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[番外編]フェアトレードが当たり前の世の中に

まえがき

突然ですが、皆さんが今朝飲んだコーヒー、どんなコーヒーでしたか?

苦味が強い?
酸味がある?
バランスがいい?

ミルクはいれる?
砂糖も?

朝一杯のコーヒーとして、どんなコーヒーを飲むのがおすすめかを、コーヒー屋のわたしがズバリお伝えします。

それは、「浅煎りのコーヒー」

コーヒー豆は加熱することで風味が出ますが、どの程度、火を入れるかの焙煎度合いによって、味が変わります。

浅く火を入れるときには酸味をより感じますし、深く(長く、または強く)火を入れれば、苦味を感じます。

ではなぜ朝一で浅煎りのコーヒーがおすすめかと言うと、コーヒーに含まれるカフェインには、わたしたちにとって嬉しい作用がたくさんあるからです。そのひとつが覚醒作用。
皆さんあまりご存知ないかもしれませんが、苦味をともなう深煎りのコーヒーよりも、酸味系の浅煎りのコーヒーの方が、カフェインが含まれる量は多くなります。
カフェインは熱に弱いので、長く火を入れれば入れるほど、カフェインは少なくなります。つまり浅煎りのコーヒーの方が、カフェインがより多く含まれますので、目覚めに効果的なのですね。目覚めが良いということは集中力も高まります。
また適度なカフェイン摂取は血行を促し、代謝を上げる手助けになります。つまり活動を始める前の1杯はダイエットや健康維持にも繋がると言われています。

その流れでもうひとつ質問です。

今朝、皆さんが飲んだコーヒーは、どこの国の、どんな地域で、どんな人が作ったコーヒーでしょうか?

こちらでは、浅煎りのコーヒーですっきりと目覚めていただき、日中の代謝をあげつつ、活発に活動していただいたうえで、さらに皆さんに「フェアトレードのコーヒーを選ぶ」という、ひとつの選択肢を提示したいと思います。

さあ、ここからが本題です。

1.なぜフェアトレード?

その前に、「そもそもフェアトレードってなに?」という方のために、こんなお話しをしたいと思います。

わたしたちが今朝飲んだコーヒーは、ほぼ99%、外国産のコーヒーだと思います。いかがですか?

コーヒーは栽培できる環境が非常に限られています。なので、日本では、外国で育てられたコーヒーを飲むことが一般的です。
一方、コーヒーの主な生産地は、いわゆる「開発途上国」に集中しています。中でも、小規模生産者が大多数を占め、彼らにとって、コーヒー販売は貴重な現金収入源になっています。

弱肉強食貿易

想像してみてください。
国際的なコーヒーの売買、つまり「貿易」は、世界中の人びとが「自由に」参加することができます。そこには、百戦錬磨のビジネスマン、日本で言うと貿易に長けた商社マンが関わっています。そんなマーケットの中で、「開発途上国」の小規模生産者は「対等」に彼らと交渉できるでしょうか。

買い手との交渉。
交渉の際の言語。
価格決定。
輸出のための数々の書類の手続き。

自由貿易という世界戦は、メジャーリーガーと草野球の戦いほどに残酷なものです。外国の言葉が話せるかどうかの前に、字が書ける人ばかりでもないからです*。(*2022年の世界の識字率は86.3)
グローバル社会では、情報も平等だといいますが、村にはネット環境も、まして電気もないようなところもたくさんあります。

世界は広いのです。

仲買人による「中間搾取」

彼ら生産者がコーヒーを育てる場所は、舗装されていない道なき道のその先。急斜面の山肌にコーヒーの苗を植えて、一年一年大切にコーヒーを育てます。神様からいただいた土地を汚したくないので、化学肥料には頼りません。何より、化学肥料を使用する資金的な余裕もありません。
夫も妻も、力を合わせてコーヒーの木を育て、収穫期には、大きくなった息子たちといっしょに、家族総出で収穫をおこないます。

収穫はすべて手作業。
コーヒーの完熟した赤い実だけを選り分けて、一粒一粒手で摘んでいきます。
家族で一日に収穫できる量は、約50kg程度。
50kgのコーヒーチェリーを担いで、山を登ります。その後、コーヒーの実を取り除き、2〜3週間かけて水分を抜き、乾燥させ、脱殻し、コーヒー生豆の状態になると、おおよそ8kg程度のコーヒー生豆にしかなりません。
収穫だけではなく、延々と続く雑草取りや、有機肥料をつくってまいたり、枯れたり、実がつかない木を切ったりしながら、コーヒーを育てていきます。

