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柳田知雪『たい焼き屋のベテランバイトは神様です』第六話 甘い思い出 後編

<前回までのあらすじ>
 たい焼き屋『こちょう』の新商品・パフェたい焼きを考案した結貴。和泉にも「おもしれーたい焼き」と高評価をもらったものの、入院中のたい焼きや店長である祖父には「認めない」と言われてしまい…

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第六話 甘い思い出 後編

 苦しそう、そんな発想はなかった。しかし、たい焼きが好きでお店まで開いた祖父だ。和泉さんは『雲を食べてるみたい』と喜んでくれたが、祖父からしたら『クリームを無理やり口に詰め込まれた可哀想なたい焼き』に見えるのかもしれない。
 店に戻ってからも、何か祖父を納得させられないかと首を捻っていた。
「単純にソフトクリームの量を減らしても、やっぱり口からはクリームがはみ出ちゃう。身体もパンパンになっちゃうし……」
「けど、苦しそうって案外尭も可愛いとこあるよな」
 病院から帰る時も、和泉さんはそう言ってずっとニヤニヤ笑っていた。まぁ、確かに可愛いと言われれば可愛いかもしれない。
「俺はてっきり、四九〇円のたい焼きのことでなんか言われるのかと思ってたが……いやぁ、見逃してくれて助かった!」
「多分、おじいちゃんは四九〇円たい焼きのことも知ってると思いますよ」
「何!?」
「あれだけSNSを使いこなしてましたし、こっちも普通に宣伝してるので絶対に知ってると思います」
 和泉さんによれば、たい焼きは安いからいいのだ、と入院前は絶対に値上げを許してくれなかったらしい。それをこうしてお目こぼしをもらえているのは、祖父なりに信頼してくれている証だ。
 それでも、今回のパフェたい焼きは認めてくれなかった。祖父の経営理念なのか、たい焼きへの信念というべきものなのか。何かしらそういう祖父の聖域を侵してしまったのかもしれない。
「私、調子に乗ってた……」
 たい焼きがうまく焼けるようになって、ヤムヤミーではできなかった商品開発に携われて、それでつい祖父の店であるのに祖父の気持ちを蔑ろにしてしまった。こちょうの商品として売り出すなら、もっと祖父に意見を仰ぐべきだったのに。
「根っこはこちょうのためだったんだろ?」
「え?」
「お前が調子に乗ってたって思うならそうかもしんねーけど、始まりは暑さで売れないたい焼きをどうにか売ろうとしたからじゃねーのかよ。ちゃんとあんこも入れて、くれぇぷとは違う方法で魅せようと工夫したりさ。尭とは意見が分かれたが、美醜の感じ方なんて個人の問題だろ。たったの一言で何をうじうじしてやがる」
 はっと呆れ混じりに和泉さんが言い放ったその時だった。閉じたカーテンの隙間から、店の中を窺うようにちらちらと緋色が揺れる。カーテンを開けば、上品な笑みを湛えて手を振る宇迦さんの姿があった。
「たい焼きが食べたくて来てみたんだけど、今日は休みだったかな?」
 せっかく来てくれたのだから、と裏口に回ってもらい、店内に招き入れる。店にあるシンプルな丸椅子を勧めたものの、やはり神々しささえ感じる和装の宇迦さんにそのチープな椅子は似合わなかった。
「ごめんね、山の中で生活してると曜日感覚というものがなくなってしまって」
「いえ。今日は何にします? と言っても、普通のたい焼きか、宇迦さんの持ってきてくれた小豆の高級たい焼きしかないんですけど」
 しかし、そんなことを言っている私の横で和泉さんはすでにたい焼きを焼き始めていた。しかもその作り方は、明らかにパフェたい焼きのもので思わずストップをかける。
「ちょ、ちょっと和泉さん……!」
「別にいいだろ。宇迦からは金を取るわけでもねーんだし」
「それは、そうかもしれないですけど……」
