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【読書メモ】The Art of Marketing マーケティングの技法

1.はじめに

著者の音部さんはP&G マーケティングディレクターを経て、資生堂などでマーケティング担当副社長やCMOを経験された方。

以前『なぜ戦略で差がつくのか』を読んでいたこともあり、さらに音部さんのマーケティング思考を理解したく、本書を読んでみました。

「マーケティング活動の設計・実⾏において、普遍性と実践性を両⽴する考え⽅」が著者の経験を踏まえてまとめられています。

この本を読むことで、巷にあふれているマーケティング用語(4P、カスタマージャーニーマップ、ベネフィット)の定義や解釈が表層しか捉えていない説明になっていることが分かりました。

それくらい、音部さんが書いた文章の解像度の高さや考えの深さに驚きがありました。

今回はこの本の中で特に興味深いと思った内容をまとめてみようと思います。

2.パーセプションフロー ®・モデルについて

パーセプションフロー ®・モデルは、音部さんが開発した消費者の認識(パーセプション)変化を中⼼としたマーケティング活動の全体設計図。

マーケティングの 4P、すなわち製品、価格、流通・店頭、施策などの全活動を図⽰しており、各活動が的確に配置され、連携し、全体最適を実現するのに有効。

パーセプションフローは未来の消費⾏動を促す消費者の「認識の変化」に着⽬しており、既存の消費⾏動を描く⼀般的なカスタマージャーニー・マップとは⼤きく異なる。

ブランドが⽬指す未来像を「全体設計図」に表すことで、複数の部⾨やパートナー(広告会社、 PR会社など)、多様な新技術など多くの要素をうまくオーケストレイト(統合)しやすくなる。

3.パーセプションフローとブランドマネージャー

パーセプション( perception)という⾔葉は、英語の辞書では「知覚」となっているが、マーケティングの⽂脈に限るとむしろ「認識」の⽅が的確。「認識」とも「知覚」とも理解できる。

ブランドの運営と成⻑に責任をもつブランドマネジャーであれば、マーケティング活動全体を設計し「パーセプションフロー・モデルを描ける」ことが期待される。

マネジメントや関係部⾨にとっては「パーセプションフロー・モデルを読める」ことが役に⽴つ。活動を⼀瞥で俯瞰できるので、マイクロマネジメントに陥ることなく、建設的な助⾔や的確な⽀援をしやすくなる。

4.斬新な視点が得られる魔法の質問

戦略を⽴てる際に、⽬的の再解釈という重要な概念がある
売り上げ⾦額は、⼀回限りの衝動買いも、継続購⼊も同じで同じ場合があり、マーケティング活動の⽬的としては使いにくいことがある。

そこで、⾦額の単位「円」を、「新規ユーザーの⼈数」の単位「⼈」や、「既存ユーザーが使⽤する回数」の単位「回」などに変えることで、消費者を単位とした⽬的が⾒えてくる。

例えば会社が掲げる「とりあえず達成すべき売り上げ」が今期〇〇億円であっても、会社の本当の期待は持続的に成⻑できるブランドの確⽴であるはず。

ぼんやりした考えを明確化したいときなどに、 Thought starter questionという⽅法を使うことができる。

Thought(考え)を start(はじめる)させる question(質問)をすることで、通常とは異なる考え⽅をするよう脳を刺激する。

音部さんがP&G在籍時代はファブリーズチームに、次の質問を投げかけていた。

「いまは 3年後です。⽇本の 70%の世帯がファブリーズを毎⽉ 1本消費しています。さて、なにが起きていますか?」。

未来の消費者の⾏動を通して、ブランドが確⽴された様⼦を描写してみる。

5.知覚刺激がパーセプションに変化をもたらす

パーセプションの変化をもたらす「ニュース番組」や「ベネフィットを魅⼒的に語る広告」を「知覚刺激」と呼ぶ。

消費者に知覚され、メッセージが解釈されてパーセプションの変化につながる活動は、すべて知覚刺激。

マーケティングの 4P、ほとんど知覚刺激。例えば製品であれば、ベネフィットに直結する製品機能だけでなく、⾊や⾹り、粘度や 1回あたりの使⽤量、パッケージの印象や使い⼼地なども知覚刺激。

実際にファブリーズのマーケティング計画を⽴案するときには、すべての活動を知覚刺激と考えて、それぞれに固有の役割を与え、「パーセプションの変化への貢献度合い」で評価する。

パーセプションフロー・モデルの設計で重視するのは、広報活動から広告、パッケージ、製品、店頭、試⽤策、再購⼊策、⼝コミ策などが接ぎ⽬なくスムーズに連携する、マーケティング活動の全体最適。

多様な活動が連携することで、効果と効率が上がるのは、オーケストラの演奏や、チームスポーツと同様。

こうした好バランスの全体最適⾃体が競争優位を形成することもある。

部分的な施策・活動の最適化は上⼿でも、全体をうまく連携させられるブランドチームは決して多くない。

6.古典的な消費者⾏動モデルとの違い

AIDAやAIDMAとの違い
消費者の購買⾏動を説明する典型的な階層モデルには AIDA( Attention-Interest-Desire-Action)や、 AIDMA( Attention-Interest-Desire-Memory-Action)、さらに検索やSNSなど⽣活のデジタル化を反映させたものなど複数のバリエーションがある。

パーセプションフロー・モデルでは「消費者は購⼊する前に認知し、興味をもつ」という伝統的な考え⽅を踏まえつつ、前後に重要な項⽬を追加して、【現状】 →【認知】→【興味】 →【購⼊】 →【試⽤】 →【満⾜】 →【再購⼊】 →【発信】の8つの段階を標準型としている。

店頭で購⼊し、継続的な使⽤を前提とする消費財などでは、そのまま適⽤可能だが、事業領域やビジネスモデルに応じて、多様なバリエーションが存在する。

パーセプションフロー・モデルの標準型の 8段階を、伝統的な階層モデルと⽐べたときには、次の 3点が⼤きく異なる。

①「注⽬( Attention)」からはじまらず、「関⼼( Interest)」からはじまる
多くの階層モデルが Attentionつまり注⽬する、という段階からはじまるが、パーセプションフロー・モデルでは【現状】からはじまる。

【現状】は現在の〈⾏動〉と〈パーセプション〉を⽰し、「なにを解決するために、どのように⾏動しているか」を記述する。

【現状】は、パーセプションと⾏動変化の出発点でありつつ、「解決すべき問題( ≒不満⾜)」やその「解決⽅法( ≒課題)」、つまり消費者のInterest(関⼼)を⽰唆している点が重要。

パーセプションフロー・モデルは、 Attention(注⽬)ではなく Interest(関⼼)からはじまるといえる。

ブランドのコミュニケーションがうまく成⽴しているときには、「消費者はメッセージに Attention(注⽬)する前に、なんらかの Interest(関⼼)を感じている」と実感されているマーケターは少なくない。

消費者として⾃分⾃⾝を振り返れば、 Interest(関⼼)のないものに対して Attention(注⽬)することは、ほとんどないことに気づく。

伝統的に成⽴してきた Attention(注⽬) → Interest(関⼼)という経路よりも、 Interest(関⼼)にもとづいた Attention(注⽬)という考え⽅が現実に即しているように思われる。

これは、急速な情報氾濫によって、世の中にある情報の多くを処理できなくなったこと、顕在化したニーズがあまり存在しなくなったこと、などが理由かもしれない。

⽬にする情報量が多すぎて、関⼼がないことに注⽬する余裕はなくなっている。そこで、【現状】の理解を通して Interest(関⼼)の所在を把握するところからはじる。

②【購⼊】で終わらず、【再購⼊】を⽬指す
最初の購⼊で利益を確保できるブランドもありますが、多くの消費財ブランドなどでは利益のほとんどは継続的な利⽤に依存する。

たとえ初回から利益を確保できる場合でも、ブランドの持続的な成⻑
には、愛着をもって【再購⼊】し続けてくれるロイヤルユーザーは不可⽋。

そこで、⼀度⽬の【購⼊】は⽬的地点というより、【再購⼊】にいたる重要な経由地点ととらえるべき。

ところが SNS以降では様⼦がすこし違ってきました。今⽉のユーザーのレビューは、来⽉のユーザーの訪問に影響します。はじめて利⽤するユーザーでありながら、過去に投稿された他者の体験を通して、リピートユーザーのように訪店先を判断する。

ビジネスモデルにかかわらず、多くのブランドが【購⼊】だけでなく【再購⼊】、さらには⼝コミなどの【発信】を意識する必要性が⾼まってきている。

③【試⽤】と【満⾜】を重視する
パーセプションフロー・モデルでは、製品やサービスを実際に【試⽤】し、【満⾜】を実感するブランド体験を重視する。

通常は【購⼊】の後、【再購⼊】の前です。【試⽤】で良好な第⼀印象と正しい期待をもち、ブランド使⽤体験で【満⾜】を実感することは、【再購⼊】を動機づけ、ブランドの継続使⽤を決定づけます。

ブランドによっては、使⽤体験は視覚や聴覚だけでなく触覚や嗅覚、味覚など複数の感覚器を同時に動員します。

製品を⽴体的に知覚できることは、強い影響⼒の⼀因かもしれません。であるならば、同じ瞬間に多くの感覚器に訴求する体験を提供することは有意義である。

ファネルではなく、エレベーターを意識する
Attentionではなく Interestからはじめ、【購⼊】を超えて【再購⼊】を⽬指し、【満⾜】を重視することで、従来まで⽀配的だった購買ファネルの考え⽅も変化する。

従来はブランドの【認知】を⾼め、【試⽤】を⾼めれば、【購⼊】につながり、その⼀部から【再購⼊】を期待するといったファネル、つまり漏⽃型の構造を想定することが主流だった。「まずは認知を取るために、ブランド名を知ってもらう広告を投下しましょう」とか「リピート率が低いので、マイルのポイントがたまるユーザー向けキャンペーンをうちましょう」とい
った提案は、ファネルの考え⽅から導かれている。

そもそも「【認知】はあるのに【試⽤】につながらない」とか、「【購⼊】はあるのに【再購⼊】につながらない」というとらえ⽅が間違っている可能性がある。

むしろ「【試⽤】につながらない【認知】がある」や「【再購⼊】につながらない【購⼊】が起きている」のかもしれない。

「【試⽤】した⼈にいかに【満⾜】を実感してもらうか」という時系列のアプローチを正攻法としつつも、「【満⾜】しそうな⼈にいかに【試⽤】してもらうか」という逆側のアプローチが奏功することもある。

どうしたら【再購⼊】につながるか、というテーマで考えがちですが、本来はどうしたら【満⾜】してもらえるか、と考えるべき。

これは「満⾜しそうもない⼈を、いかに避けるか」という考え⽅にも通じます。そもそも、あらゆる⼈に【満⾜】してもらえる製品やサービスというのが存在しにくいゆえに、ターゲット消費者を設定するのです。

