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【小説】柳田知雪『負け犬ギルドの幼馴染』第1話

※注意※
こちらは文芸誌Sugomori 初のR-18小説となります。
未成年の方の閲覧はお断りさせていただいております。
ご了承ください。
また、R-18小説へ苦手意識がある方も閲覧をお控えください。


以下より本編が始まります。
注意書きをお読みいただき、
了承いただけた方のみ続きをご覧くださいませ。



『負け犬ギルドの幼馴染 第1話』

 私にとってラルは幼馴染で、ギルドの仲間で、家族みたいな存在で……そんな彼が、こんなにも劣情に塗れた男の顔をするなんて知らなかった。

「ぁっ! だめ…そこ、触っちゃ……っ」
「俺ばっかり得するのも悪いからな。せめて、気持ちよくしてやるよ」
「いいっ…そんなの、いらないから……っ」

 ましてや想像もしてなかったのだ。
 その顔を私に向けてくるなんて……──


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 テール国はリュンヌ、フー、オー、アーブル、オール、ソル、ソレーユと7つの州に分かれている。州ごとに風土、土地柄は様々だ。
 私たちが暮らすアーブルは、他の6つの州と比べると森に囲まれてのんびりとした平和な場所。平たく言えば、一番のド田舎である。
 そんなアーブルで今日も私は、元気にアーブルギルドの運営を担うギルドマスターとして新米ながらも励んでいる。

「朝ご飯食べて、みんなでバリバリ依頼をこなしましょう!」
「バリバリ~?」

 私からスープ皿を受け取ったギルドメンバーは、興味なさげに薄い笑みをへらっと浮かべた。

「昨日は下水掃除。一昨日は畑の害虫駆除……ギルドは何でも屋だけど、いくら何でも雑用が過ぎませんかね? ギルドマスターさん」
「うっ……」

 テール国にはギルドと呼ばれる何でも屋が存在する。州の名前を冠してそれぞれに配置され、担当地区内で起こった事件や問題などに対処し、州に住む人々の暮らしを支援するのが仕事だ。
 神秘ひしめくソレーユでは幻獣の保護や討伐、危険地区の多いフーでは希少素材の採取や犯罪組織の捕縛など、冒険心をくすぐられる任務が多い。
 ギルドに所属するメンバーのことを通称・ギルメンと呼び、ギルメンになるならやっぱりソレーユギルドやフーギルドのギルメン! と目標にされるほどだ。

 一方、我がアーブルギルドはと言えば、先ほども言った通りただのド田舎を拠点とするギルドだ。滅多に冒険心をくすぐるような依頼は来ないし、町の雑用係と言ってもいい。もちろん、どれも大事な依頼には違いないのだけれど。
 そのため、わざわざアーブルギルドのギルメンを目指す者は少ない。では、どんな人間がアーブルギルドのギルメンになるか。
 それはソレーユやフーなどの一流ギルドを目指すも、道半ばで挫折し、しかしギルメンという肩書を捨てきれずに流れ着いてきた者たちだ。
 そんな経緯のせいか、アーブルギルドのギルメンたちはどこか無気力で覇気がない。
 おかげでアーブルギルドについたあだ名は、負け犬ギルドだ。

 どんな不本意な呼ばれ方をされようと、依頼は毎日やってくる。
 アーブルギルドをまとめるギルドマスターだった私の父が急逝し、私が引き継いで早1ヵ月。今までもギルド内の仕事を受付嬢として手伝っていたとはいえ、やはりまだ慣れないことの方が多い。
 だからと言って、そんな私の代でギルドの評判をこれ以上落とすわけにもいかない。せめて、仕事だけはきっちりこなす実直なギルドでなければ。

 それなのに……

「ラルー! もうとっくに朝なんだけど!」

 アーブルギルドのホームは4階建てだ。1階は食堂兼依頼の受付窓口。2階以上はギルメンたちの住居空間となっている。
 そんな建物の3階の角部屋にあるラルの部屋の扉を、容赦なくノックし続けた。

「今すぐ起きてこないと朝食抜きだよ!」
「えー……」

 木の扉の向こうから、どうにも気の抜けた返事が聞こえてくる。
 やがてゆっくりと開いた扉の向こうには、ラルが寝ぼけ眼のまま立っていた。後頭部では艶やかな黒髪の中から、ぴょこんと寝癖がひと房跳ねている。

