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なぜゲームが学習を促進するのか?(3)理解編

はじめに

2000年代初頭からビデオゲームにおける学習原理に注目してきたジェームズ・ポール・ジー (James Paul Gee)元教授の論文を紹介するコーナー、第3回にして最終回でございます。(第1回第2回)ジー教授はゲームをプレイヤーに習得してもらうためのメカニズムとして、「エンパワメント」「問題解決」「理解」の3つの観点に注目して分析しました。

最後にご紹介したいのが、「理解」のセクションです。「勉強は難しい一方で、ゲームは楽しい」というのはよく聞く話ですが、それはかならずしも「ゲームは簡単」ということを意味しません。むしろ人気のあるゲームほど、複雑で難しいゲームメカニクスが含まれているものです。

ではどのようにプレイヤーは、ゲームの世界観やシステムを理解するのか。そのカギは「システム思考」と「行動イメージとしての意味」にあるとジー元教授は指摘します。

システム思考 (System Thinking)

『コール オブ デューティ』

スキルや戦略、アイデアについて、それが大きなシステムの中のどこに位置づけられるのかを理解したとき、人は最もよく学ぶことができる。
どんな経験も、より大きな意味のある全体像の中にどう組み込んでいくかを理解することが重要だ。その意味でゲームとは、ある種の行動や相互作用を表現するシステムそのものなのである。

「意味がわからない」というのは、えてして「その知識がどこに位置づけられるのかがわからない」ということを意味しています。逆に言えば、全体像さえわかっていれば、細かい知識が欠けていても見通しをたてることができますし、理解するスピードも早くなります。

著者はこの原則を説明するうえで、参考となるゲームの一つに『コール オブ デューティ』というFPS(ファースト・パーソン・シューティング)の傑作を挙げています。実際、このゲームは優れたゲームデザインをしていますが、まったくFPSというジャンルを知らない人からすると、はじめはとっつきにくく感じるかもしれません。なぜなら「FPS」という全体像が理解できていないからです。

しかしゲームが進んでいくにしたがい、大まかな全体図をつかんでしまえば、細部もどんどん理解できるようになります。同様に、以前FPSというジャンルをプレーしたことがある人であれば、すぐに『コール オブ デューティ』がどのようなゲームなのかを理解できます。この場合も、「FPS」というゲームシステムを、すでに理解しているからです。

ゲームとは1つの世界であり、1つの世界とは1つの秩序にほかなりません。理解とは混沌から秩序を見出し、そのなかに世界を構築することです。まずは大きな見取り図を示し、その後にそれぞれの知識を位置づけるべきです。

行動イメージとしての意味 (Meaning as Action Image)

『Star Wars: knights of the old republic』

人間は通常、一般的な定義や論理的な原理によって思考するわけではない。むしろ経験したことや、想像力を駆使して再構築して考えるものである。たとえば「結婚式」という言葉に意味を与えるのは、結婚式に関する経験である。人間にとって、言葉や概念は世界における知覚や行動と明確に結びついたときに、最も深い意味を持つのである。

物事を理解する際に、必要になるのは想像力です。ではその想像力の源はなにかといえば、多くの場合、経験ということになります。学習内容に関連した経験があれば、具体的にどういうことなのかを理解するのに役立ちますし、経験がない場合はそれに類する経験をもとに、想像力をふくらませることで対応しようとします。

ここでゲームの強みが生きてきます。というのも、ゲームは映像化(ビジュアライゼーション)が得意であり、しかも自分の起こした行動が即座に表現されるからです。

これは、特に抽象概念を理解するうえで役立ちします。抽象概念が理解できるのは、それに付随する、あるいは想起させる経験を持っているからです。文字やロジックだけでは、芯を食った理解は難しいでしょう。抽象的な思考の得意不得意というのは、どれだけ行動イメージとして意味を捉えることができるかによって決まってくるのかもしれません。

まとめ


ジー元教授は、ゲームは深い学びをもたらすものであり、それ自体が楽しみの一部であり、小宇宙だと論じています。また、ここで紹介した学習原理が、いわゆる教育現場にはほとんど存在しないことに気づかされると表現しています。

この論文が書かれた2005年当時と2023年現在では、状況が変わっている点も多々あると思います。また、本論文は、明確な実験に基づくものではなく、むしろマニフェストとしての側面が強い点には留意すべきです。

それでも、すぐれたゲームから教育現場に応用できる要素を見出すことは可能ですし、また「そうするべきだ」と思わせる力が本論文にはあります。ジー元教授の影響で、多くの教育学者がゲームに(再)注目したのがその証左と言えるでしょう。

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過去記事のまとめはこちら

Gee, J. P. (2005). Learning by Design: Good Video Games as Learning Machines. E-Learning and Digital Media, 2(1), 5–16. https://doi.org/10.2304/elea.2005.2.1.5


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