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【全文無料】誠樹ナオ『第一王女は婚活で真実の愛を見つけたい』第1話

豊かな海に囲まれ、穏やかな気候のアストゥリア王国。首都アルムデナに鎮座する宮殿に、国教を司る正教会が隣接されている。穏やかな春の昼下がり、尖塔の頭上に抜けるような青空が広がっていた。
「病める時も健やかなる時も……その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います!」
「……誓います」
「それでは、誓いのキスを」
実の姉妹も同然に育った乳姉妹の幸せそうなキスシーンに、思わず感嘆のため息がこぼれる。
この時の私はまだ知る由もなかった。
この乳姉妹の結婚式の裏で、この国の第一王女である私の婚活包囲網が虎視眈々と狭められていただなんて。

──

カテドラルでの挙式を終えて、色とりどりの花々が咲き誇るガーデンで結婚披露パーティーが開かれた。
「レティシア様!」
すぐに新婦のテレーズが、新郎を伴って私に駆け寄ってくる。
「この度は、わざわざ第一王女様にお運びをいただきまして……」
「そういうの、やめてちょーだいよテレーズ」
皆まで言わせず、その唇を人差し指で塞ぐ。
「私は今日、貴女の乳姉妹としてここに来てるのよ。立場なんて野暮なことは言いっこなし」
「レティシア様……」
抱きつかれて、妹同然の彼女をぎゅーっと抱きしめる。由緒正しき伯爵家の長女として生まれた彼女は家同士の都合で結婚させられてもおかしくなかったのだけれど、幸いにも子どもの頃からの幼馴染と相違相愛で今日、結婚した。
「テレーズをよろしくね。幸せにしなかったら承知しないわよ」
「は、もちろんです!」
戯れに軽く睨むと、新郎のルイスもわざとかしこまって最敬礼をする。頭を上げると、三人で顔を見合わせて笑い合った。私自身も幼い頃から一緒に育っていて、ルイスのことをよく知っている。テレーズと家柄の釣り合いも取れ、文武両道に秀でた気の良い人だ。
誰が見ても幸せな結婚には、正直少し羨ましくなった。

「レティシア様、今日はこの後のパーティーを楽しんでいってくださいね」
「そうするわ」
「ここだけの話……レティシア様目当ての殿方がたくさんいらしてますのよ……」
「は?」
ふと顔を上げれば、談笑する私たちの周囲で男性たちが今か今かと話が終わるのを待ち侘びている。
「こういうのやめてっていつも言ってるじゃない」
貴族の息子と娘の結婚式なのだから、それなりのゲストが来ているのは特段おかしいことではないけれど、それにしたって彼らの狙いはどう見ても私だ。
「それが──私たちの預かり知らぬところで、披露パーティーの招待客が増やされておりまして」
「ええ!?」
私が状況を察したと見てとるや、男どもがわらわらと近づいて来る。
「レティシア王女、どうか私と踊ってください」
「何を言う、ファーストダンスは私だ」
「お初にお目にかかります。僕は隣国の外交官を司る──」
次々と現れては名乗る男たちに囲まれ逃げ場もなく、楽団が奏でるワルツを遠く感じながら、ダンスタイムが始まった。

──

ひとしきり相手を務めて、ダンスが二巡目になる頃を見計らって私は会場を抜け出した。
「つ、疲れた……お父様め〜……!」
私がお父様の持ってくるお見合い話に全く興味を示さず逃げ回っているために、こんな直接的な手に出たに違いない。
テレーズの結婚式となれば、まかり間違っても私が行かないなんてことはあり得ない。そしてそこで招待客の誘いを断って礼を欠き、空気を悪くすることも憚られる。それなりの社交をせざるを得ず、その間に私が口説き落とされることを期待していたのだろう。
せめてパーティー会場から抜け出した時に、ドリンクのテーブルからワインのボトルとグラスを掠め取ってきたのが意趣返しだ。
「お生憎様。私は思い通りになんかならないわよ」
第一、私のお見合いにテレーズとルイスの結婚式を利用するだなんて、申し訳なさすぎる。二人とも名門の家柄だからこそ、多少、家の都合での招待客が混じるのは織り込み済みだろうけど、だからって私のお見合いに利用されるなんて思ってもみなかったはずだ。
王族同士の結婚──特に他国間での婚姻は、それ自体が国家の条約であり、同盟を意味する。けれど実際に結婚するのは人間同士である以上、悲喜劇は枚挙にいとまがない。

庭のはずれで木々の隙間から披露パーティーを覗いていると、テレーズとルイスがダンスを踊っているのが遠目に見える。二人とは小さい頃から一緒に過ごしてきているけれど、お互いを見つめる幸せそうな笑顔はこれまで見たことがないものだった。
「はぁ……幸せそう」
グラスに注いだワインを煽っていると──
「そう思うのであれば、少しは前向きに殿方と社交をされてはいかがですか?」
突然、背後から声が降ってきた。
振り返れば、いつの間にか背の高い誰かが影のようにひっそりと佇んでいる。
「誰?」
殺意や敵意は感じない。私の問いかけには応えず、影はゆったりと私の方に近づいてきた。
「妙齢の女性が手酌とは」
「何か悪い?」
私の前の前に来ると、それは若い男性だった。黒尽くめの略礼装は、披露宴の出席者だと思えないこともない。知的で整った顔立ちからは怜悧な雰囲気が漂っていて、この場を楽しんでいるという空気からかけ離れていた。
「なるほど」
彼は私の頭の先から爪先まで、じっくりと値踏みするように視線を巡らせた。

「細身のシンプルなドレスに、引っ詰めて一つにまとめた髪。眦を強調した化粧」
「それがなんなのよ」
「相手にどういう印象を与えるか、考えたことがおありか」
「どうでもいいでしょ」
「はあ……」
呆れたようなため息は、これまであからさまに私に向けられたことはないものだった。
「これが一番私に似合うのよ」
「結婚を祝うような場ですよ?もう少し弁えたらどうなのですか」
「な……っ!!」
すぐに言い返すことができない私を残し、男はそのまま立ち去っていく。
「弁えてないのはそっちじゃない!」
ようやく言葉を発した時には、男の姿はもうその場から消えていた。
負け惜しみのような私の言葉は、虚しく空に消えただけだ。

第2話は2月号で公開予定です!

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