製品やサービスに⾃信があるのに【満⾜】が低い場合には、間違った⼈々が買っているのかもしれません。

そうした間違った【購⼊】でも、「ないよりあった⽅がマシだ」という考え⽅もありますが、持続的な売り上げとマーケティング ROIを考えるなら、不満⾜につながる【購⼊】はむしろ有害なことが多い。

使う必要のない⼈に無理やり覚えてもらい、【満⾜】することのない試⽤体験を提供しているのであれば、それは⾮効率な活動。

しかも、間違った⼈が【購⼊】することで、いたずらに不満⾜をつくり出している可能性さえある。「あのブランドは使ってみたけどダメだった」というユーザー評価が、SNSなどを通して伝播しかねません。

闇雲にファネルの上部の【認知】や【試⽤】の獲得に邁進するのではなく、ブランドが解決できる問題を感じていて、ベネフィットを愛⽤してくれそうなターゲット消費者を探し、彼らが【満⾜】する試⽤体験、そうした体験につながる【購⼊】、そうした【購⼊】につながる【認知】を確⽴すべきです。

7.パーセプションフロー・モデルの構造

改めてパーセプションフロー・モデルの基本構造を概観する。

パーセプションフロー・モデルとは?10年以上の経験に基づくナレッジ FICC inc.より

戦略などの前提を⽰す枠外と、パーセプションや⾏動の変化などを⽰す本体部分に分けらる。

パーセプションフロー・モデルの構造 ①:枠外
全体を管理、評価、修正するための⽬的や戦略が、ブランド名やキャンペーン名とともにまとめて⽰される。具体的な活動以前に、プロジェクトの成否を分けることが多い部分。

パーセプションフロー・モデルの構造 ②:本体
〈状態〉
パーセプションフローの左端に消費者の〈状態〉が⽰される。

標準型は、【現状】 →【認知】 →【興味】 →【購⼊】 →【試⽤】 →【満⾜】 →【再購⼊】 →【発信】、と市場創造に必要な 8段階の設定。

運⽤に習熟するまでは、 8段階を使⽤することがお勧め。店舗の有無や、ア
プリなどビジネスモデルによって〈状態〉の名称は変化する可能性あり。

〈⾏動〉
具体的な「消費者の⾏動」を⽰します。標準型では各段階に( 1.) 〜( 8.)とアラビア数字で⽰します。パーセプションや態度と異なり、⾏動は観察や計測が可能な点が特徴的。

〈パーセプション〉
⾏動を動機づけたり、要因となったりするパーセプションを⽰します。標準型ではそれぞれの段階に( a.) 〜( h.)と⼩⽂字のアルファベットで⽰す。

〈知覚刺激〉
パーセプションの各段階間に差し込まれるように〈知覚刺激〉を配置する。標準型ではそれぞれの段階に( ①) 〜( ⑦)の丸つき数字で⽰されている。

( a.)のパーセプションに( ①)の〈知覚刺激〉が知覚されると、( b.)のパーセプションに変化します。

重要な点は、( b.)が( ①)の結果として成⽴することです。この論理構造が、パーセプションフロー・モデル全体の整合性を担保します。

〈KPI〉
各知覚刺激の右側に〈 KPI〉を規定します。〈パーセプション〉の変化、〈知覚刺激〉の質や量などを規定しておくと、達成の確認や、改良の⽅針を⽴てやすくなる。

〈メディア∕媒体〉
〈知覚刺激〉の提供媒体である〈メディア〉を⽰します。広告などのメディアに加えて、〈知覚刺激〉を提供できる活動はすべて〈メディア〉だと理解します。

後述するように、製品、パッケージ、店頭での告知や販売員なども、〈知覚刺激〉をもたらす媒体と理解します。

パーセプションフロー・モデルの構造 ③:
8段階の各要素 それぞれの段階が⽰す〈状態〉を概観する。

【認知(課題の認知)】
【認知】は、ブランドの認知というよりも、解決すべき課題の認知を指す。

ブランドを知っていることは必ずしも購⼊意向につながるものではありませんが、課題の認知は解決策を探索させ、積極的なブランドの発⾒からブランドへの興味につながる。属性の順位転換による市場創造もこの段階でなされる。

【興味】
【興味】は「関⼼」と似ていますが、⼀説には興味の⽅が、関⼼よりも限定的で、集中の度合いも⾼いとの事。

そこで、【現状】で⽰した、解決すべき問題を気にしていて、広告などに聞く⽿をもっている〈状態〉を「関⼼(Interest)」、ブランドに興味津々で、購⼊意向が⾼まっている〈状態〉を【興味( Fascination)】と解します。

解決すべき問題への「関⼼」にもとづいて新しい「課題を認知」し、解決策を探して、⾒つけたブランドに【興味】をもつ、と変化します。

ブランドが訴求するベネフィットを⾃分ごと化できると、購⼊意向が⽣まれます。ベネフィットの主語を消費者とすることとも関連しています。

【購⼊】
【興味】の段階で確⽴された購⼊意向に対し、【購⼊】のきっかけが提供され、【購⼊】します。

【試⽤】
製品やサービスにはじめて触れ、使⽤の直前に第⼀印象をもつ瞬間です。外箱を開け、スイッチを⼊れるなどの体験を通して、ベネフィットへの期待値も設定されます。

【満⾜】
最⼤の〈知覚刺激〉であるブランドの使⽤体験を通して、消費者の期待を超える状況を描きます。多くのカスタマージャーニー・マップや階層モデルではあまり⾒かけることのない、パーセプションフロー・モデルに固有の段階です。

【再購⼊】
ブランド体験に【満⾜】を感じられなければ、【再購⼊】にいたる確率は限定的です。使⽤の継続や習慣化によるベネフィットなどを明⽰できると有効です。

【発信】
すべてのユーザーに期待するものではありませんが、⾼い満⾜と愛着の結果として、ユーザーがブランドについて⼝コミやSNS投稿などを【発信】してくれることがあります。

8.パーセプションフローが実践の場で機能する3つの理由

マーケティング活動の正解を⾒つける⽅法が分かる
パーセプションフロー・モデルが実践で機能するのは、マーケティング活動の正解を提⽰するというよりも、その正解を⾒つける⽅法を提供するから。

具体的な理由を、3つの側⾯から説明。第⼀に消費者視点からの理由、第⼆にマーケター視点からの理由、そして第三に戦略視点からの理由。

①消費者視点による理由:消費者のパーセプションと⾏動による「仕組み」に基づく
売り上げは個数と単価で構成されているので、成⻑は消費者がもっと買ってくれるからか、あるいはより⾼い値段で買ってくれるから。

⾃明のことにもかかわらず、売り上げが消費者⾏動の結果だということをうっかり忘れがち。

売り上げが芳しくないときなどに消費者に⽬を向けることなく、営業にハッパをかけ、新商品を導⼊し、値下げに邁進することがある。

「兵は拙速なるを聞くも、いまだ巧久なるを睹ざるなり」という孫⼦の⼀節を「悪⼿でもいいから、とにかく素早く実⾏するのが正しい」と誤解し、猪突猛進してしまうのです。

まるで売り上げが企業活動の直接的な結果であるような振る舞いは、活動と成果の間に消費者がいることを⾒失っています。

危機感と責任感をもって⾝構えているときには厄災にはあわないものですが、「とりあえずなにかアクションをとらなくては」といった、反射的な活動が奏功するとは限らない。施策を投⼊するときには、「売るためにはどうしたらいいか」よりも「消費者が買いたくなるためにはどうしたらいいか」を考えるべき。

パーセプションフロー・モデルは、消費者のパーセプションや⾏動が変化する「仕組み」にもとづいた施策・活動の⽴案や実⾏を促すので、⽬的の達成により近づくことができる。

②マーケター視点による理由:結果を通して施策の「働きかけ⽅」を学ぶ
オリンピック種⽬でもある射撃競技には試射というルールがある。
実際に点数を競う本射に⼊る前に、何発か試し撃ちをする。

標的への弾着を看的(※)し、その⽇のコンディションに合わせて銃の照準装置や射撃姿勢の調整をし、本射に備える。

試射は、ハズれに学び、本射での命中につなげる⼤事なプロセス。
「失敗から学ぶ」のは、この弾着調整にちょっと似ているかもしれない。

1発⽬がハズれたことは分かっているけれど、どこにどのくらいハズれたのかは分からない、という状態では、失敗からうまく学ぶことはできません。初弾の撃ち損じに動揺し、闇雲に2発⽬、 3発⽬を撃ち込んでいるようでは、命中率が上がることはありません。

マーケティング活動でうまく看的するためには、活動計画上の⽬標値と実⾏結果の差を観察します。メディア計画と配信や露出、あるいはリーチの実績の差。配荷の促進策の計画値と実績値。各種値引き条件を展開したときの想定価格と実売価格の差を観察する。

〈 ①消費者視点による理由〉では、活動が消費者のパーセプションや⾏動に作⽤する「仕組み」を理解することで改善を促しましたが、ここでは繰り返しが予想される活動の実⾏の仕⽅、つまり「仕組み」への「働きかけ⽅」を振り返ることで、改善を促す。

※看的(かんてき)
〘名〙 射撃などで、標的の近くに掘った壕(監的壕)などにいて、命中したかどうかを⾒守ること。また、その⼈。

③ 戦略視点による理由:資源の有効な利⽤と全体最適
あらゆるマーケティング活動には明確な、あるいは暗黙の⽬的があり、資源は有限なので戦略が必要。場合によっては、資源量は少なめに規定されることさえあるかもしれません。

そして、マーケティングROIは⽬的(結果)∕資源の⽐率で表記されますから、この観点からも戦略の重要さが明らか。

そこで、パーセプションフロー・モデルの枠外にも戦略が明記されています。資源の優勢を確保できることが、勝敗や成否を決しますから、資源の効率的な運⽤がとても重要。

パーセプションフロー・モデルは全活動を把握できるので、活動の無⽤な重複や不⽤意な⽋落を避け、各部分の補完や、相乗を促し、全体最適を可能にする。

結果的に、資源の有効利⽤につながるので、⽬的を達成しやすくなる。

マーケティング予算や製品技術、⼈材や組織、時間など、投⼊できる資源が同量であっても、より⾼いアウトプットにつなげられます。あるいは、同じアウトプットなら、より少ない資源で実現できる。

こうして戦略が強化され資源のムダが減ることで、勝機が上がりマーケティングROIも改善される。

9.パーセプションフローをベースに知識の収集・蓄積・流通のプラットフォームになる

共通⾔語の確⽴とOSの共有化が可能に
パーセプションフロー・モデルの導⼊は、経験や知識を共有するプラットフォーム(基盤)を構築することでもある。

いわば、マーケティングのOS(オペレーションシステム)。AブランドにもBブランドにも共通基盤として使うことで、経験値の共有だけでなく、異動時の引き継ぎなども円滑にできます。

組織でも個⼈でも、成⻑の多くは知識の獲得を通してなされます。成⻑を「昨⽇できなかったことが明⽇できること」と定義したとき、昨⽇できなかったのに明⽇できる理由のひとつは「今⽇、やり⽅が分かるから」です。つまり新しい「知識」を⼿に⼊れるということ。