「朝食は欲し…もごっ!」

 ラルの口にパンを突っ込むと、抵抗もなくもぐもぐと咀嚼して飲み込んでいく。

「これ食べたら仕事! 早くしないと依頼主のモリーさんとの約束の時間に遅れちゃうから!」
「お前、朝から元気だな……」
「ラルが元気なさすぎるの。っていうか、もう子どもじゃないんだから朝くらい自分で起きて」
「無理無理。俺、カメリアがいないとダメだから」

 このぐうたら男、ラルと私は幼馴染だ。
 田舎で育ったゆえに周りに家が少なく、子どもの頃の遊び相手は2つ年上のラルしかいなかった。ラルは子どもの頃からマイペースで、気付けば私の方が彼の面倒を見るほどで。

『カメリアちゃんのおかげで助かるわぁ』

 なんて、ラルのお母さんに何度言われたか分からない。十分に子どもだった私は、当時それを褒め言葉だと受け取って存分に胸を張った。

『ラルには私がいなきゃダメなんだから!』
『じゃあ、大きくなっても頼む』

 なんて、ラルも答えていたくらいだ。その時は、誰かに頼られることが純粋に嬉しかった。一人前のお姉さんとして、周りの大人に認められているような気分になれたから。

 だがまさか、大きくなってもこの関係が続くとは思わないではないか。
 歳を取ればお互い自立して、いつかは自分の道を歩くのだろうと漠然と考えていた。それなのに、アーブルギルドのギルメンとなってもラルは、今もあの頃と変わらずマイペース……いや、マイペースなんて言葉では生温いほどだらしないままで、私に毎朝起こされている。事前に依頼を割り振っていても、当日になって私が発破をかけなければ動こうとしない。

「いい加減、ダメじゃなくなれ!」
「そうは言うけどさ」

 こてん、と私の肩に頭を乗せたラルが締まりのない笑みを浮かべる。

「俺がこんなダメ人間になったのは、カメリアのせいだし?」
「人のせいにしないでよ」

 中身はほとんど変わらないくせに、身体だけは大きくなったラルだ。肩に乗せられた頭は熟れたスイカのように重くて、私を見上げる薄く雪を被ったような水色の瞳は大人っぽく細められている。
 ふとした瞬間に感じる時間の流れと、それに伴っていない関係性の変化の無さに苦みの薄い苦笑が零れた。
 変わらないものがあるというのは、どんなものであろうとわずかな温もりを覚えるものなのかもしれない。

「じゃあ、収穫の手伝いよろしくね。働かざる者食うべからず」
「へいへい……」
「お昼には差し入れ持っていくから」
「卵と分厚いハムが挟まったサンドイッチな」
「寝坊したくせにリクエストだけは一丁前なんだから」

 ラルが寝癖を手で撫でつけるも、結局ぴょこんと跳ねさせたまま出かけていってしまう。ぴょんぴょんと揺れる髪を見送って、私は腕まくりをしながらホームの中へと戻っていった。
 昼食用に持っていくみんなの分の差し入れを作らなければいけないし、その前にギルド内の清掃と洗濯と……とにかくやることは目白押しなのだ。

 ギルドのホームであるこの場所を、ギルメンのために快適に保つ。
 今の私がギルメンのみんなのためにできることはそれだけなのだから。

 昼時になって、大量のサンドイッチを詰めたバスケットを手に収穫を行っている畑へと向かった。ラルの注文にあった分厚いハムは、残念ながらビーンズミートで代用させてもらった。
 負け犬ギルドと呼ばれる我がギルドには大きな依頼、つまり大きな収入となる依頼が年に一度あるかないか、だ。ギルドは国から最低限の保障をもらえるが、それだけでは分厚いハムなんて贅沢は程遠いのである。

「カメリアちゃん……!」
「モリーさん?」

 畑の方から足を縺れさせるようにモリーさんが駆けてくる。血相を変えた彼の表情に、ただ事でないとすぐに察した。

「何かあったんですか?」
「畑にゴブリンの群れが……!」
「えっ……!」

 ゴブリンは各地に存在する妖精の一種だ。1匹ずつの戦力は大したことはないが、群れとなると話は変わってくる。彼らは狡猾で、群れのリーダーの統率力によっては小さな町ひとつを簡単に蹂躙することもできると聞く。

