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ノベルジャム参加作品「みんな釘のせいだ」デザインの舞台裏

【手短に言うと】 最堂四期著「みんな釘のせいだ」のデザインについて、デザインの意図と、特に初校から二校にかけて何が起こったのか、なぜ大幅なリテイクになったかなどの解説です。

デザイナーとしてはじめにやったことはチームブランドの基礎を作ることだった。

NovelJam2018秋、そのチーム分けののち、デザイナーとして最初にやったことはチームブランドの視覚化、すなわちロゴの開発でした。我々のチームは「独立仮想出版社」と定義されたので、そのアイデンティティを速やかに形にすべきと考えました。ノベルジャムの短い制作期間を考えれば助走は短い方がいいに決まっており、全チームの中でもっとも早くプラットホームを旗揚げすべく制作を急ぎました。

これがチームロゴ。初日のうちにTwitterで発表し翌朝には看板としてプリントアウトを掲出できました。制作時間は2時間程度でしたが、簡易的ながらも一応の開発プロセスを踏んだので表現コンセプトの策定から複数案のラフを起こし、展開時のプロポーション検討など行っています。ロゴはチームのみんなにも好評でありがたい限りです。

PDCAのP飛ばし。表紙デザイン初校は2日目朝イチにはできていた。

前回参加時、初日〜翌朝にかけてはプロットを読み込み、実際に表現に落とすための方向性の探りに時間をかけました。2日目朝からダッシュをかける狙いからですが、今回はしかしその手順をすっとばしました。デザイン与件をボトムから組み上げるのでなく、半ば直感でゴールを定め、その妥当性をチームで検討する方式をとったのです。

ノベルジャムは短期決戦。最終稿まで物語は転がりますが、作品の纏う空気や体験の予感はプロット〜初校で決定され、まず動かない。だからデザインもプランを確認してから着手するのではなく、プロット段階でそれなりに精度の高いドラフトを仮説で起こし「この作品が目指すべき世界のありよう」を、極力早い段階から視覚によってチーム内共有しようと、そう試みました。いわばPDCAのPを飛ばす方式です。

この初校デザインは2日の朝イチ時点のものです。タイトルは仮ですが、この時点ではコンセプトワードという位置付けです。

初校のコンセプトは「POPとフツーさのMIX」によるナンダコレ感の演出だった

とはいえプランが全くないわけではなく、手順としてのプラン提案を飛ばしただけでクリエイティブコンセプトは存在します。

2校まで引き継いだ基本姿勢は「ハイパーPOPwithふつう」というものでした。「みん釘」は言ってしまえば異常な話なので、それを異常なまま受けてしまえば興味喚起のトリガーとなるギャップも生まれない、という仮説に基づくものです。
プロットを見る限り、釘に対置する存在は主人公ではなく姉ではないかと思えたので、ファンキーな女性を全面に据えました。人の顔、というのはアイキャッチ力が抜群に高いので、それを利用したシンメトリー構図とし、更に構図を強調させるためセンターに釘のオブジェクトを突き刺す。不穏さとHappyさが同居するギャップも狙っています。

またこれは途中で気づいたのですが、釘の英訳であるNailは同時に爪でもあり、釘と対置する存在である姉がネイルアートとか好きだったら面白いよな、とのアイディアから、爪が見えるような写真を使いました(CC0ライセンス下に公開されている)。このネイルのアイディアは本編でも最堂さんにめでたく採用されました。ありがとうございます。
というか初日、編集ふくださんのネイルがすごくカッコよかったので、それをよく覚えていたのです。だから物語内で「姉と家業を分かつ象徴」として印象的に使われていたネイルの表現モチーフはふくださんなのでした。

このように全体的にカラフルでPOPなイメージでまとめ、一方レイアウトは「ふつう」を体現させるため、左右対称含めノーマルな「書籍らしさ」のアフォーダンスで普通っぽさを強調しました。で、このデザインの評価はどうだったか。

コンセプトOK、世界感OK、だがデザイン再考。いよいよ実制作に入る。

初校について、ここまでの精度で作った物は1つではあったけれど、他にもアイディアラフを複数持ち、2日目朝にチームにプレゼンしました。(一之瀬さんの作品も同じくプレゼンし、こちらはタイトルワード以外基本OKをいただいた)

結果、考え方やPOPさを強調する方針などはOK、で、いくつかあるアイディアラフの中でもう2案、次のステップに進めるものを選んでいただきました。その上でどちらかに決める進行フローで、最終的にこの実質2番めに作った案が採用となりました。