ここでいう知識は、書物から得られる静的な形式知だけではありません。⾃⾝の経験から得られる経験値もすべて知識です。さらに、他者の経験から学ぶこともできれば、成⻑の速度を⾼められる。

Aブランドの失敗からBブランドが学び、Bブランドの成功から Cブランドが学ぶことができれば、組織内で同じ失敗を避け、同様の成功を再現できます。

これは、複数ブランドを抱えるマーケティング組織の⻑である CMOやマーケティング本部⻑が、必ず考えておかなければならないこと。こうした知識の伝播では、知識を収集し、蓄積し、流通する、という3つ
の活動を重視すると有効です。

そして、いずれの活動でも必要となるのが共通⾔語です。知識は共通⾔語で伝播するからです。その共通⾔語の主要なものは⽂字通りの⾔葉や⾔語体系ですが、標準化されたプロセス(作業の⼿続き)やフレームワーク(分析などの枠組み)、定型の⽂書フォーマットなども知識の管理を促すので共通⾔語の⼀部と考えらます。

10.CMOが果たすべき役割

①個々の活動の統括
ブランドマネジャーたちに権限委譲しつつも、全体の売り上げや利益責任をマネジメントメンバーと共有し、マーケティング予算投下の最終的な意思決定や、マーケティングROIの改善に責任をもつことも多い。

そうしたCMOにとって、パーセプションフロー・モデルは、プランの詳細に分け⼊ることなく全体を掌握するのに⾮常に便利。

全ブランドの最新のパーセプションフロー・モデルを携えておけば、各ブランドの⽬的、戦略と活動計画の全容が⼀覧できる。

個々のプログラムの報告を受ける際にも、全体の中でどの部分の話をしていて、他のどの部分とどのような関係があるのか、即座に思考を巡らせます。どこかで不測の事態が発⽣しても、全体を俯瞰できていれば対応策がちぐはぐになることを避け、包括的な対策を導くことができる。

②マネジメント間での意思疎通
マーケティング部⾨⻑はCEOやほかの部⾨⻑との合意形成に多くの時間を使います。マーケティング活動の概要を説明し、理解と協⼒を得る必要があるからです。

マーケティングを専⾨としない他部⾨のリーダーたちがパーセプションフロー・モデルの詳細を理解する必要はありませんが、全ブランドに共通のフォーマットで、消費者を中⼼に全体を概観できれば、マーケティング活動への理解は深まる。

③ブランド間の知⾒・ラーニングの共有
Aブランドの失敗からBブランドが学び、Bブランドの成功からCブランドが学ぶことで、それぞれのブランドが 1年で得られる経験値を⼤幅に引き上げられる。

各ブランドが1年で学べることは1年分の経験値ですが、 10ブランドがそれぞれの経験を共有できれば、単純計算では1年で10年分の成⻑に値します。

現実的に考えても、数年分の成⻑は不可能ではありません。これが複数ブランドを擁する組織のダイナミックな側⾯ですし、うまくいけば短期間で経験値量を⼤きく改善し、組織もビジネスも激変させられます。

経験や知識、つまり「うまくいくやり⽅が分かること」が、組織とビジネスの成⻑に⼤きく影響するからです。前項でも⽰したように、パーセプションフロー・モデルを振り返りの枠組みとすることで、組織全体の経験を知識に変えて収集し、蓄積し、流通する効率が⾼めらる。

11.財務部門はパーセプションフローをどう使うのか?

マーケティングROIの改善に活⽤
マーケティングと財務、双⽅の関⼼事であるマーケティングROIの改善などは、特に⼤きな成果を期待できる。

ROIはReturn on Investmentの略で、⽇本語では投資利益率と呼びます。投資に対して、どのくらいのリターンつまり利益が得られたのかを⽰す指標で、利益∕投資を%で⽰すのが⼀般的です。%をつけずに100%を1・0と認識する表記もある。

マーケティングROIは、そのマーケティング版ですから、通常はR(リターン)を利益とみなして、(マーケティング活動で得られた利益)∕(マーケティング活動に投下した⾦額)を%で⽰します。ROMI(Return on Marketing Investment)と呼ぶこともあります。

マーケティング予算のほとんどが広告費であるなら、ROAS(Return on Advertising Spend)を使う会社もあるでしょう。 「通常はRを利益とみなし」というのは、場合によっては利益ではないこともあるからです。

例えば新規に獲得したユーザーは即座に利益にならないことがあります。特にFMCG(Fast Moving Consumer Goods)と呼ばれる⽇⽤品など、繰り返し消費されるビジネスではこの傾向は顕著です。トライアルの活動だけ切り出すと、単年度のROIが100%を割ってしまい、⾮効率な活動をしているように⾒えることもあります。

今期はなんとしてでも利益⽬標を必達、といった場合にはトライアル策をやめればブランド全体のROIも利益率も⾼くなりますが、来年の種籾(たねもみ)を⾷べているようなもので、⻑期的には危険です。

こうしたブランドの⽅針を、milking(ミルキング、搾乳)と呼ぶこともあります。搾乳というとのどかな印象ですが、ブランド終了も厭わない短期間の利益回収を意味します。

ブランド終了を意図せずとも、近視眼的な⽅針が結果的にmilkingになり、ブランドが滅ぶのは残念なことです。

こうした誤った判断を避けるために、Rを利益ではなく売り上げとしたり、⻑期的な影響を考慮するために複数年分の利益で計算したり、獲得ユーザー数や再購⼊数で⽰したり、⼈数に平均LTV(Life-time Value、顧客⽣涯価値)をかけて⾦額化し直したり、ビジネスモデルや利益の構造によって考え⽅はいろいろあります。

肝要なのは、マーケティングに使った費⽤や投資の成果を数値で把握できることです。マーケティングROIを、マーケターのスキル評価の指標として使うこともあります。

売り上げや利益よりもマーケティング能⼒が端的にあらわれるでしょう。物量にまかせて勝ちにいくことが重要な局⾯もありますが、寡兵(※)でうまく戦う能⼒が要求される場⾯もあります。

いずれの場合も、より⼤きな⽬的をより少ない資源で達成できれば、マーケティング戦略の洗練とマーケターの貢献だといえる。

重要なことに、マーケティングROIの継続的な改善も、経験値や知識の蓄積に⼤きく依存するということ。こうした知識収集のプラットフォームとしてもパーセプションフロー・モデルはうまく機能する。

※寡兵(かへい)
兵の数が少ないこと。

財務部⾨もマーケティング活動に発⾔しやすくなる
神が宿るべきディテールは、コミュニケーションやデザインなどそれぞれの専⾨分野を熟知したプロフェッショナルが、全体最適を意識しつつ勘案するべき。

では、マーケティングの素⼈である財務担当者はマーケティング活動に対して黙っているべきか。決してそうではありません。

多様な集合知をうまく使う、という観点からも、財務に限らずまわりの部⾨のメンバーの知⾒を使える組織の⽅が強⼒。

そのためには、ひとりの消費者としてのコメントではなく、それぞれの専⾨性を活かしたコメントが期待されます。パーセプションフロー・モデルを⾒れば、消費者とマーケティング活動全体を俯瞰できる。

タレントやパッケージの⾊といった分かりやすいディテールに惑わされることなく、全体像をとらえやすくなっています。

主観的なタレントの好き嫌いよりも、契約期間や費⽤に対して、期待する影響⼒や成果といった客観的な議論を可能にします。

パーセプションフロー・モデルを介在させることで、「当期の利益と当期の投下⾦額の⽐較」という短絡的なROIではなく、各活動の⽬的や役割にもとづいた検証や、今後の改善を⾒通した有意義なROIを議論できます。

客観的で冷静な財務担当者の視点を借りて、マーケティング活動の効果と効率を⾼められるのは幸いなことです。

12.パーセプションフロー・モデルの材料

ブランド定義書、ブランド戦略を完成させておく
パーセプションフロー・モデルの開発に取り掛かる時点で、①ブランドホロタイプ・モデルなどのブランド定義書と、②ブランド戦略が完成している必要がある。

同時並⾏で作業することも可能ですが、⼿戻りなどが起きて⾮効率です。
オフサイトミーティングなどで⼀気に全部を完成させる場合でも、ブランドホロタイプ・モデル→ブランド戦略→パーセプションフロー・モデルという順番に従うと、効率的に作業できる。

この2点の⽂書に加えて、以下の準備があると有益。

パーセプションフロー・モデルの材料 ①:ブランドについての理解・知識
ブランドホロタイプ・モデルに⽰されているベネフィットや、ベネフィットを実現するための機能や性能について、関係諸部⾨と協働して⼗分に理解する。

消費者が解決したい問題や課題が発⽣する経緯、消費者のブランドについてのパーセプション、製品やサービスが機能する仕組み、製品性能や消費者評価に加えて物流や製造なども含めた競合との違いや強み弱み、などを包括的に理解する。

パーセプションフロー・モデルの材料 ②:消費者についての理解・知識
ブランドホロタイプ・モデルに⽰されているターゲット消費者の、現在の⾏動とパーセプション、各接点で受け取っているメッセージや経験などの知覚刺激、接触しているメディアなどを理解しておきます。

これから知覚刺激に対する消費者の反応を描いていくので、ブランドからのメッセージに対する消費者の反応の仕⽅や理由、⾏動に影響するインサイトなどの理解はきわめて重要。

質的・量的な消費者調査だけでなく、⽇常⽣活でも⼈々を観察するなど、⼈間理解を意識しましょう。

認知⼼理学、社会⼼理学、⾏動経済学、脳科学などの知⾒は、基礎的なレベルの知識でも有益。ロバート・チャルディーニの『影響⼒の武器』などのテキストは⼊⾨に好適です。

パーセプションフロー・モデルで議論される知覚刺激の多くは、直接間接にブランドに関わる体験。

それらのブランド体験を通して、ブランドに強い愛着を感じてもらうためには、感情を動かし、感動をもたらす働きかけが有効。

そこで、経験的に重視してきた、感動に関係する3つの考え⽅を⽰しておきます。

[感動の仕組み①]⼈と⼈の間
ご⾃⾝が感動した映画やドラマ、ゲームや広告などのストーリーを思い出してみてください。

それは⼈と⼈の関係にまつわる話ではないかと思います。誰かと誰かの関係がいったん悪化するけれど改善する話、誰かと誰かが関係を保つためにお互い努⼒する話、あるいは複数の登場⼈物の複雑な⼈間関係の変化を描写する話、などが典型です。

「ブランドと消費者の関係」というと、消費者とブランドの直接的な関係を思い浮かべがちですが、⾃らを消費者として振り返ると、そのような関係のブランドはほとんどないことに気づきます。

消費者は、ブランドと特別な関係をもちたいと望んでいるわけではありませんが、⼤事な誰かとの関係についてはいつも考えています。そうした⼤事な誰かとの関係に関わることのできるブランドは、強い感情とともに愛着をもたれやすいでしょう。

⼤事な誰かとの⼤切な時間に貢献するブランドは、きっと⼤事なブランドです。それは、前述の花のように記念⽇の特別なアイテムだけでなく、毎⽇のビールや洗剤でも同様です。