こうして育てられたコーヒー豆も、多くの場合、仲買人に、とても安い値段で買い叩かれてしまいます。

あるコーヒー農夫の「ものがたり」

その年も、村にコーヒーを買いに仲買人(現地でコヨーテと呼ばれている)がやってきました。そして、その前の年とくらべても、さらに安い価格を提示してくるのです。
「それでは生活ができない」
と「農夫」が訴えると、仲買人は、
「今、コーヒーの市場価格が、大暴落しているのを知らないのか。買い取ってもらえるだけでも、良いと思ったほうがいい。」
と「農夫」を諭します。

この「ものがたり」を読んで、
「それならば、彼らに売らずに、自分で売りに行けばいい」
という人がいますが、彼らの暮らす村から、町のマーケットまではずいぶんと距離があります。まして輸送手段もないので、コーヒーを運ぶことすら困難なのです。
そのため、金額としては決して満足のいくものではないですが、山奥まで来てくれる仲買人に、売らざるを得ないのです。
少ないとはいえ、生産者にとっては、貴重な現金収入となっています。

そんな「農夫」の生活にも、変化が訪れました。
知り合いのコーヒー農家が、「組合」に入ったところ、今までよりも、よい条件で、コーヒー豆を買い取ってもらったといいます。
しかも、これまで取り組んでいた農薬に頼らず、有機肥料をつかって栽培することを評価してもらい、「プレミアム価格」を上乗せして、支払ってもらえているとのこと。

「コヨーテが、今、世界でコーヒーの価格が大暴落しているって言っていたけど、おまえたちはどうなんだ?」
農夫は堪らず聞きました。すると、組合員は「昨年と変わらない価格で買い取ってもらえた」というのです。

計画という希望

組合員の庭先に、「農夫」が見たことがない名前の立札がありました。
「Geish(ゲイシャ)」
と書かれた立札です。
「これは何だ?」
と農夫が聞くと、どうやら彼が所属する組合が積極的に栽培を推奨しているコーヒーの品種のひとつだという。
「苗をもらったから、試しに植え始めた。どうやら通常のコーヒーよりも収量は期待できないけど、高く買い取ってくれるらしい。」

なんてこった。

同じ量でも、高く買い取ってくれるコーヒーがあること自体、「農夫」は知らなかった。組合員は続けた。
「でも組合が言うには、こいつは病害に弱いらしいから、空いている畑で少しずつはじめてみたところだよ。3〜4年後の楽しみさ。」
組合員は小さな苗を見つめながら言った。「農夫」はすぐさまこう尋ねた。
「しかしおまえさん、本当に買い取ってもらえる保証はあるのかい?ワシのところに3年前まで来ていたコヨーテがいたけど、コーヒーがたくさん実った年に限って、あいつらは買い取りに来てくれないんだぜ。」
すると、組合員はこう言った。
「それなら大丈夫。この取引は"フェアトレード”って言って、継続的な購入を約束するものだからな。」
「農夫」は思いました。
(これなら、息子たちにも、コーヒー栽培を続けてもらえるかもしれない。)

コーヒーは苗を植えてから収穫まで、少なくとも3年の年月がかかります。組合員は、安定した収益を得られることで、計画的に、これまで以上に意欲的に、コーヒーを育てていくことができるようになりました。新しい品種へのチャレンジにも積極的です。

この仕組みを「フェアトレード」といいます。

フェアトレードとは、開発途上国で育てられるコーヒーやチョコレートの原料となるカカオのような原料や、革製品や衣類などの製品を適正な価格で継続的に購入することを通じ、「立場の弱い」途上国の生産者や労働者の生活改善と自立を目指す運動のことです。
「では、生産者を助けるためだけの運動なの?」というとそれだけではありません。
フェアトレードは三方よしと言われています。
『生産者』…労働に見合った「対価」を手に入れ、自立した生活を営むことができる
『消費者』…農薬を使用していない、など安心できるよい商品を、継続的に手にすることができる
『社会』…環境への負荷を減らす。また、貧困の解消につながることで、平和の実現の可能性が高まる。

2.フェアトレードで大切なこと

あなたの隣人がコーヒーを作っていたら…
「顔が見える」というコンセプトで、生産者の顔写真入りのラベルが貼ってある野菜を見かけることがあります。
・・・なぜ顔が見えたほうがよいのか。
筆者はときどき、講演会でこんな話をします。