 祖父にあんなことを言われながら、これをこちょうのたい焼きとして宇迦さんに出していいものか悩む。そうして和泉さんの横でおろおろする私に、宇迦さんは夕焼けのような緋色の瞳をぱちぱちと瞬きさせた。
「何かあったのかい?」
 優しい声音での問いかけに、つい口が緩んでしまう。おずおずと事の顛末を話し始めると、宇迦さんは静かに聞いてくれた。
「────……ふぅ~ん、苦しそうか」
「俺は雲食ってるみてーで気に入ってるんだけどな」
「和泉は雷神さまに喧嘩を売りに、雲に昇った時の自分と重ねてるからじゃない?」
「お、懐かしーな!」
 雷神さまに喧嘩を売りに……?
「あの時は八つ裂きにされかけて危なかったねぇ」
「あぁ、三つ裂きで済んだからな。あの時の俺じゃなきゃ、そのままお陀仏だったぜ」
 思い出話に花が咲いているが、明らかに内容が血生臭い。というか、三つ裂きにされたのに、なんで生きてるの?
 久しぶりの神様全開トークに置いてけぼりをくらってしまう。そんな私をよそに、和泉さんは完成したパフェたい焼きを宇迦さんに差し出した。
「うわぁ、これはすごい迫力だね」
 近所の女子大生よりも可愛らしい反応で宇迦さんがいろんな角度からパフェたい焼きを眺める。そして唐突に、くすくすと笑い始めた。
「なるほど、これは苦しそうだ」
「やっぱりですか……」
「あぁ、ううん。半分違って、半分正解ってところだよ」
 宇迦さんの言葉の意味が分からなかった。それは和泉さんも同じだったようで、むっと眉間に皺を寄せている。
「僕の友人の杏子さんも言ってたんだよ。苦しそうって」
「杏子さん……?」
 聞き覚えのある名前に思わず復唱してしまう。そんな私の反応に、宇迦さんはにこっと目を細めた。
「そう、尭さんの奥さんで……君にとってはおばあちゃん、になるのかな? 家が近所でね、よくお参りに来てくれたんだよ。彼女にこちらの姿は見えなかったみたいだけど、尭さんや娘さんや、孫の君のことをよく話してくれてたんだ」
 祖母と宇迦さんの間にそんな繋がりがあるとは知らなかった。確かに、初めて病院の前で会った時も知り合いが入院している、と言っていたが、もしかして祖父のことだったのだろうか。ただただ驚いてしまって、呆然と彼の話に耳を傾ける。
「それである時ね、杏子さんが尭さんと街で見たっていうたい焼きの話をしてくれたんだよ。それはちょうどこんな感じで口からクリームが詰められてて、若い子たちが美味しそうに食べてたんだって。でも杏子さんは『苦しそうね』って言ったらしいんだよ」
「苦しそう、って言ったのは元々おばあちゃんだったんですか?」
 たい焼き屋を始めたのも、祖父が家でたい焼き作りにはまって祖母がその味を気に入ってくれたからだと以前聞いたことがある。店の始まりのきっかけである祖母が言ったのなら、祖父がその気持ちを大事にしているのも、何となく分かる気がした。
「でもね、杏子さんは『食の細くなった私が食べきるには苦しそうね』ってつもりで言ったらしいんだよ」
「え?」
「尭さんは『苦しそう』とだけ聞いて『確かに鯛が苦しそうだなぁ』って受け取ったらしいんだけど、その誤解が可愛いくて杏子さんは訂正しなかったんだって」
 つまり、先ほどの宇迦さんの『半分違って、半分正解』とは祖父と祖母の両方の視点から見ると、ということらしい。
「何だよ、尭の勘違いかよ」
「でも、おじいちゃんが実際に苦しそうって思ってるなら、やっぱりこの形はこちょうには合ってないのかも」
 祖父母のちょっと甘い思い出話を聞いたせいだろうか。確かにパフェたい焼きを完成させるまでの努力は報われなくなってしまうけれど、祖父の思い出に大切に詰まった気持ちは、私も大事にしたいと思った。
「あ、そうだ! 和泉さん、ちょっと試してみたいことがあるんです!」
