弥勒物語No.56【小説】
私の名前は音夢。
私も今日から大学生です。幼い頃から不思議な声が聞こえたり夢を見たりすることがあった。その理由で、私は幼い頃より父親から仏教ばかりやらされているのです。
だからかもしれない。私は新しい生活に希望を抱いていた。
「よろしくお願いです」
「音夢さんは、あの有名な進学校を出たらしいんですって。期待株ってやつね。うちのサークルでも遂に大型新人が入ってくれたみたい」
「おお、どんな動機でうちに入られたんですか?」
すぐに仏教と違うことがやってみたくて……とは言えず音夢は言葉に迷っていた。
「単純に物を書いてみたくて……小説を読んだり書くのが好きなのです。小説って違う世界に連れてってくれるじゃないですか……。だから、この機会に真剣に取り組んでみたいと思ったのです」
「なるほど、音夢さんは小説家になりたいの?」
「いえ、まだそこまでは決めてはないけれど、とりあえず文学の世界に触れてみたいと思った訳なのです」
「父親が厳しくて、仏教ばかりやっていたんです。それって、初めから人生を決められてるみたいでとっても嫌なことでしょう? だから色々なことをやってみたいなって。私の人生は私のものだもん」
「そうだよね、父親に人生の全てを決められるってとっても嫌なことだよね」
うんうんと賛同する声があがる。やっぱりこう話すとみんな揃って同じ答えを出す。それは当たり前かも知れないけれど、私には新鮮に感じていた。
「やっぱり、みんなも同じなのです」
ここは文芸部サークル。主に、十人程で構成されている。活動内容は本を読んだり、感想を言い合ったりする。仏教系のサークルもあったけれど、入る気はしなかった。
家がお寺だと言うこともあったけれど、それだと仏教漬けの毎日になってしまうからだ。そんなことは御免だ。
でも特技として仏教が得意だということはあった。だから本を書いてみたいと思ったのだ、仏教を詳しく書いた本。私はそういうことがしたかった。
だから父親にはそこの所は感謝するべきなのだろう。人と違った体験をしていないと面白い本は書けないからだ。
私はとりあえず、その為には、やはり色々な本を読むこと。そのことが楽しみで、このサークルに入ったのだ。
「それでは、自己紹介も終わったことだし、みんなで先週読んだ、本の感想を言い合いましょう、あ、音夢さんは今回は見学していてね」
「はい、ありがとうです」
私は考えていた、だからといって父親が嫌いと言う訳ではない。むしろ好きな方だ、幼い頃から、父親から仏教ばかりをやらされていたとはいえ、本当に私を大切に育ててくれた。文芸部サークルに入った理由は、人の観察をしたかったからという理由もある。文系ならみんな、色々知識も深いだろうし、高尚な意見を交わすこともできると思った。ここにいれば様々な思想や意見が入ってくる。そう私は考えたのだ。
「それでは今日は解散。また来週会いましょう」
「はい、お疲れ様です」
私は大学の帰り道、とあることを思っていた。人の悩みを解決するのには一体、どうしたらいいのだろう。知識を蓄えることだろうか。それとも徳を高めることだろうか。すぐに仏教の話になってしまうが、それは私が本当に仏教しかやってこなかったからである。こんな悩みを持つこと自体、普通の人とはかけ離れた所に私は居るのだろう。
本を書きたいとは言ったものの、私が本当にやりたかったことは人の悩みを解決してあげることだった。カウンセラーの様なものだ。そこに仏教が噛み合うことで絶妙なバランスが生まれる。私の道は多分、これからも決まっているのだろう。でも、それはそれでいいのかも知れない。
私は仏教が好きだ。私のことをいつも見守ってくれる観音様。私はいつもその存在に感謝をしていた。それに、好きな本でも書くことができれば、それで私は満足すべきなのだろう。私はこの歳で小欲知足をマスターしていた。
「ただいまです」
「お帰りなさい、音夢」
お母さんが出迎えてくれる。私は返事をして自分の部屋に籠ってベッドに寝転がった。
「人生って何なのか、まだ分からないままなのです」
私の悩みは割と深かった。
でもね、一つだけ分かったことがあるのです。
「私はお父さんのことが大好き」
ーーご愛読ありがとうございました。
続編にご期待ください。
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