⼈と⼈の関係の間にブランドを確⽴するためには、消費者がひとりでブランドに向かい、消費しているというよりも、⼤事な誰かとの関係の中でブランドを使⽤し、楽しみ、味わっているのだという視点で観察することで、理解が深まると思います。

[感動の仕組み②]期待と満⾜の関係
パーセプションフロー・モデルは【満⾜】を⼤事にしている。

さまざまなカテゴリーやブランドの経験を経て、満⾜の仕組みが理解できてきました。感動的な満⾜は、ブランド体験が消費者の期待値を少し超えたときに起きる。

そして満⾜をうまく提供するためには、①ブランドのベネフィット体験に対して正しい期待値を設定する、②ブランドの理想的な使⽤体験をもたらす正しい使い⽅ができる、そして③正しいターゲット消費者を設定する、の3要素が⼤きく影響する。

① 正しい期待値の設定
あるブランドを10段階(1が最低、10が最⾼)のうち7程度の期待をもって購⼊したとします。製品を使った際のブランド体験が5以下だと、がっかりし、⼤きな不満⾜を感じるでしょう。6でも少し不満です。

7でちょうど期待にこたえることができますが、これはまだ⼗分に「満⾜」といえるレベルではないかもしれません。もし8を提供できると、感動をもって「満⾜」を感じてもらえることが多いようです。

9までいくと、場合によっては「⼤満⾜」のこともありますが、少し違和感を覚えることもあるかもしれません。10ともなると、多くのブランドやカテゴリーでは「⾏き過ぎ」です。違和感やなにがしかの恐怖を覚えさせてしまうこともあります。

これは製品の性能だけでなく、サービスの質や頻度などについても同様です。「消費者の期待の度合い」と、「実際に提供しているブランドの製品やサービスの使⽤体験」を⽐較してみましょう。もし数値化できれば、満⾜の度合いを把握しやすいと思います。

② 正しい使い⽅の提供
もし不満⾜の理由が製品の不⼗分な機能・性能であるなら改善しなくてはなりませんが、まず消費者が正しく使えているか確認しましょう。

正しい使い⽅の啓発や、使⽤する器具の⼯夫で、製品そのものを変更せずに使⽤体験を⼤きく改善できることがあります。製品が開発された研究所と、消費者が実際に使っている環境が⼤きく異なることもあります。研究開発者と使⽤する消費者では、知識や技術にも差があります。そうした差を埋めて、正しく使える⼯夫が必要です。

③ 正しいターゲット消費者設定
「使ってさえもらえればよさが分かる」という製品やサービスは多くありますが、「だから、⽼若男⼥あらゆる⼈に満⾜してもらえる」と信じるのは、消費者理解の不⾜を⽰唆しているかもしれません。正しいターゲット設定は満⾜の提供でも重要です。

[感動の仕組み③]⼊⼒と出⼒のギャップ
それは、「⼊⼒と出⼒にギャップがある」こと。こちらからの⼊⼒(道具や体を通した働きかけ)に対して、完璧に期待通りの出⼒(描かれた線や出来上がった料理など、働きかけに対する結果)が出てくることは、ほとんどありません。

パーセプションフロー・モデルの材料 ③:マーケティング活動(4P諸要素)についての理解・知識
パーセプションフロー・モデルはマーケティング活動全体の設計図なので、4P全域が関係します。

4Pすべてに通暁できれば強⼒なアドバンテージですが、現実的ではありません。社内外のチームの知⾒をうまく運⽤する。

[Product]
製品が知覚やパーセプションに与える影響は甚⼤です。全4P領域の中でも、もっとも影響⼒の⼤きなブランド体験であり、〈知覚刺激〉であるといっても過⾔ではありません。

それは、製品を使⽤するとき、複数の感覚器を同時に使うことが多いからかもしれません。視覚や触覚だけでなく、嗅覚や聴覚、場合によっては味覚も同時に体験し、刺激を受容します。

製品を開封し、使⽤して仕舞うといった⼿順ごとに対応する感覚器を意識すると、【試⽤】や【満⾜】の段階で製品がもたらすべき役割や〈知覚刺激〉について、新たにヒントが⾒つかると思います。なんらかの意味の解釈につながりそうな、すべての接点が考察の対象です。

以下は主要なもの
・製品本体の機能や性能

・⾳や形状(⾃動⾞のドアの開閉⾳は、ボディの堅牢さや重量を感じさせる)

・⾊や⾹り(美容クリームの製品⾊は、純⽩より乳⽩⾊の⽅が濃厚な成分の印象を与える)

・⼿触り(⼿に触れたときの感触や重量感、製品の剤形や粘度、表⾯の処理などが固有の印象をつくる)

・回転部分や展開部分などの動き⽅(⾼級⼝紅のケースの回転部分の精度感、カメラの回転部分を動かしたときのクリック感
も⼿触りと同様の働きをする)

・多⾓的な⾒た⽬やデザイン(1メートルでの⾒え⽅、5メートルでの⾒え⽅、明るい屋外での⾒え⽅、屋内での⾒え⽅、薄
暗い場所での⾒え⽅はそれぞれ異なる)

・機能性能やパーツの可視性(紙おむつのギャザー部分を⻘くすることで、夜でも視認性が⾼まるので正しい使い⽅を促す)

・箱や能書、蓋の内側(蓋の裏などは⽬に触れることが多い)

・ポンプやスプレーなどのデバイス(ポンプやレバーの引き⼼地や重さなど、使い⼼地は、効果感などの強化につながる)

・単体あるいは混交したときの味や⾵味(混ぜるなどの作業を要求することは、ブランドの完成に参加できるので、愛着の醸
成につながることがある)

・D2Cや通販などの輸送⽤の外箱(【購⼊】から【試⽤】にかけての⾼揚感を⾼めることがある)

[Price]
価格は単独の絶対値では判断しにくいことが多く、なにかと⽐較することで意味が発⽣します。

同じ800円でも、1000円から値引きされた800円と、いつもと同じ800円と、20%増量サービス中の800円では、意味が異なります。
また、⽐較する対象が違えば価格の印象も異なります。

さらに、価格はさまざまな⾓度で解釈できます。例えば1箱10個⼊り1000円の商品があるとき、価格は販売単位の1000円だけではありません。1個あたり100円も価格です。

1カ⽉に1箱買うのなら1カ⽉1000円で、3⽇で100円、あるいは1⽇33円です。どの⾦額を、どの単位(箱、個、⽉など)と組み合わせるかによって価格に関連する〈知覚刺激〉は変化します。

[Place]
購⼊場所や使⽤場所そのものも、〈知覚刺激〉として機能します。レストランで料理と味わうワインは、家で飲むワインと同じブランドでも異なる印象です。⾞両を試乗するルートや、お試しレッスンの会場など、製品やサービスの性能が同じでも、場所が違えば〈知覚刺激〉も変化します。

料理と味わうワインは、家で飲むワインと同じブランドでも異なる印象です。⾞両を試乗するルートや、お試しレッスンの会場など、製品やサービスの性能が同じでも、場所が違えば〈知覚刺激〉も変化します。消費や購⼊に際して、場所や地理が〈パーセプション〉に与える影響も重要です。

特に、⾃前の店舗や⾃社ECサイトをもつ場合には、固有の空間内にいること⾃体がすでに〈知覚刺激〉です。購買や消費の空間を、ブランドホロタイプ・モデルやベネフィットにもとづいて構築します。

リアルな空間の場合は、聴覚や嗅覚、触覚や味覚など、複数の感覚器に訴えかけられる点に注意します。

[Promotion]
広告や広報などのコミュニケーションも、店頭販促や消費者向けプロモーションなどの施策も、消費者の〈パーセプション〉に⼤きく影響する〈知覚刺激〉です。

これらはマーケティング予算の運⽤にも直結し、その巧拙が直接マーケティングROIを左右します。

通常、パーセプションフロー・モデルの【現状】から【購⼊】、そして【再購⼊】から【発信】などの段階に作⽤することが多いでしょう。

コミュニケーション領域では、クリエイティブ表現の開発、メディア計画の⽴案・実⾏、⼝コミが広がる仕組みなどが〈パーセプション〉に与える影響について、知⾒を蓄積します。

施策領域では、ブランドに【興味】や購⼊意向をもつ消費者に対して、店頭やECサイトで【購⼊】するためのきっかけや⼝実の提供⽅法などが重要なテーマです。

ベネフィットやパーパスに関わるブランド体験、⼆次創作などブランドへの参加を促す活動、【購⼊】前に【試⽤】を提供するサンプリング、【再購⼊】や習慣化の促進策、⼝コミの【発信】やSNSへの投稿のきっかけなど、多くのブランドでさまざまな活動が展開されているので、各社の事例や新しい⼿法などを参考にできる領域です。情報収集に、社外のカンファレン
スなどをうまく利⽤しましょう。

また、新しいデジタルメディア、データ利⽤のサービス、コラボレーションやインフルエンサーなど、施策活動に関連する概念や要素は、定期的に追加・更新されていきます。テクノロジーでできることが増え、法規制の変更などもあるので、広くタイムリーに情報を集めておく必要があります。

ビジネス誌の記事なども参考になるでしょう。⽬新しい事物は、 RMA(マーケティング活動における⾰命)となるか、⼀過性の流⾏りものか、区別がつきにくいことも少なくありません。パーセプションフロー・モデルに則って実験的に採⽤してみることで、その利⽤価値をうまく判断しましょう。

パーセプションフロー・モデルの材料 ④:計測⼿法についての理解・知識
効果測定については、パーセプションフロー・モデルの段階ごとに、消費者の〈⾏動〉や〈パーセプション〉の変化をたどるのが⼀般的です。

売り上げやシェアといった最終的な数値はビジネスやブランドのマネジメントには重要ですが、各段階の個々の活動との関連は分かりにくいものです。段階ごとに達成すべき〈パーセプション〉の変化、〈知覚刺激〉の質や量などを計測できると、次回以降の改善につなげられます。

⼀般的に、パーセプションは⼼や頭の中の話なので、その測定には調査の時間や費⽤がかさみがちです。そこで、⾏動観察を疑似的にパーセプションの計測に⽤いることもあります。

ウェブサイトの滞在時間や訪問頻度を、【興味】の度合いと解釈し、購⼊頻度や回数を、愛着の度合いと理解する、などが考えられます。

⾏動観察は、データ取得の⽅法さえ確⽴できていれば、あまり時間や費⽤をかけず、タイムリーに実施しやすいという利点があります。また、アンケート調査と異なり、消費者が覚えていなくても計測できます。

〈段階〉ごとの⽬的や〈知覚刺激〉の役割に応じて、〈⾏動〉と〈パーセプション〉、〈知覚刺激〉の関係をうまく理解できるよう、正しく最適な測定⽅法を⽤意しましょう。

余談ですが、孔⼦が『論語』で説く、視・観・察の概念は消費者の理解やパーセプションフロー・モデルの計測においても通⽤しそうです。視すなわち⾁眼で⾒るのは、⾏動の観察です。前述のように、データなどから簡便迅速にできます。観すなわち⼼眼で⾒るのは、⾏動の動機やニーズなどパーセプションの理解です。