あまりにも初校と表情が異なるので「一体何があったのか」と思われるかもしれませんが基本的な考え方はまったくブレていません。その間にも進んでいる執筆と呼応し、むしろ精度は上がっていると自負するところです。

新デザインテーマは「コミュニケーション」と「展開性」。でなんで翻訳物っぽいデザインなのか。

初校デザインの表現方針を踏襲し、数案トライした中で最終的にもっとも評価が高かったものが後の決定稿に至ります。初校のデザインに何か大きな問題があった訳ではなく、初校で押し通すこともおそらくできたとは思うのですが「もっとなにか出来るんじゃないか」「今完パケになったらヒマになってしまう」という理由もありトライを開始したのでした。

決定稿に向けては初校に比べいくつかの点で新しい課題を盛り込んでおり、それは以下2つの視点です。

・コミュニケーションを巡る話であること、の表現
・のちの展開を考慮したデザインへのシフト

まず最初の課題である「コミュニケーションを巡る話であること、の表現」ですが、初校に足りなかったのがこの視点でした。みん釘の登場人物は釘も含めて終盤までほとんど話がかみ合わず、それが最後に合わさるのがこの作品のカタルシスになっているわけですが、その前提となるのが登場人物(釘含む)の価値観すなわち文化背景の違いです。それを表現したい。

アイディアがありました。同じ言語環境下で複数の価値視点がかみ合わない話である、というポイントを、翻訳小説的なアフォーダンスに託すものです。異なる文化の噛み合わなさと、理解しようと務める様を「翻訳」と解釈し、そのビジュアル化に向け翻訳小説の「らしさ」を利用するアプローチです。

この作戦にはもう一つ目的があり、それは「みん釘」になるべく普通の小説としての表情をつけたかった、という思いがあります。
著者の最堂さんは「なろう」で作品を発表されていたり、またその志向も、いわゆるライトノベル的なところがありました。ライトノベルはジャンルとして完全に成立していますが、一方で、そのジャンルの文脈理解を前提とする表現が、通常の文芸作品よりも多いように思えます。デザインと並行して行った校正でも、全体の組み立てや表現等はふくださんが十分に確認しているので、自分のパートではコンテキストの共有を前提とした表現は小さなことでも立ち止まって考えるようにしました。異常な世界が現れるゆえ、それ以外の部分はデザインも含めて「ふつうな感じ」が現れて欲しいと思いました。
またデザインフィニッシュについて、電書のサムネイル映えを意識し出来る限り色を使わない方針としました。3色以内、可能なら2色と考えていたので、クリーム色の紙に印刷した特紺と特赤、という設定で色設計を行いました。

表紙だけではなく、デザインシステムを策定するフェーズに突入してしまった

もうひとつの視点「展開性への配慮」、これは制作途中から特に顕著になったのですが、のちの販促フェーズに乗せるに当たって、続編などの展開が示唆されていました。初校デザインはプロットの持つ体験の予感を率直に視覚化したもので、本編「のみ」であれば十分に通用するのですが、ここに続編やもろもろのメディア展開が入ってくるとなると、話は全く変わってくる。
参考にしたのは、ふくださんが前回執筆した「REcycleKiDs」のグラフィック展開です。
この時点で「みん釘」の表紙開発は、本編の魅力を引き出しながらバリエーション展開もできる「デザインシステム」に軸が移りました。これは単に「表紙のデザイン」をすればOKという話ではなく、「みん釘ワールド」を統括するトーン&マナーの策定という、一段高い話です。ちょ、と思ったがやるしかない。

そのようなわけで、初校ですでに完成されていたデザインを没にするのは勇気が要りましたがなんとかまとまったと思います。言うなれば「単発の単行本」のデザインから「シリーズ化した文庫本」のデザインにスライドしたわけで、それを半日で駆け抜けたことになる。疲れるわけだ。

(↑その後の展開デザイン。今後リリース予定のコンテンツもこのトーン&マナーで統一されます)

結果完成したデザインは初校がオートクチュールだとしたら決定稿はプレタポルテ、と言うべき出来栄えとなり、その展開性も含めて満足しています。リテイクした甲斐がありました。

というわけでデザインとしても結構な自信作なので、本編ともども表紙のデザインも「ほほー」てなってくれたら嬉しいです。お買い求めはBCCKSで!


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