たという。」

◯を専門とした医者といったものらしいが、「◯」とは、はて。

「◯◯は、普通の人間には見えないものが見えたらしい。」
幽霊のことか?それとも小さい虫?
視力がずば抜けて良く、小さすぎるものが見えてしまう、とか?
どちらにせよ、そうだとしたら多少苦労しそうだな。

私は虫は得意ではないが、人並みよりは恐れない方だ。
多少は苦手な虫もあるが、その程度。小さな蜘蛛や小蝿がそばにいるのは造作もない。
むしろ、その小蝿を食ってくれるのだろう?
そばを這う小さい蜘蛛に目をやり、心中で微笑む。

だが、「普通の人間には見えないもの」を専門とする◯◯はそうはいかない。
時々それに似た存在が見える人がいるというが、本意かといえば、多くの場合が不本意だろう。
本意で生業としていたのか、否か。
人ではないものと生ている私たち人間は、目に見えているものに限らず同族同士ですら嫌悪することもある生き物だ。

計り知れない。
途方もない。

「◯◯」…何のことだろう。
今朝、目覚める前にみていた気がする夢のことを少しだけ思い出していた。

山を歩く。
土、野草、花、通り過ぎる羽虫、木々、木洩れ陽、そよ風、自分の足音、遠くの気配。
その隣やその上を歩く。
人気を感じない。しかし遠くに必ず人はいる。
その他も同じく、必ず居る。
何とはいえない感覚を研ぎ澄ませる。

耳を澄ませながら、ゆっくり歩く。一歩一歩、履いている靴で土を踏む感触を味わいながら。

一歩、踏み込んだ足を止め、周囲の木々の間へ目を凝らす。
遠くの方から「そろ、そろ」と、小さい沢のせせらぎが聴こえた。

遠くか、近くか。上か、下か?
何かいるのか、いないのか。

じっとする。
そして目を落とし、大きく息を吸って吐いた。
顔を上げて、また歩を進める。

山に入って小一時間ほど歩いただろうか。
いつも歩いていた山道より奥へ分け入って来てみた。
今日は、冒険したい気分なのだ。
見慣れているような、しかし慣れていない森であることを目ではなく肌で感じていた。
持ってきた携帯用座布団を湿気た土の上に広げ、腰を下ろす。
いつもより落ち着かない。その中でゆっくりと背負いの荷物から飲水を取り出す。
一口飲み、首元の汗をハンカチで拭いながら一息つく。
空を仰げば、大きな杉の木立が晴天を遮るのが見えた。
湿った土、どこからか漂う水気。
いつもと違うような気がするが、全て気のせいだ。

私は何も知らない。それだけだ。

座って森をじっくり眺めていると、心拍が落ち着き、同時に少し眠気も帯びてきた。
初夏の晴天、先日の雨がしっかり降っていた分、山々が柔い水気を放っている。
ささやかな温もりに包まれていた気がした。
慣れてきた。

私はもう一度飲水に口をつけ、少し大きく息を吸いつつ腰をあげる。
携帯用座布団をしまい、荷を背に落ち着かせる。
森の奥へ歩を進める。

山は晴天の下、そこにある。
私は時々、そこで漂う。


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