⾏動の裏側にあるので、⼿間や経験や調査が必要で、パーセプションフロー・モデルが扱う中⼼部分です。そして、最後の察はその⼈物が⼼から満⾜することの理解です。⼈の本性や本質、などと解釈できそうですが、消費者⾃⾝では明⽰しにくいインサイトや、パーパスと呼応する個⼈の価値観に
似ているかもしれません。

13.パーセプションフロー図内の目的と目標について

⽬的や戦略を記⼊する⾯積は少ないですが、これらが明確になれば、全体の半分ができたと⾔っても過⾔ではない。そして、議論が⾏き詰まったら、常にここに戻れるので安⼼。

「⽬的」には「年率 5%の売り上げ成⻑」や「新商品〇〇の初年度売り上げ 5億円」などと書かれる。売り上げやシェア、成⻑率、利益額、利益率といった財務上の指標が⽰されることが多い。

あるいは 1章の事例で⽰したように「ブランドの回復」や「新商品の成功」といった課題が書かれるかもしれません。誰が読んでも同じ理解ができるよう記述します。

「成功」や「回復」がなにを意味するのか、SMACに記しましょう。 SMACというのは Specific-Measurable-AchievableConsistentの頭⽂字をあわせた⽤語。

⽇本語にすると、具体的で、測定可能で、論理的に達成可能で、上位概念や市場環境などと⼀貫性がある、という意味で、全員が同じ理解をするよう⽬的を明確に⽰す際のチェック項⽬。

「エリア」には、地理的、あるいは領域的な区切りを記載します。「九州テストマーケットエリア」と⽰されていたり、「店舗と EC」などと特定の領域を⽰していたりするでしょう。

「ターゲット⼈⼝」は、「⼩学⽣の⼦供のいる、引っ越しを計画中の家庭 50万世帯」とか、「連続ドラマを⾒ることが好きな、都市圏在住の会社員 100万⼈」など、描写と⼈数規模で⽰します。

仮に「年率 5%の成⻑」に必要なユーザー数が「新規の 10万⼈」であるとき、マーケティング活動の対象となるターゲット⼈⼝は少し多めの 100万⼈、あるいはもっと⼤きく1,000万⼈などの可能性があります。

ターゲットは 100万⼈よりも 1,000万⼈の⽅が直感的に好まれがちなのは、⼤きい数字が安⼼感を抱かせるからです。

⼤きすぎると、安⼼感とは裏腹に、マーケティング予算や⼈員の労⼒などが分散してしまうので注意が必要です。

マーケティング予算は「新規の 10万⼈」に規定されるので、ターゲットの⼈数が 100万⼈でも 1,000万⼈でも同額であることが多いものです。

1,000万⼈をターゲットとすると、 1⼈あたりに使える⾦額は 100万⼈の場合の 10分の1です。

10億円のマーケティング予算をもっているとき、ターゲットが 100万⼈なら 1⼈につき1,000円ですが、 1,000万⼈だと 100円になってしまいます。打ち⼿が極端に少なくなりそうです。

多くの場合、ブランドのターゲットは獲得する⼈数の100倍も⽤意する必要はありません。

ブランドや状況にもよりますが、音部さんの経験的な原則として、⽬的達成に必要な⼈数の 3〜10倍程度がひとつの相場だと考えます。つまり、 10万⼈の新規ユーザーを獲得するために、うまく絞られた 30〜100万⼈のターゲットを⾒つけることができれば⾼い効率を維持できる。

既存のユーザーをよく理解し、似た⼈を探しましょう。実⾏の段階で、メディアの性質上、ブランドターゲットの 100倍の⼈数に露出させることはあるかもしれません。そうした制約下でも、本来ターゲットとすべき層が明確であることは、効率の改善に寄与します。

14.各プロセス上の知覚刺激について

①【現状】から【(課題の)認知】
〈知覚刺激〉
社会環境の変化や、引っ越し、結婚や出産といったライフステージの変化などにともない、⼈⽣の価値観や⽣活のリズムは変化する。

また、環境は変化しなくても、技術⾰新や製品開発によって、問題のよりよい解決法がうまれることもある。

そこで、 ①の〈知覚刺激〉では、解決すべき問題が新しい課題と解釈されたり、いままでにない解決⽅法が提⽰されたりする。

クレイトン・クリステンセンの『ジョブ理論』を応⽤する場合には、この〈知覚刺激〉で、ジョブを提⽰します。

「いま使っているブランドでできる問題解決では、もはや⼗分ではないかもしれない」と気づくパーセプションをもたらすことで、市場創造につながる「いい商品」の新しい定義を提案し、「代替案の探索」という⾏動を促す。

また、解決すべき問題が起きる仕組みを、客観的に説明して、課題を明らかにするアプローチも有益。

ファブリーズの「部屋のニオイ( ≒解決すべき問題)は、実は布のニオイが原因( ≒解釈された課題)」はその⼀例です。「解決すべき問題は、実はこの課題が原因でした」という構⽂で表されるので、「解決すべき問題」と「課題」に⾃ブランドの状況を⽰す適切な⾔葉が⾒つかれば、適⽤できる。

〈メディア〉
この〈知覚刺激〉の〈メディア〉は、ブランド発である必要がなく、 KOL( Key Opinion Leader)などの専⾨家やインフルエンサー、ニュース性の⾼いメディアによる発信が有効なことがある。

ここは戦略PRといった⼿法の主要な使い所。店頭活動と連動するタイミングがシビアであるとか、競合が対応する時間を与えたくないなど、新しい課題の【認知】を早急に確⽴しなくてはならない場合には、⼤量の広告出稿で伝達速度を加速することもある。

⼤型ブランドの⼤規模な新商品や、競合活動が盛んな市場では⼀考に値する。

②【認知】から【興味】
〈知覚刺激〉
ベネフィットの素晴らしさや、それをもたらす機能・性能などを、ブランドから直接的に伝える。

消費者が( b.)のパーセプションで新しい課題を【認知】し、代替ブランドの探索をはじめていれば、解決策としてブランドの話を積極的に聞いてくれる。

通常、ブランドがいかに優れているかという「機能」の話より、消費者にどのようなよいことがあるかという「ベネフィット」の話が有効。

主語をブランドではなく消費者とし、表現を課題に関連づけることで、聞いてもらいやすくなる。

〈メディア〉
この〈知覚刺激〉は直接ブランドの話なので、 Paidの広告が中⼼。

ウェブサイトやメール、 SNSなどのOwnedのメディアも併⽤する。

タイミングをうまく管理できれば、アンバサダーやファン、エヴァンジェリストなどの Earnedも説得⼒があり有効。

「売れている印象」や「話題性」の演出など、側⾯⽀援として広報活動を使うこともありますが、「露出を取るための安価なメディア」ととらえるのは⾮効率で不適切な場合が多い
でしょう。

③【興味】から【購⼊】
〈知覚刺激〉
前段階でブランドへの【興味】、つまり購⼊意向は確⽴できているので、 ③の〈知覚刺激〉の役割は【購⼊】を正当化するきっかけや⼝実の提供。

口実の提供として、典型的な8つのきっかけ([ 1:時限性のお値打ち感]、[ 2:経済性の強化]、[ 3:必要性の強化]、[ 4:他者を巻き込む]、[ 5:社会正義などの規範]、[ 6:準拠集団などの規範]、[ 7:動機づけやご褒美]、[ 8:記念⽇やお祝いなど])がある。

〈メディア〉
この〈知覚刺激〉は【購⼊】の「きっかけ」なので、店頭の販促施策や販売員との会話、 ECの購⼊のページなど「購⼊する場所」に存在できるメディアが有効。

④【購⼊】から【試⽤】
〈知覚刺激〉
【購⼊】の⾼揚感をポジティブな使⽤体験や【満⾜】につなげるために、ベネフィットの⽰唆を提供します。

製品やサービスに、はじめて直接的に触れる段階です。ここまでは媒体を通したコミュニケーションで、〈知覚刺激〉は視覚や聴覚が中⼼です。

モノ性のあるブランドであれば、操作や動きを通した〈知覚刺激〉(蓋などの開閉の感触など)、触覚(表⾯の感触や⼿に取った際の重さなど)あるいは嗅覚などを〈知覚刺激〉として使えます。

感覚器が多い分、驚きや意外性などを喚起し、効果的にパーセプションの変化を促すことが可能です。また、購⼊から⼊⼿まで数⽇かかる通販や ECなどでは、⼿元に届いたときには購⼊の⾼揚感が希薄になっていることがあります。郵送⽤のパッケージなどに、開封や試⽤を促す⼯夫が有効なこともあります。

〈メディア〉
この〈知覚刺激〉は、特に視覚や聴覚以外の感覚器を意識します。パッケージの内外装、製品そのものの質感、店舗の雰囲気など、触覚、嗅覚、味覚を伝達する〈メディア〉を意識しましょう。

⑤【試⽤】から【満⾜】
〈知覚刺激〉
ブランドの使⽤を通して、優れた製品性能を実感してもらいます。本章 2項の議論のように、ブランド体験が期待を超えることで【満⾜】が実感されます。

使い⽅が悪くて満⾜のいくブランド体験にならなかった、という事態は回避しなくてはなりません。ポンプやスプレーなどのデバイス(器具)、使⽤時の UI(ユーザーインターフェース)、操作性や使い⽅の分かりやすさなどを整理します。正しい量、正しいタイミング、正しい使い⽅を促す仕組みを確⽴しましょう。

本プロセスにおいては、製品⾃体が正しい使い⽅を導く〈知覚刺激〉を提供していると効果的です。⾏動経済学のナッジと呼ばれる知⾒や、アフォーダンスの考え⽅などが役に⽴ちます。ナッジというのは肘でそっとつつくという意味の⾔葉ですが、オランダのスキポール空港の男⼦トイレの⼩便器の内側に描かれたハエの絵などが有名です。

〈メディア〉
この〈知覚刺激〉は、ブランドの製品やサービスの使⽤経験そのものです。消費者の期待を適切かつ確実に超える必要があります。

正しく使い、正しく評価し、【満⾜】につながるための主要な〈メディア〉は製品まわりです。使⽤体験がうまく提供できるよう整備しましょう。

⑥【満⾜】から【再購⼊】
〈知覚刺激〉

ブランドの使⽤が習慣化して愛着が⾼まったり、ブランドを⾃分の⼀部のように感じたりして、「これは私のブランドだ。なくなると困る」と考えるユーザーが増えることは、ブランドの成⻑と永続に通じる王道です。ここで使える〈知覚刺激〉として、3つのアプローチを考えてみましょう。

ひとつ⽬は、習慣化を促すアプローチで、直接的に⾏動に作⽤します。

例えば、継続使⽤によるベネフィットを体感しやすくしたり(連続使⽤を促す「 14⽇間チャレンジ」といったキャンペーン、体重や肌の様⼦などベネフィットにかかわる変化の可視化を促すアプリやウェブサイト、マイレージポイントの提供、など)、習慣化の仕組みを構築したり(部屋や棚、カバンの中、冷蔵庫の中などに⾃ブランド専⽤の置き場所を確保する、朝⾷や洗顔など確⽴された習慣の⼀部になる、など)、⼤事な誰かとの⽇常的な繰り返し⾏動に採⽤される(スマートウォッチなどの搭載アプリが親⼦の連絡を担う、など)、定期購買を促す仕組みの確⽴(サブスクリプション制度や、定期的なリマインダー、など)といったことが考えられます。

