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波野發作『Sweet/Green/Pepper』

 今日は家に来て、というので来た。
 そういえば久しぶりかもしれない。
 会うのも久しぶりなのかな?

 なんとなく手近なところで付き合って三年目か。スケジュールが噛み合わないまま何ヶ月も顔を合わせていなくて、このままもう会わない感じになるのかな、とは思いはじめていた。LINEのやり取りぐらいは日々続いていたが、身の回りで起こったことを画像つきで知らせて、スタンプでリアクションが返ってくる、あるいは返す。相手がいつ眠ったかなんてことにも、もう興味はなくなっていた。

 前回会ったのは、いつだっただろうか。少し考えたが、うまく思い出せなかった。二人で花見に行ったのが最後だったかもしれない。以前は自然消滅なんてよくわからない別れ方は嫌だと思っていたけれど、実際に自分たちがそういう空気になってみると、ああ、このまま、会わなくなって、それでいつのまにか終わるってことも自然なことなのかもしれないなと感じていた。そして、これがその入口なのだと。

 しかし。昨夜になって、向こうから家まで来いという珍しい連絡を寄越した。だいたいいつもは、どこかで待ち合わせてデートして、そのあとは俺の部屋まで行くのが定番だったわけだが、今日のご指定は、彼女の部屋。そういえば、今まで数えるほどしか上げてもらっていない。ひょっとしたら実家から両親でも上京してきているのだろうか。いいやそれならそうと言うはずだ。俺たちはそんなことで奇襲するような間柄ではない。もっと冷めていて、ドライで、シンプルな関係なんだ。

 とくに頼まれたわけではないが、久しぶりに会うのに手ぶらで訪問するのもバツが悪いので、あいつの好きなサン・ノゼのケーキを買ってみた。この猛暑でたどり着くまでに傷むかもと悩んだが、他にはなにも思いつかなかった。不平を垂れられるだろうか。この暑いのになんでケーキなのとか。コーヒー淹れるのが面倒だとか。お皿洗うのが面倒だとか。会話も面倒だとか。いろいろ気にしたが、どうでもいいので考えるのをやめた。

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