見出し画像

【小説】ふくだりょうこ『俺はまだ勘違いに気がついていないだけ』

やっぱり旨い酒で死んだほうがいい。そんなの分かり切ってる。当たり前だ。
酒臭いに違いない息を荒く吐き出す。きっと体中が酒臭くてどうしようもないだろう。流れる汗を舐めてみたら、酒の味がするかもしれない。
頭が痛い。喉がひりつくように渇く。
昨日一晩でどれだけの酒を飲んだだろう。

親父のウィスキー1本。年代モノで結構な値段のするものだ。それから芋焼酎。台所にあった日本酒。料理用の新品の赤ワイン、一本。それから、自分で買ってきたチューハイ五本。見つかったら怒られるだろうが、もう死ぬのだから関係ない。

最初は、醤油をボトル一本飲んで死んでやるつもりだった。醤油の一気飲みは無理だ。
一口飲んだだけで、後悔した。慌てて水を流し込んだ。醤油一気飲みで死ねるらしい、と聞いたがこれは無理だ。醤油一気飲みで死んだ奴は相当の根性の持ち主だったに違いない。
挫折してしまったが、いいアイディアだと思った。滑稽な話じゃないか。21の男が女に振られて、醤油を飲んで死ぬのだ。ニュースになる。美人で男好きそうなニュースキャスターが笑いを噛み殺しながら、神妙な顔して俺の訃報を伝えてくれる。

『今日の午後、I市で男性の遺体が発見されました。遺体のそばには、醤油瓶が転がっており、死因は大量の醤油を摂取された為と思われ……』

話題になるに違いない。きっと、友人たちはみんな俺がなぜ自殺したかを悲しそうな顔をして話し合ってくれるだろう。一風変わった死に方にこみ上げてくる笑いを押し込めながら。死ぬ気で笑いを取りにいったのだと笑ってくれても一向に構わないのだが。

あいつが死んだのは彼女に振られたからだ。

その真実にはすぐ行き着く。そうすれば心優しい友人たちは、きっと彼女を責めてくれる。面と向かって言わなくても、SNSがある。お前のせいであいつは死んだんだ。あいつの命をお前が奪ったんだ。どうするつもりだ。あいつの両親は嘆き悲しんでいるぞ。泣いて謝れ、死んだあいつに泣いて詫びろ。
そうすれば、彼女だって俺を振ったことを後悔する。きっと一生俺のことが忘れられなくなるんだ。

ああどうして私はあの人のことを振ってしまったのかしら。あんな素敵な人を!

誰とも付き合うこともできずに寂しく死んでいくんだ。そう、俺のことだけを考えて。

なのに残念ながら、醤油を飲むことはできなかった。辛い。辛すぎるのだ。とても大量に摂取することなどできない。仕方がないから、急性アルコール中毒で死ぬことにした。大したことのない人生だったのだ。なら最後にうまい酒を飲んで死んでも誰も文句は言わないだろう。そう思って浴びるように酒を飲んだのに……。
夜が明ける頃、気分は悪かったが、俺は死にそうにもなかった。吐きもしなかった。何度もトイレに通っただけだった。

「死なねぇな」

ここから先は

2,814字
この記事のみ ¥ 200
期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?