ふたつ⽬は、ブランドへの関与度を⾼めるアプローチです。

完成に参加させる(容器からグラスや器に移すなどして完成させる、定型外の⾃分流の使い⽅や⾷べ⽅を促す、組み合わせやアレンジを勧める、カスタムやチューンナップを可能にする、など)、⼆次創作を促す(ブランドを対象としたプラモデルやペーパークラフト、塗り絵や写真撮影、詩歌や作⽂、作曲やダンスなど創作活動や模倣を動機づける、⾔ってみたくなる語呂のいい⾔葉などを⽤意して発話を促す、真似したくなる動作や使い⽅を⽰す、など)、公開された⾃⼰像に関連づける(使⽤状況などブランドと⼀緒に写真をとって投稿を促す、など)、ブランドとの関係を⾃⾝やコミュニティに明⽰させる(ブランドロゴなどが描かれたステッカーやTシャツを⽤意する、など)といったことが可能です。

3つ⽬は、ブランドスイッチに掛かるスイッチコストを理解してもらうアプローチです。

習慣化は退屈につながることもありますが、安⼼や節約などももたらします。習慣化することで、代替品を探して⽐較する労⼒や、新たにやり⽅を覚える⾯倒などを回避できます。

費⽤や労⼒、時間など経済観念に働きかけるので、習慣化やブランドへの愛着とは異なる利便性を提供します。

競合ブランドへの移⾏に前向きになりにくい仕組み(操作⼿順や使い⽅が異なる、サイズや量があわない、番号やデータなどを継承しにくい、新しい⼿順が必要、⾃分の好みをはじめから覚えてもらう必要がある、など)に気づいてもらうといった⼿法が考えられます。

とはいえ、柵を設けて外に出られなくするような継続使⽤は、満⾜度が低下するリスクもあります。解約⼿続きを増やし、初期投資を⾼めて離脱しにくくするといった⽅法がそれにあたります。

⾃発的なロイヤルティの醸成につながりにくく、ブランドの⻑期的な成⻑・存続には向きません。スイッチを阻害するのではなく、ブランドの居⼼地をよくするアプローチが健全です。ロイヤルユーザーの使い⽅をよく観察するとヒントが⾒つかると思います。

〈メディア〉
習慣化の〈知覚刺激〉の提供⼿段・メディアは、消費者向け販促キャンペーン、製品パッケージのサイズや形状の最適化、定期的な購⼊の仕組みなどが典型的です。

関与度を⾼める〈知覚刺激〉では、共創の仕組みの構築、参加型の施策やイベントの開催、ユーザーによる使い⽅や感想の投稿、ステッカーなどのノベルティの提供などがよく⾒られます。

また、⼆次創作を促すためには、版権や規制の緩和、材料や素材の提供、投稿や交換を促進する発表機会の開催などが提供⼿段として考えられます。スイッチコストの理解では、製品そのものの使い⽅、製品を⼊⼿する仕組み(オペレーションシステム)などが提供⼿段・メディアとして機能するでしょう。

⑦【再購⼊】から【発信】
〈知覚刺激〉
【発信】の仕⽅には、積極的にブランドを応援するものから、たまたまブランドが⾔及されている程度のものまで、さまざまなレベルがあります。また、【発信】の動機も、無報酬で内発的なものから、⾦銭や承認など外的な報酬を期待するものまで、多種多様です。

次の 4点を満たしていることで⼝コミが拡がりやすく、伝播⼒を上げられることがあります。それは、 ①誰もが知っている話題について、 ②まだ多くの⼈が知らず、聞く価値のある話を、 ③⾃分が投影したい⾃分像と⼀貫性のある形で、 ④話し上⼿でなくても話せるよう、起承転結のあるお話になっている、の 4点です。

これを「ゴシップの法則」とよびます。⾃分が投影したい⾃分像と⼀貫性があるというのは、「おもしろい⼈」と思われたければ「おもしろい話」を、「流⾏の先端にいるおしゃれな⼈」でありたければ「流⾏の先端の話」を提供する、ということです。

15.パーセプションフローのKPIについて

〈KPI〉はこう設定する
ひと通り、〈パーセプション〉と〈⾏動〉の変化、〈知覚刺激〉を書き⼊れたら、最初から通し読みしてみましょう。

〈パーセプション〉( a.)、〈⾏動〉( 1.)、〈知覚刺激〉( ①)、〈パーセプション〉( b.)、〈⾏動〉( 2.)、〈知覚刺激〉( ②)という順番でフローをたどっていきます。

違和感なくスムーズに【発信】の〈パーセプション〉( h.)、〈⾏動〉( 8.)までたどり着けたら、それぞれの〈知覚刺激〉に呼応した〈メディア〉も確認します。〈知覚刺激〉を最適に提供できる⼿段が⽰されていることが確認できたら、パーセプションフロー・モデルの主要構造が出来上がりです。あとは、〈 KPI〉を⽰せば完成です。

パーセプションフロー・モデル上の〈 KPI〉は、3つの異なる種類に分けられますが、⼀覧性を⾼めるために枠はひとつに集約しています。必要に応じて、それぞれ分割して記述してもいいでしょう。

3つの種類とは、 ①「消費者の⾏動やパーセプションの変化の度合い」についての指標、 ②広告表現や製品性能の完成度など「知覚刺激の質」についての指標、そして ③宣伝費⽤やメディア量、あるいは配荷率など「知覚刺激の提供量や頻度、到達度合い」についての指標、です。

3つのうち、もっとも重要なのは ①の消費者のパーセプションの変化ですが、アンケート調査などを必要とするためタイムリーに計測しにくい、という難点があります。⾏動の変化は計測もしやすいので、擬似的な〈 KPI〉として有効な場合が多いです。

②の「知覚刺激の質」や ③の「知覚刺激の量」は、ブランドが直接管理できる要素なので、活動の振り返りや修正にも使いやすい指標です。いずれの計測も「予定通り達成できたか否か」に加えて、「いかに改善すべきか」を⽰唆できると有意義です。

3種類のいずれの〈 KPI〉を設定しても、すべての〈 KPI〉が達成されれば、枠外右上に⽰された⽬的を達成できる、という論理的な⼀貫性を確認しましょう。

この作業を怠ると、数値ターゲットは達成したのにビジネスの⽬的が達成されていない、という事態を招きかねません。

①【現状】から【(課題の)認知】
解決すべき問題への関⼼の度合いや新しい課題の認知率、カテゴリーのエントリーであればカテゴリーの認知率などが代表的です。ネット上の⾏動ログデータなどがあれば、代替案の探索の度合いといった検索⾏動の計測も有効です。

②【(課題の)認知】から【興味】
購⼊意向率が代表的です。ブランドやベネフィットの認知率、ベネフィットへの関⼼の度合いなども有⽤です。

③【興味】から【購⼊】
購⼊率が代表的です。その構成要素として、配荷率や店頭での露出率(⼭積み率)、どこで買えるか理解していることを⽰す販売経路認知率なども重要です。

実売価格や競合との価格差、消費者の価格認識なども重要な指標となることがあります。【購⼊】を【訪店】などと置き換える場合では、店頭などでの試⽤意向率を計測することもあります。

④【購⼊】から【試⽤】
試⽤後の期待値が代表的です。カテゴリーやブランドによっては、購⼊から使うまでの時間があくと期待が弱まります。期待値が低いときには、【購⼊】から【試⽤】までにかかる時間なども確認しましょう。

⑤【試⽤】から【満⾜】
使⽤後満⾜の割合などが代表的です。正しい使い⽅ができている割合、使い⽅の説明の分かりやすさ、再使⽤の意向なども関連する指標です。

「消費者はどのように満⾜を感じているか」といった質的な理解も、製品改良などに反映させられるので有益です。

⑥【満⾜】から【再購⼊】
再購⼊意向、使⽤頻度や使⽤量、 SOR( Share of Requirement:ユーザーの⾃ブランド使⽤割合を⽰したシェアで、ロイヤリティを⽰す尺度です。例えば、ある期間に Aビールを 5本、 Bビールを 3本、 Cビールを 2本、合計 10本のビールを飲んだ場合、 Aビールの SORは 5本∕〔 5本 + 3本 + 2本 = 10本〕 = 50%と計算できます)などが代表的です。

商品の置き場所や家庭内のストック量なども習慣化をうながすことがあります。ブランドスイッチの際のスイッチコストの理解の度合いなどは、スイッチするリスクの評価に有効です。

⑦【再購⼊】から【発信】
NPS( Net Promoter Score)などの推奨意向の度合い、 SNSへの投稿量や頻度、その露出量、ファンイベントやブランドコミュニティへの参加度合いなどは、ユーザーの社会的な影響⼒やロイヤリティの評価に使えます。

16.「仕組み」と「働きかけ⽅」の理解が次の施策を成功に導く

活動の振り返りでは「より上⼿くやるために、どこを改善し、修正すべきか」を学ばなくてはなりません。

「もし、もう⼀度やり直せるなら、どのように変えますか?」という問いへの答えです。

理解すべきことは 2点、すなわち「仕組み」と「働きかけ⽅」です。

ボールをバットで打つことを想像すると、「仕組み」を理解することは、⾶んできたボールにバットがどう当たるとよく⾶ぶか、といった作⽤や原理を知ることです。

バットがどのようにボールに当たればいいか分かれば、次はもっとうまく打てます。この仕組みは普遍的で再現性があり、誰に対しても同じように機能します。

メジャーリーガーでも素⼈でも、ボールが⾶ぶ「仕組み」は変わりません。ブランド間で共有できたり、⻑期にわたって使えたりするでしょう。例えば、⺟親のインサイトやパーセプション変化のパターンは、紙おむつ選びでもベビーカー選びでも似ていることがあります。消費者の⾏動やパーセプションは、ボールが⾶ぶ原理のように、「仕組み」として理解できることが
少なくありません。

対して、「働きかけ⽅」を理解することは、どうすればバットをうまく振れるか、といった体の使い⽅を知ることです。バットの振り⽅が分かれば、次はさらにうまく打てます。

「仕組み」と同様、誰に対しても同じように機能する⼤原則はあります。例えば、「バットを握るときには利き⼿が上」などは全員に適⽤できます。同時に、個々⼈に最適なフォームや振り⽅は同じではありません。⾝体能⼒や技量などが異なるからです。素⼈がメジャーリーガーと同じ振り⽅をしても、それはただのモノマネです。他社事例の表層をなぞっても、まっとう
な解決にはならないことに似ています。

⾃分に最適な振り⽅を習得する必要があります。マーケティング活動の⽴案や実⾏のノウハウの多くは、バットの振り⽅のように、「働きかけ⽅」ととらえられるでしょう。 以下に、「振り返り」の典型的な⼿順をまとめておきます。

