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【小説】誠樹ナオ「第一王女は婚活で真実の愛を見つけたい」第6話(後編)

『仕事』と言われて一抹の寂しさを感じつつ、ふと、気になって私はアスランに聞いてみた。

「アスランはどうして私の婚儀の担当を引き受けたの?普通の政務官が喜んで引き受けるような部類のことでもない気がするけど、ちょっと変わっているんじゃない?」
「まぁ、そうですね」
アスランはすぐには答えず、考える顔になる。私は急いで言い足した。
「ごめんなさい。言いにくい話だったら、無理に言わなくていいのよ」
「いえ、公爵家の内聞を晒すことになるので」

言葉を選びながら、アスランは私が遮るより先に話し出した。
「私の母を見ていて、結婚という制度に若干思うところがあったんですよ」
「アスランのお母様」
セレナ公爵家には、公爵と正妻の間に嫡男となるアスランのお兄さん、エルナンがいる。アスランのお母様は、身分低い庶出の方だったと聞いている。
「兄の母はとてもいい方だったのに、父は周囲の反対を押し切って後添えに私の母を迎えまして。バランスを欠いた婚姻が、いい帰結にはならないと思ったものですから」
「そう」
曖昧な言い方だったけれど、アスランが抱えていることの一端はわかるような気がした。
「王族や貴族としての立場、責務を果たすことも、本人の気持ちもどちらも大切です」
「それができればいいんだけどね」

「して見せます」

キッパリと言い切るアスランの口ぶりに、虚をつかれてしまった。
「……分かったわ。カイストゥル王子とのこと、お願いね」
「承知いたしました」
アスランはクスッと笑みを零す。
「こんな話、面白くもないでしょう?」
「ううん、なんか……すごく納得できたわ。ちゃんと私に見合う人を見つけてくれそうで安心したし」
私の言葉に、アスランはピクッと眉を跳ね上げた。

「『私に見合う』などと、上から目線はいかがなものでしょう」
「別にそういう意味で言ったわけじゃ……」
「普段の態度が端々に出るんです。大体、レティシア様のいけないところは、いつも男性より優位に立とうとして……」

あーあ、また始まっちゃった……

不用意な一言で始まったお説教を、甘んじて受ける。
この日はちょっとだけアスランを理解できた気がして、それほど耳が痛いとは感じなかった。これが、相手を受け入れるってことなのかな?

──

それから10日あまり、私は毎朝・毎夕視察団と会食をし、折に触れては国内の視察を仕切り、または参加し、カイストゥル王子と歓談の場を持った。
「ご存じでしたか、我がトゥワイルに来ているアウストゥリアの外交官はセレナ公爵家のエルナン殿なのですよ」
「まあ、そうだったんですか」
外交官として諸国に赴任していることは知っていたけれど、それがトゥワイルだったとはちょっとした驚きだった。
「レティシア王女は、お会いしたことは?」
「いえ」
社交の場で当たり前に会っているだろうけどれど、最近ついぞ記憶にないのはトゥワイルに赴任していたからだったのか。
「なかなか愉快な男ですよ」
第三王子にそんな風に評価されているとは、エルナンは微妙な関係性の国でも外交官としてうまくやっているらしい。セレナ家は兄も弟も優秀だわ。

「今度は彼に手配してもらって、ぜひ我が国にもお越しください」
「ええ、ぜひ」
「弟君も、兄君にお会いしたいでしょう」
「そうですね……」
カイストゥル王子に話しかけられて、アスランは曖昧に微笑んだ。
ふーん……私の側近との関係まで知ってるなんて、随分エルナンと親しいのね。

──

それからは他愛もない話で盛り上がり、その日の日程はつつがなく終わった。
自分の好みとお姫様風をミックスしたファッションも板についてきたし、会話も外交の一環だと思って頑張れば、それなりに弾むようになってきている。

「あー、疲れた〜」

自室に引き上げソファに身体を投げ出すと、アスランがそっとお茶を淹れてくれる。
「頑張っているじゃないですか」
アスランは約束した通り可能な限り同行・同席して、その日の感想を問わず語りに聞いてくれていた。
「うん……」
「随分親しくなったようですし、話も弾んで、よい感触に見えますが?」
「そうね」
「少々妬けるほど仲が良く見えましたよ」
「ん?」

今、妬けるって言った?

「我々アウストゥリアのこともよく知っていたし」
「確かに、よく下調べされていますね」
エルナンとアスランが兄弟であることまで知っていたのには驚いたもの。私すら、最近まで知らなかったのに。
「話しやすいのは事実だわ」
「……微妙な言い方ですね。あまりピンときませんでしたか?」
「そういうわけじゃないんだけど……」
アスランはなるべくリラックスできるようにカイストゥル王子との逢瀬の場を設定してくれているけれど、ここは外交の場でもあって……完全に素の私のままで接するということは難しい。
好ましく思われているのは、やっぱり『アウストゥリア第一王女』の私。
「こんなんで、どうやってお互いに分かり合ったらいいのかしら?」
頭を抱える私に、アスランは苦笑を浮かべた。
「王女でいる以上、そんなの無理な気がしてきたわ。カイストゥル王子とだって、二人きりで会ってるわけじゃないんですもの」
「そうですね……」
アスランは考えるようにわずかに下を向いた。

もし関係性が発展するとしたら、カイストゥル王子が帰国してすぐに国としての申し込みということになってしまう。
それが王族同士の結婚というものだ。
本来なら当人同士の気持ちなど二の次で、これがお互いの国益になると判断されれば周囲が勝手に進めるはず。
もしアスランが本当に私たち当人同志の気持ちをある程度尊重するつもりなら、王子がアウストゥリアにいる間に、なるべく人となりを知って、受け入れるのかそうでないのか気持ちを固めておかなければならない。
でも、そんなことできるのかしら?

アスランは顔を上げると、しっかりと頷いた。
「分かりました」
「え」
「私にお任せください」
力強く受け合うアスランに驚いた。

一体、どうするつもりなのかしら──

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