「今はギルメンが相手してくれてるが……」
「モリーさんはまだこの辺りに残っている人を連れて避難してください」
「カメリアちゃんはどうするんだ?」
「私はみんなのところへ行きます!」

 サンドイッチの入ったバスケットをモリーさんに押しつけ、畑に向かって駆け出す。
 ゴブリンの群れなんて、うちのギルメンにどうにかできるだろうか。収穫の手伝いだから軽装備で出かけていったし、何より向こうの数によっては戦力的にも厳しい。

 脳裏に寝癖をつけたまま出かけていったラルの後ろ姿が過る。
 まだ父がギルドマスターを勤めていたある日、ふらりとギルドにやってきてギルメンになりたいと言ったラル。父は喜んで受け入れたが、正直頼りになるかと問われればノーと答える。
 そんなラルに群れで襲ってくるゴブリンの相手なんて……

 背の高い作物で視界が遮られる。
 しかし、一歩踏み出した瞬間、ねっとりとした何かを踏みつけた。
 ゆっくりと足を上げれば、赤い血で粘ついた泥が靴に付着する。

「ラル……!」

 思わず名前を呼びながら、血が流れてくる方へと進んだ。葉を掻き分けた先に転がった緑色の身体を見て、ピタリと足を止める。

「ゴブリンの、死骸……?」

 ほっと止まっていた呼吸を再開させた瞬間、ドンと腹に響く地響きが轟いた。

「っ……!?」

 それは突然、現れた。
 見上げるような巨大な柱。ぶわりと風に乗って運ばれてきた空気は、肌を刺すように冷たくて、その透明感のある巨大な柱が氷で出来ているのだと分かる。
 同時に、巨大な氷柱の中にいくつもの影が見えた。断末魔を上げるように口を大きく開いたまま身体を仰け反らせて手足を広げた影は、ゴブリンのそれだ。

「すごい……」

 あの数のゴブリンを一気に制圧したこともそうだが、この大きさの氷を発現させるのには相応の魔力が必要なはずだ。
 アーブルギルドで魔法を使えて、さらに氷魔法が使えると私が知っているのは1人だけ。
 しかし、その“彼”と目の前の光景が結びつかなくて脳内は混乱を極める。

 呆然と眺めていた氷柱の上に、ひとつの人影が飛び上がった。
 手にした剣を振り上げた人影は、中に閉じ込められたゴブリンごとその巨大さをものともせずに氷柱を叩き割る。
 その人影は間違いなく……

「ラル……」

 彼がこれほどの実力を持っていたなんて私は知らない。だってラルはぐうたらで、私がいなきゃ朝も起きないダメ人間。
 なのに、今見せた実力は一流ギルドでも通用するだろう。そんな実力を持ちながら、どうして負け犬ギルドなんて呼ばれる場所にいるのか。宝の持ち腐れ、と言われても過言ではない。

 目の前の光景に、すごいと素直に驚いた。
 だが同じくらい、変わらないと思っていた何かがヒビ割れていく。

 ラルはいつ、これほどの力を身に付けたのだろう。
 その間、私は何をしていただろう。
 私にできることはギルメンが快適に過ごせるようにホームを整え、依頼を分配するだけ。
 本当に……それ“だけ”だったのだろうか。

「キィェェェェ!!」
「!?」

 農作物の中から傷を負った1匹のゴブリンが飛び出してくる。
 ぶつけられた咆哮に足が竦んで動けなくなった私に、ゴブリンはその鋭い爪を振りかざした。

「っ……!」

 バキンッ、と太く重たいものが折れる音がする。
 思わず閉じていた目をそろそろと開くと、視界の中で剣が太陽の光を弾いた。

「大丈夫か?」
「ラル……?」

 足元には背中を折られ、絶命したゴブリンが転がっていた。
 あの場所から一瞬でここまで駆け付けたのだろうか。普段のぐうたらしているラルの動きからはとても想像ができない。
 後頭部からは、あのぴょこんと跳ねていた寝癖がなくなっていた。代わりに頬には赤黒い血がこびりついている。