①結果を段階ごとに冷静に理解する
まずビジネスの⽬的が達成できたか否か、結果を整理して判断をします。成功でもそうでなくても、結果のみに執着しないよう注意しましょう。

成功したときには「いかに素晴らしい結果だったか」の羅列にとどまっていては、表層的な成功体験にしばられ、将来の失敗の原因になりかねません。反対に、うまくいかなかった場合の「振り返り」では、関連する部署や担当者を傷つけないために、なにが起きたのか曖昧なままにされることがあります。

「振り返り」は犯⼈探しではなく、組織の強化のための改善点探しと⼼得ましょう。せっかくパーセプションフロー・モデルにのっとった活動計画と実⾏なので、結果もパーセプションフロー・モデルに沿って振り返ります。

最終的な売り上げや利益といった財務⽬標に加えて、各段階の〈 KPI〉の達成度合いなどをたどっていきましょう。売り上げや利益といった最終的な結果にいたるまでに、消費者になにが起きたのか理解しやすいと思います。

②現象をつなげるだけでなく、消費者を通して「仕組み」を理解する
「振り返り」では、「結果としての現象」と、「原因と思われる先⾏した現象」を直結して、分析としてしまうことがあります。

例えば「感染症の流⾏で、売り上げが伸びませんでした」といった説明です。これらは2つの関連した現象を、原因と結果として⽰していますが、「仕組み」の説明にはなっていません。相関関係が分かれば脅威を知ることはできますが、対応は困難です。

感染症で売り上げが落ちることは分かっても、どうしたらいいのかは分かりません。 成功の場合も同様です。「去年の年末は増量パック企画があったので、 5,000万円の売り上げを追加できました」といった「振り返り」では、増量パックが機能した仕組みが分からず、はたして次回も機能するか不明です。

運よく競合の失策に助けられただけという可能性もあります。そこで、現象と現象の間に「消費者の⾏動やパーセプションの変化」と「そうした変化をもたらした知覚刺激」をはさんで説明します。相関する2つの現象から、消費者を通して因果関係が⾒えてきます。

例えば、年末の増量パックが機能したのは、「年末には 40%の消費者が⽇⽤品の家庭内在庫を平均 20%増やすから」で、「年末年始に、使い切っちゃったら⾯倒だな」という〈パーセプション〉があったからだと分かるかもしれません。

であれば「年末年始の買い置きに最適」という店頭での〈知覚刺激〉は、次回も機能しそうです。同じ「仕組み」は、お盆休みなど年末以外の休暇期間にも、他のブランドにも応⽤できるでしょう。パーセプションフロー・モデルにもとづいて振り返ることで、どの〈知覚刺激〉がどのように〈パーセプション〉に影響し、〈⾏動〉が変化したのか「仕組み」を理解しやすく
なります。これは「バットがどのようにボールに当たればいいか」を知ることです。

③スキルセットを意識しつつ「働きかけ⽅」を理解する
ついで理解すべきことは「働きかけ⽅」、つまり「バットの振り⽅」です。
「このプロジェクトを通して、できるようになったことはなんですか?」という問いを⽴ててもいいかもしれません。

パーセプションフロー・モデル上では、クリエイティブや施策を開発する際の考え⽅やノウハウ、メディア計画を⽴案・実⾏するときのコツや⼿順などについての振り返りです。

〈知覚刺激〉の質や量を〈 KPI〉に設定していると、「働きかけ⽅」の計測ができ、改善につなげられます。ブリーフで⽰されていることと、実⾏とのギャップなども「振り返り」の対象として重要です。

広告会社やパートナーと協働している場合には、年に⼀度、⼀緒に活動を振り返ることで有意義なラーニングにつなげられます。「振り返り」を通して、可能であれば「働きかけ⽅」のラーニングを、特定の⼿順や⼿続きに反映するなどして仕組み化していきます。

こうすることで、〈知覚刺激〉の実⾏などをチームや個⼈の巧拙や暗黙知ではなく、組織のマーケティングドクトリン(定型のオペレーション)として形式知化し、繰り返せます。

バットを握るときは利き⼿が上、バットを振るときは腕の⼒ではなく腰の回転を利⽤する、といった、個体差や状況に依存しない、普遍的なコツを学ぶことに似ています。

また、「働きかけ⽅」の振り返りでは、強化すべきスキルを意識すると有効です。各段階の〈知覚刺激〉の開発や制作に関わるスキル、〈メディア〉や媒体などのプランニングや実⾏に関わるスキル、複数部⾨の連携を促すスキルなど、マーケティング部⾨に必要な⼀連のスキルセット(スキルのグループ)を整理しておくと、能⼒強化を実感しやすくなると思います。

パーセプションフロー・モデルのようなフレームワークの運⽤能⼒を⾼めることも、同様です。習熟度を上げることで、できることや使い道が増えます。回数を重ね、経験を積むことで、スキルが⾼まり、効果と効率も持続的に強化されていくでしょう。

マーケティング活動を通して市場を創造し、ブランドを構築して消費者の⽣活と彼らが⼤切にしている関係をよりよくし、マーケティング組織と⼈材の成⻑を実現するのに貢献できると思います。

17.マーケティング・市場創造のための総合的活動

マーケティングの本質
⽇本マーケティング協会などが唱えるマーケティングの定義は、うまく本質をとらえている。

「マーケティングとは、企業および他の組織がグローバルな視野に⽴ち、顧客との相互理解を得ながら、公正な競争を通じて⾏う市場創造のための総合的活動である」。

そして、その核⼼部分を要約すると「マーケティングとは、市場創造のための総合的活動である」と端的に理解できます。

野菜を洗って刻んだり、⾁を切って炒めたりすることは「料理」の⼀部です。

こうした⾏為を「料理をしている」とも呼びますが、料理の本質的な意味は「⾷べ物をこしらえるための総合的活動」です。同様に、商品開発や調査、広告や販促施策などの活動はマーケティングの⼀部で、こうした⾏為を「マーケティングをしている」と呼びますが、マーケティングの本質的な意味は「市場創造のための総合的活動」です。

マーケティング =市場創造と理解すれば、「企業経営はマーケティングそのものである」という論も、「新しい価値を提案し、市場創造を続けることが、持続的な企業繁栄の道だ」と説いていると理解できます。新たに市場が創造されるなら、結果的に売れる仕組みにもなりそうです。

市場創造の要諦
そして、市場創造は「いい商品」を再定義することで実現されます。
例えば、 1990年代の「いいクルマ」は、「乗り⼼地がいい上質なセダン」などの属性が重要でしたが、 2010年代では「環境への負荷が少ない」、 2020年代では「⾃動ブレーキなどの安全装備」が重要な属性となって「いいクルマ」を決定づけています。

そのたびごとに市場の⾸位は変化します。逆に市場の⾸位が⼊れ替わるときは、こうした市場創造が起きているようです。

「消費者が望んでいる既存の属性順位を、⼀番うまく満たしたブランドが市場の⾸位になる」という印象がありますが、必ずしも現実に即したものではありません。

属性順位転換
消費者は⾃分たちが欲しいものを知っている、という前提について、その粒度には注意が必要です。

多くの消費者は、⾃分が欲しいものを具体的にイメージしているわけではないからです。「家族でドライブに⾏ったり買い物に⾏ったりするために、
いいクルマが欲しい」ところまでは明確でも、「そのために必要な性能」は曖昧なことが多いようです。

今晩なにを⾷べたいか聞かれ、「なんでもいい」と答えてしまうのが多くの消費者です。たぶんおいしい晩ごはんを楽しく⾷べたいのでしょうけれど、具体的なメニューは曖昧なままです。

そこでマーケターは「家族でドライブに⾏くための、いいクルマ」にとって重要な製品の「属性」を提案します。提案された属性に消費者がニーズを感じると、属性の重要度が転換し、「いいクルマ」の定義が変化します。

通常、その属性の順位転換を促したブランドが、次世代の市場のリーダーになります。さらに、新たな「いいクルマ」の定義に追随するブランドが出てくると、市場の変化が促され、消費者の好みが変化したように⾒えます。古い定義に従う先代のリーダーブランドは、ちょっと時代遅れな印象になるかもしれません。

ニーズの創出
属性順位を転換し、いい商品の定義を刷新して市場創造をする総合的な活動がマーケティングです。この活動はすなわち、ニーズを創出することにつながります。

18.ベネフィットと機能・主語はブランドか、消費者か

ベネフィットと機能の違い
ベネフィットの主語は消費者。ベネフィットは、消費者がブランドを欲しいとか、使いたいと思う理由です。

つまり、主たる購⼊理由です。ブランドを使うことで、消費者が経験する「なにかいいこと」ともいえます。ベネフィットの体感は、製品やサービスの機能や性能によってもたらされるので、両者の理解に混乱が⽣じます。⾒分け⽅として、通常、ベネフィットの記述では主語は消費者です。

機能・性能の主語はブランド
製品の機能や性能は、消費者がブランドの使⽤を通してベネフィットを体感するための、もっとも重要で直接的な⼿段です。通常、機能の記述では主語がブランドや製品、成分などです。

19.ベネフィットの類型「個⼈」か「社会」か「代理」か

さまざまな製品カテゴリーで、多様なベネフィットが考えられますが、それらはいずれ3つの普遍的な類型に分けられるように思います。

現時点では仮説の部分も多いですが、ベネフィットを網羅的に考える際の参照や発想のきっかけなどとして、実践に資すると思います。

①個⼈の快体験に関するベネフィット:能⼒を使い、整え、強化する
[所有する能⼒を⼀定の閾値以上に使う]
⾃⾝の感覚器を、⼀定の閾値以上に使うことによる快体験です。
視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚などの感覚器が特定の知覚を得て、閾値を超えると快体験につながることは、⽇常的に経験しています。

きれいな絵を⾒る、美しい⾳楽を聞く、美味しい⾷事を⾷べるなどはこれらの例です。

同様に、筋⾁やバランス感覚などの⾝体能⼒を存分に使ったときにも、快体験を知覚しています。能⼒の⼀部として、経験や知識、財⼒、⾃⾝が有する組織の⼒についても、同様の感覚があるようです。知っていることを話すのは、この快体験です。

さらに、お⾦についても、たくさん使うことで快体験を⽣むことがあります。レストランで味覚を満⾜させ、劇場で視覚や聴覚を満⾜させることも快体験ですが、そのためにお⾦を使うこと⾃体に、充⾜感に似た快体験を経験しているかもしれません。

「この商品はいくらだった」などと、うれしさを購⼊⾦額で表現することもあります。⾝体の拡張として、道具や製品の機能や能⼒を⽇常的に利⽤しています。ハサミをうまく扱うことから、⼤⾺⼒エンジンの繊細なコントロールまで、そうした道具を、⼀定の閾値を超えて⾃在に操ることも快体験です。

[能⼒を温存し、整える]
能⼒を思い切り使うのが快体験であるのと同時に、使わずにうまく節約するのも快体験です。楽をする、休む、⼿間をかけない、安く抑える、気を使わない。感覚器を含む⾝体や精神の消耗を抑えることが快体験に通じることも、⽇常的に経験しています。