 以前、フルーツどら焼きというものを食べたことがある。しっとりもちっとした生地と瑞々しいフルーツとクリームの相性がよく、また断面の見た目も可愛いと話題になっていたのだ。
 それをもし、たい焼きでもできたら……
 閃いてからは、相性のいい果物や生地の水分量など和泉さんと試行錯誤を繰り返しつつ、何度も試作品を作っては食べてを繰り返した。
「うん、さすがにお腹いっぱいになったから帰るよ」
 と試食を手伝ってくれていた宇迦さんが帰ってからも、研究は続いた。
 そしてついに、翌日の営業時間が迫ってきた頃……
「和泉さん、これ……!」
「んー……悪くねぇかもな」
 あんこの間に果物を入れ、たい焼きの生地で挟む。生地はパフェたい焼きの時と同じように、普段よりも少し厚めに。それを冷蔵保存すると、焼き立てよりもしっとりとした触感に生まれ変わり、果物の瑞々しさにマッチするのだった。
「これだけでも美味しいですけど、ソフトクリーム別添えで販売したらクリーム感も楽しめていいかもしれないです」
「そうしたら、どっちの意味でも苦しくねーもんな」
 ほとんど寝ずに迎えた日の光に目がしぱしぱする。ぐうっと伸びをしていた和泉さんが、突然、あっと声を出した。
「カナエちゃーん! 新作食べてってくれよ!」
 こちょうの常連客、カナエさんがちょうど目の前のスーパーから出てきたのを目敏く見つけたらしい。ぶんぶんと和泉さんが手を振ると、カナエさんは今日も綺麗にまとめた銀髪のお団子髪を揺らしながらやってくる。
「和泉ちゃん、元気ね。新作?」
「そうなんだよ、今日できたて!名付けて……冷やしふるーつたい焼き!」
「おやおやまぁ」
 カナエさんなら、こちょうの味もよく分かっているし、素直な感想をくれるかもしれない。
「ぜひ、カナエさんに食べてほしくて! お代は、美味しかったらで結構です!」
 そう言いつつたい焼きを渡すと、なぜか和泉さんが得意げに鼻を鳴らした。カナエさんはしばらく考えて頷き返してくれた。
 カナエさんは店の横の椅子に座って、袋から出した冷やしたい焼きを眺める。その様子を店の中から固唾を飲んで見守っていた。
 見た目は普通のものよりちょっとお腹が膨れており、食べ始めも果物に辿りつくまではしっとりと冷えた普通のたい焼きだ。しかし、果物に辿り着いた瞬間、一気に瑞々しいスイーツへと変化する。
「っ、……!」
 カナエさんの頬が落っこちてしまいそうなほどにとろんと緩んだ。そこからは果物が零れ落ちないよう大事に食べ進め、やがてすくっと椅子から立ち上がる。
「おいくらかしら?」
「あ、そうだ値段はえっと……五四〇円です! プラス五十円でソフトクリームも付けられます!」
 果物が安くないから、どうしても値段は上がってしまう。けれど、その分の価値は十分にあるはず……と唾を飲み込みながらカナエさんを見遣る。
「あら、そうだったの? 次はソフトクリームもお願いしなくちゃ」
 ふふっと笑いながらカナエさんは五百円玉と五十円玉を一枚ずつ出した。お釣りで十円玉を一枚返すと、迷いなく店頭に置かれた鳥居の奥に構える段ボール箱の賽銭箱へと入れられる。
「お釣りは和泉ちゃんのお駄賃であげるわ」
「ありがとう! カナエちゃん!」
 和泉さんがうきうきと声を弾ませていると、カナエさんは少しだけ困ったような笑みを浮かべた。
「新作って聞いて、あのぱふぇをもらっちゃったらどうしようって思ってたのよ」
「そうだったんですか?」
「えぇ。私には少し、苦しそうだったから」
 和泉さんと顔を見合わせて笑ってしまう。
 果たしてそれはどちらの意味だったのか。どちらの意味でも、浮かぶのは微笑ましい祖父母の姿だ。
 散々、試食であんことフルーツを食べ続けた口の中はびっくりするほどに甘い。この甘さはきっと、ずっと忘れないだろう。



次回もお楽しみに!

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