「血が……!」

 慌ててハンカチで頬を抑えるも、その下に傷のようなものは見えない。ハンカチを添えられるがままになっていたラルは、いつもの緩い笑みを浮かべた。

「これ、全部返り血だから」
「返り、血……」

 なんだ、私がいなくても全然大丈夫なんだ。

 それは私がラルに望んでいたこと。今朝だって、彼本人にぶつけた台詞。
 そのはずなのに、この胸を吹き抜ける冷たい風は何なのだろう。

 ラルを中心にゴブリンの群れは早々に討伐され、収穫も荒らされた場所を除けば予定通りに終了することができた。

「ラル~! お前、いつもぼうっとしてるくせにあんなのできたのかよ!」
「あんなのたまたま上手くいったんだよ」
「謙遜しやがって、この野郎~!」

 しばらくはラルを持て囃すような声がホームに響いていたが、夜の闇に均されるように、気付けばいつもの静けさを取り戻していった。
 ギルメンもほとんどが眠りについたというのに、私の胸の中はずっとざわついて眠れそうにない。
 キッチンで温かいミルクを飲んで落ち着こうとするも、昼間に見た氷柱を思い出すと、まろやかなミルクの風味は一瞬で冷めてしまう。

「お、いいの飲んでんな」

 顔を出したラルは、私が腰かけているのと同じ丸椅子を持ってきて腰を下ろす。

「俺にも作って」
「自分で作ればいいのに」
「カメリアが作ってくれる、ちょうどいい甘さのミルクがいいんだよ」
「分かった……」

 本当は、私に頼らなくてもラルなら何でもできるのではないだろうか。
 そんな全能感を緩い笑みで隠して、私を騙しているだけなのでは。

 鍋の中でくつくつと煮える乳白色。さらさらと砂糖をふりかければ、湯気からまったりとしたミルクが香った。

「はい、どうぞ」
「サンキュ」

 ミルクの入ったカップを渡そうとして、互いの指が触れあった。しかし、触れたのが指だと気付いたのは一拍ほど置いてからだ。
 ラルの指があまりにも冷えていたせいで、指と認識できなかったのだ。

「こんなに冷えてどうしたの!?」
「あー……」

 なぜか言い渋るラルの手を、カップごと握り締める。
 手の平で包み込んでも、なかなかラルの手は温まらなかった。

「もしかして、昼の氷魔法のせい? あれだけ大きな技を使ったから副作用が……」
「さすがギルドキーパー。魔法の副作用のことも知ってんだな」
「茶化さないで!」

 強すぎる魔法は術者も余波を受ける。いわゆる、代償のようなものだ。副作用は、術者や使った魔法の性質によって変わるけれど。

「これ、どれくらいで治るの?」
「久々に使ったからな。前使った時は、普通に生活してれば3日くらい」
「3日もこのまま……?」
「手が冷えるってだけで不便もないし」
「嘘。いつもより今日は夕食に時間がかかってた。さっきだってカップを受け取ろうとして上手く掴めてなかったし……本当は冷えのせいで感覚が鈍ってるんでしょ?」

 私が言い切ると、ラルは口元に薄い笑みを浮かべながら自身の前髪をくしゃりと混ぜる。

「よく見てるな。俺のこと」
「それは、うちのギルメンだから……」
「それだけ?」

 彼の質問に、すぐには返答できなかった。
 私の返答を期待してたのかしてないのか、ミルクを飲み干した彼はニヤッと笑う。

「そういえば、すぐに冷えを解消する方法を思い出した」
「どうすればいいの? 私に手伝えること?」
「あぁ、簡単にな」

 ラルがゆるりと私の手を取る。あまりに自然な動きに反応できずにいると、そのまま彼の膝の上へと座らされた。

「お前の身体で温めさせてくれよ」
「えっ?」
「誰しも大なり小なり魔力を帯びて生きてるからな。こうやって……」
「っ……!」

 彼の手がボタンを外し、私の服を開けさせる。服の間からひやりとした右手が差し込まれると、過剰反応のように素肌が熱を帯びた。

「直接肌に触れると、失った魔力を取り戻せて早く治る」


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