仮に、あなたの隣のサトウさんが、コーヒーを作っていたと想像してください。
あなたが朝方、家を出るとき、すでにサトウさんはコーヒー農園に入り、腰をかがめて雑草取りをやっています。
夕方、学校を終えて(または仕事を終えた)あなたが帰宅すると、サトウさんは軒下の灯りで、収穫したコーヒーの実をひろげ、良い豆と悪い豆とを、一粒一粒選別しているようでした。
ある日、玄関の呼び鈴が鳴って、ドアを開けると、真っ黒に日焼けしたサトウさんが立っていました。
「うちのコーヒーが収穫できたものだから、今朝、焙煎したんですよ。もしよかったら100gで500円するんですが、飲みませんか。」
あなたはこう言うかもしれません。
「サトウさん、あなたが朝から晩まで一生懸命畑仕事をしている様子を見ていましたから、500円では気が引けます。もう少し払わせてください。」
サトウさんはにっこりと笑いながら、
「では、おふたついかがですか。200gで1000円になりますが、飲んでもらえたら嬉しいです。」
「いや、かえって申し訳ないです。いいんですか?喜んでいただきます。ほんとうにありがとうございます。」
あなたは冗談でも、
「まけてくださいよ、サトウさん。100g300円でどうですか?」
とは言いませんよね。
それはあなたがサトウさんがあなたの隣人で、サトウさんが、朝から、一生懸命畑仕事をしている様子をよく知っているからです。

お互いに顔が見える関係

 コーヒーを飲む人たちに、作り手が見えることは、大切です。見ず知らずの人、ましてどこの国でつくったかわからない作物に対して、わたしたちはとても鈍感で、ときに残酷です。
サトウさんに対しては、誠実なあなたでさえ、「遠くの人」「見えない相手」に対して、誠実であることは、なかなか難しいのです。
匿名性の高いSNS内での誹謗中傷が絶えないことを見ても明らかです。
 実は、「作り手が見えること」と同じくらい大切なことがあります。
それは、コーヒーを作る人にも、わたしたち消費者の顔が見えること。
作り手にも感情があります。顔見知りの相手には、よりおいしいものを届けたいと思うのが心情ではありませんか。
フェアトレードでは、お互いに顔が見える関係を築くことも、とても大切なことなのです。

3.フェアトレードが当たり前の世の中に

フェアトレードが広まらない理由

フェアトレードが広まらない理由には、「フェアトレード認証」を取得するための手続きや費用面での負担や、フェアトレード商品の価格が高いと言われていること、さらに、そもそもフェアトレードについての情報が不足している場合、消費者がその重要性を理解することがむずかしくなります。
でも、筆者は、大きな課題のひとつに、フェアトレード認証商品を含めて、巷にフェアトレードの商品が少ないし、まして、人びとをとりこにするフェアトレード製品がない、という「マーケティングの課題」が大きいと感じています。
日本国内で、日常的にフェアトレード製品を手にする機会はまだまだ少ないのではないでしょうか。フェアトレードを担っている多くの企業は、マーケティングやブランディングの課題を抱えています。 フェアトレード製品を市場で差別化し、消費者にアピールするためには、適切なマーケティングやブランディングが必要ですが、これには、時間や資金、専門知識が必要となるため、熱意があっても、小規模な企業や個人事業主にとっては難しい場合があります。

わたしたちにできること

フェアトレードによって、おいしく、安心・安全なコーヒーやチョコレートをいただくことができ、さらに自立した生活を営むことができる生産者が増え、社会の平和が実現するために、わたしたちができることはなんでしょう。

あなたがステップアップできるように、簡単な順から説明します。

1.人に話す
この物語を他の人に話してみてください。フェアトレードは「高い」と言われますが、あなたが家族やお友だちにこの物語のお話をするのに、1円もかかりません。いますぐお話してみましょう。

2.買い物で参加する
フェアトレード製品が身近にないと嘆く人がいるかもしれませんが、案外身近なところにあります。スーパーやコンビニ、ドラッグストア、回転寿司で飲めるコーヒーまで、「フェアトレード」は案外わたしたちの身近なところにあります。
製品には、必ず背景があるはずですので、その製品について、インターネットでリサーチしてみましょう。仮に、リサーチしても、商品の詳細もなく、国名しか載っていないような場合は、フェアトレードであることを疑ってください。それも、あなたの大切なアクションです。