こうした快体験は、使うべきときに備えて消耗を防ぎ、能⼒を整えていると考えれば、「閾値を超えて使う」ベネフィットとも関連しているかもしれません。

[能⼒を強化する]
加えて、感覚器、筋⼒やバランス感覚、知識や財⼒、あるいは道具などを含めた能⼒の増強も快体験を⽣みます。能⼒が増強されることで、閾値を超えて使ったときに得られる快体験も強化されることが想像されるからかもしれません。モノやお⾦を⼿に⼊れ、服飾品を新調し、新しい道具を購⼊するといったことがこれに当たります。

製品カテゴリーによっては、バラエティシーキングと呼ばれる、新しい経験を追求する消費⾏動がみられます。いろいろな場所に旅⾏したり、異なる種類のお酒を楽しんだり、といった⾏動です。バラエティを楽しむことはすなわち、新しい経験や知識を増やすことによる快体験とも解釈できます。であるなら、新しい味や景⾊などを提供する際に、それぞれの背景や経緯などの知識を付与することで、快体験の効⽤や満⾜度合いを⾼められそうです。

②社会的な快体験に関するベネフィット:他者や社会との関係をよくし、期待に応える
SNSの隆盛が承認欲求と関連しているといった理解などもあり、社会的な快体験に関するベネフィットがマーケティングでも議論されやすくなってきました。われわれが⽇常的に消費する財やサービスの中には、無⼈島にひとりで⽣活するなら不要なものが少なくありません。

⾃⾝の消費について、上述の「個体的な快体験」と、「社会的な快体験」を⽐較してみれば、いかに多くのお⾦や時間を⼈に会い、社会と接するために使っているのか分かります。新しく関係をつくったり、既存の関係を
維持したり、改善したりするのは、社会的な快体験です。

「いいね!」をたくさんもらい、会話がはずむのはうれしく、楽しいことです。写真映えするとか、話のネタに買ってみるといった購⼊動機も、社会的な快体験と関係しています。競技スポーツや対⼈対戦のゲーム全般は、相⼿があってはじめて成⽴します。そうした試合で勝利するよろこびは、ひとりでは味わいにくいでしょう。

こうした社会との関係は、「⾃我」として認識されることが多いようです。社会学者のアーヴィング・ゴフマンなどが⽰唆するように、ほとんどの⾃我は、社会との関わり⽅や役割を⽰しているとも理解できます。⺟、妻、会社の課⻑などは、それぞれ⼦、夫、上司や部下や同僚を含む会社との関わり⽅や役割を⽰しています。

関わり⽅や役割が異なれば、事物を評価する⽅法も変化します。⺟として選ぶものと、妻として選ぶものと、課⻑として選ぶものと、ひとりの⼥性として選ぶものは同じではないことがあります。

また、季節に関係し、興⾏活動に関わるブランドの場合、社会⽣活に必要な時間管理に影響することがあります。⼤事な趣味や⽣きがいなどは、年単位の時間管理の基準として機能します。

例えば、釣りやスキーといった、四季の変化に依存するアウトドアの趣味を楽しむ⼈は、年間スケジュールを対象の⿂種の産卵時期やスキー場のオープン⽇などに⽀配されることに似ています。

好きなアイドルや劇団などの年間の興⾏予定、スポーツイベントの開催やひいきのチームの予定などが⽣活のリズムを決めていくこともあります。

仕事や家事に管理される⽣活のスケジュールより、好きな趣味やひいきのチームなど熱中の対象による時間管理によって、社会的役割に依存しない「⾃分⾃⾝の⾃我」を体感できるのかもしれません。

「個体の快体験」では能⼒を使うだけでなく温存も含まれるように、仕事や家庭など中⼼的な社会から「⾃我を⼀時的に休ませる」ことも快体験となるでしょう。

そのためには、休暇などで物理的に社会から距離を置くことに加え、時間管理の体系から離れることも⾃我を休ませる快体験の⽅法だと思われます

③代理による快体験に関するベネフィット
⽣物学の領域に「代理報酬」という概念があるそうです。ゴールデンウィークの頃に鳴きはじめたばかりのウグイスは、うまくホーホケキョと歌えません。そうしたウグイスを⽣物学者が調べたところ、ほかのウグイスの上⼿な鳴き声を聞いたときに快楽を感じているそうです。そこで彼らはこれを「代理報酬」と名づけました。

⾃分ではできないことを擬似的に体験する快体験です。 ⼈間に対するベネフィットでも、代理報酬に類するものがありそうです。

歌⼿のコンサートは、⼀般的には「聴覚や体全体で感じる空気の振動による刺激、演出による視覚への刺激」などを通した個体的な快体験や、「⼤事な⼈と⼀緒に感動を共有することで関係をよくする」といった社会的な快体験です。

加えて、歌の練習をしている⼈たちにとっては「⾃分ではできないことの擬似的な体験」という、代理報酬の快体験があるかもしれません。

トップアスリートによる競技や最⾼峰のレースの観戦、⼤物を釣り上げる動画の視聴などもその例と理解できます。個体の能⼒になにか起こるわけではなく、また社会的な作⽤があるわけでもないので、3つ⽬の快体験としました。

正確な分類や考察はほかの機会に譲りつつ、本稿では「個体の直接的な快体験」や「社会的なやりとりなどを通した快体験」に加えて、「⾃分ではできないことを擬似的に体験する快体験」というベネフィットの分野があることを⽰しておきたいと思います。

20.ブランド・ベネフィット創出に関わる「意味」

根幹となる要素は明⽰しておく
マーケティングが市場創造で、ニーズの創出であるとき、ブランドは意味で、ベネフィットの創出に関わります。

ブランドの定義にはいくつかの種類が存在し「ある売り⼿あるいは売り⼿の集団の製品を別の製品と識別させることを意図した名称、⾔葉、サイン、シンボル、デザイン、あるいはその組み合わせ」といった定義を唱導(※)する権威もあります。

※唱導(しょうどう)
先⽴ちとなって他を導くこと。法を説いて他⼈を仏道に引き⼊れること。

網羅的な記述は学術的にも安⼼ですが、実務においては、少し煩雑に感じることもあるでしょう。そこで、「ブランドとは意味である」と理解しておけば、実践で困ることはないと思います。

いずれもブランド名として、それぞれ固有の「意味」を確⽴しました。その意味には、ブランドに特徴的な機能やベネフィットの連想、「私の⺟が使っていた」とか「いい⾹りがして機嫌よく過ごせる」といった⾃分⾃⾝の経験や記憶などを含みます。

そうした「意味」を包括的に管理するためにも、ブランドが掲げるパーパス(⼤義)やターゲット消費者、提供するベネフィットやパーソナリティなど、ブランドの根幹となる事項を明確にしておくことが効果的です。

ブランドがうまく確⽴されると、コミュニケーションの効率が上がり、⾼い利益率に貢献します。

21.ブランドホロタイプ ®・モデルブランド定義のフレームワーク

フォーマットを統⼀しておく
ブランドマネジメント制の企業の多くは、ブランドを定義するフォーマットを持っています。

フォーマットは共通⾔語でもあるので、社内に複数のフォーマットが存在する場合には統⼀しましょう。実績のある汎⽤フォーマットに、ブランドホロタイプ ®・モデルがあります。多様な領域で展開されていて、パーセプションフロー・モデルと併⽤しやすいので、合わせてポイントを整理。

①⼤義
・Purpose:ブランドが唱導する⼤義や、存在理由を Purposeとして⼀⽂で⽰します。

・Vision:ブランドの理念として、ブランドが実現したい世界を描写します。

・Mission: Visionを達成する際にブランドが担うべき使命です。

・Value: Missionを達成する際に尊重すべき⾏動様式や価値観です。ブランドの活動に⼈格的な⼀貫性を保ちやすくなりま
す。

・Role:複数ブランドをポートフォリオで管理している場合には、当該ブランドに固有の役割を Roleとして記述しておきます。ポートフォリオ内での役割が明確になり、⾃社の他ブランドと連携しやすくなるでしょう。会社によって、 Visionと Missionの表記が⼊れ替わるかもしれません。

②市場競合
ふたつの視点から記述します。

・製品カテゴリー市場:⼀般的な市場の概念で、万年筆市場、筆記具市場などがこれに当たります。

・ベネフィット市場:ジョブやベネフィットにもとづいたソース・オブ・ビジネス( Source of business:成⻑の原資となる、実質的な競合相⼿)を競合と設定し、接する場を市場とします。

万年筆であれば「知的なギフト市場」などがベネフィット市場として考えられます。

③ターゲット消費者
ターゲットとする消費者群を 2段階に分けます。

・ブランドターゲット:中・⻑期的にわたってターゲットとする消費者グループです。

・プロモーション・ターゲット:特定の施策や新商品導⼊時などに集中して訴求する対象者で、ブランドターゲットの⼀部を構成します。

例えば、「運動部に所属する中学⽣・⾼校⽣」がブランドターゲットであるときに、「新しく部活動をはじめる中学 1年⽣と⾼校 1年⽣」をプロモーション・ターゲットに設定する、といった具合です。プロモーション・ターゲットについては、変更の頻度が⾼いことがあります。

④ベネフィット
消費者が欲しいと思い、ブランドを使⽤する理由です。
主語は消費者で、ブランドが主語になる機能や性能と区別しましょう。

⑤エクイティ
ブランドに固有の「意味」や連想が広く浸透しているときに、ブランド・エクイティ(資産)と呼ぶことがあります。ブランド・エクイティが強⼒であると、マーケティング諸活動の効率が上がり、⼀般的にマーケティング ROIを⾼めやすくなります。

⑥パーソナリティ
ブランドの擬⼈化か、ブランドのスポークスパーソンを設定するという⽅法で定義されることが多いブランドの⼈格です。

さまざまな接点でブランド体験の⼀貫性を維持しやすくなります。ブランドへの信頼や愛着の根拠となることもあり、 ①⼤義に⽰されている Value(価値観)の体現者でもあります。よく知られた映画や⼩説などのキャラクターを設定すると、分かりやすくて有益なことが多いです。

⑦アイコン
ブランドが⻑らく使ってきて、失うべきではないと判断した記号や⾊、デザインなど知覚できる特徴を明⽰します。アイコンが強⼒だと、ブランド・エクイティが強⼒であるように、各接点での効率を上げられます。

⑧機能・性能
ベネフィットを提供し、ブランド・エクイティを実現するための性能など、物理的な要件や機能的な特徴を⽰します。ベネフィットの主語が消費者であるのに対して、機能の主語はブランドや製品、成分です。

短期間で変更してはならない ひとたびブランド定義書を通してブランドを定義できれば、しばらく(少なくとも数年)は変えずにいることをお勧めします。そのためにも、消費者やブランドの経緯をよく理解した上で開発します。

また、強⼒なブランドをつくるにはマーケティング部⾨が指揮をとりつつも、研究開発や営業、物流、財務にいたるまで各部⾨との密接な協働が必要です。全社で共有するプロセスをもつと有効です。

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