3.地域に参加する
 日本には、フェアトレード・タウンが6都市(2024年4月現在)あります。熊本市、名古屋市、逗子市、浜松市、札幌市、いなべ市です。
フェアトレード・タウンとは、町ぐるみでフェアトレードを推進する運動のこと。運動が産声をあげたイギリスのガースタング(4000人ほどの小さな町)ではフェアトレード製品だけでなく、国内の生産者も「途上国」の生産者同様の苦悩を抱えていることもあり、地産地消も同時に推進しました。
 さらに、フェアトレード大学に認定されている大学も5大学あります。

 これらの都市以外にも、フェアトレード・タウンを目指して活動している都市がいくつもありますので、あなたが住んでいる都市やその周辺で探してみてください。各地でユニークな取組がありますし、取り組みを通じて、仲間づくりにもなるでしょう。次第に、全国の仲間とつながって意見交換したり、フェアトレードについて語り合うこともできるでしょう。

おわりに

わたしがフェアトレードコーヒーの事業に携わったのは、30歳を過ぎたころ。20代のときに、アフリカ3カ国で青年海外協力隊として、活動をした経験が、今の事業の原点になっています。

ジンバブエ、ケニア、マラウイとすごした3カ国では、経済的理由で、物ごとをあきらめなければならない状態にある人びとの多さに絶望しました。

女の子だから、兄弟が多いからと進学をあきらめる子どもたち。

中学校に通えなかったからと、30をすぎて制服を着て中学校にかよいはじめたマラウイ人の友人。
「もう一度学校にかよって、デザイナーになりたい」
という彼女の夢に、わくわくした日を覚えています。
その数年後に彼女と再会し、近況をうかがうと、彼女は伏し目がちに
「近くの白人系子息が通う学校につとめる先生のお宅で、メイドとして働いている」
と言いました。わたしは彼女の「夢のつづき」を聞くことはしませんでした。

帰国後、28歳で、大学に入学したわたし。幸いなことに、わたしたちの国では、何歳になっても、夢を語ることが許されるのです。
とはいえ、10も年の離れた同級生とは、うまく会話もできず、入学後、新緑に満ちたキャンパスはまぶしすぎて、いつも居心地が悪かったです。
そんな中で、唯一見つけた居場所が研究室、いわゆるゼミでした。
私の所属していたゼミでは、メキシコのコーヒー生産者に対する支援事業をおこなっていました。このプロジェクトを通して、わたしははじめてメキシコの大地を踏み、メキシコのコーヒー生産者と出会いました。

振り返ってみると、アフリカ3カ国でも、メキシコでも、わたしは常に「支援する側」にいて、安全地帯から、生産者や現地の方にむけて、大きな声でエールを送っているだけでした。
大学4年生になったわたしに、国内のある農家さんが、こう言いました。

「杉山さん、農家にとって嬉しいことって何かわかる?」

わたしは、所属している大学のプロジェクトが、いかに「生産者組合のためになっている」かを熱弁しました。

農家さんは頷きながら、
「それも大事。でもね、まず大切なことは、作ったものがかけた手間に見合った価格で売れること。」
と言ったあとに、わたしはこう質問されたのです。

「杉山さん、彼らのコーヒー、買っているの?」

わたしは何も言えませんでした。彼らのコーヒーを買う、という考えがありませんでした。それが、とても悔しかったです。「安全地帯」にいる自分自身に、一番疑問を感じていたのは、わたしだったのです。

「支援者ではなく、共に汗を流すパートナーになりたい。」

こうしてわたしは、卒業した年の2011年、株式会社豆乃木を設立しました。

今では、さまざまな産地のおいしいコーヒーを、気軽に飲めるようになりました。同時に、カップスコアや品種、標高といったデータのみに、「コーヒー通(ツウ)」の視点が注がれることは、コーヒーの愉しみ方、そしてコーヒーを通して見える世界を狭くしているのではないかと、わたしは思っています。

では「わたし」、何ができるのか。

その答えは、とてもシンプルだけど、「お客さまと作り手をつなぐこと」。作り手のものがたりをお客さまに、お客さまからの喜びの声を作り手に届ける。この連鎖から生まれる「おいしさ」を、フェアトレードという付加価値とともに毎年毎年、産地から届けることがわたしの仕事になりました。

フェアトレードで大切なことは継続することだと言われます。
それは、「交流」と「購入」の継続です。
今年もメキシコの生産者さんとのやりとりが盛んになってきました。まったくわからなかったスペイン語も、少しずつ理解できるようになってきました。
フェアトレードが当たり前の世の中になるように、今日も仲間とともに、コーヒーを日本全国のお客様へと届けています。

まだ、夢のつづき。

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