超短編SFファンタジー「救い」

 救われないと思っていて、ときどき死を考えるというのは、自分の未来において自死するという選択が選ばれている世界が存在する、と僕は考えている。未来はいくつも分岐していて無数に存在しているというけれど、その中の1つに僕の自殺遺体が発見されている世界が存在することを想像しても、今の僕にはそれは必然としか思えない。だって、ときどき死ぬことを考えるから。
 あまりに苦しくて、感情が沸き起こって怒り狂っているときは死なない。だけども、そのあとに来る冷静さが衝動を交えて死の世界に引き込もうとする。何度も何度も、僕はその欲求に呑まれまいとしている。そして、なぜ、そのような努力をするのかは、いまだに謎だ。
 死にたくない理由がおぼろげで、死を考えているときの理由が明確になっている今の人生で、なぜ、僕は生きたいと思っているのか。
 まあ、未来にはまだ希望が残されていると、そんな期待をまだ心のどこかに持っているんだろう。だが、論理的に思考すれば、僕の人生はもう何も残されていない。でも、今日もまたコンビニアルバイトを一生懸命に頑張って、夜中の一時になり、休憩に入る。そんなルーティーンな生活をいつまでも送っている僕は、何か今の人生の延長線上に奇跡が起こるのだろうと、これもまた薄っぺらい期待を心のどこかに持っている。
 サンドウィッチとコーヒーを買って、イートインで食べようとせかせか歩く。1時間の休憩があるけど、早くイスに座ってゆっくりとして、何も考えない時間を作りたい。その時間がヒートした脳を冷却してくれる。そして、僕が休憩に行っている間、洗い場では相方が今もファストフードの容器を洗っていて、誰かが一緒にいれば少しは気が楽になり、死を考えなくなる。
 奥のテーブルに座ろうと覗き込んだら先客がいて、その人は僕だった。でも、少し歳を取っている、ように思える。僕は思考と行動が停止してしまって、その場に立ちすくんでいたけど、イスに座ってノートを広げている少し歳を取った僕は、
「やあ。昔のノートを読み返して待っていたよ」
 と軽い調子で言ってきた。昔のノートというのは、僕が必死に書き溜めていた小説のネタ帳のことだろうが、それらとは明らかに違うノートだ。でも、目の前にいる男性の顔は明らかに僕。
「そのノートは僕のじゃないです」
と僕が言うと、彼は、
「その通り、これは僕の昔のノート。このノートに書き記してあることを実行してお金持ちになったのだ」
 と満面の笑顔。たしかによく見ると、高そうなスーツを着ている。
 僕はひとまず、彼の目の前の席に座った。何か話さないといけないと感じたからだ。
「僕は君の選ぶ未来とは違う世界からやってきた」
 彼の言葉に、僕は口を開いた。
「まず、過去と未来の自分が遭遇したら消滅しますよね。あと、どうして僕の選ぶ未来が解っているんですか?」
 未来からやってきた彼が何度目かの笑顔を作って、
「僕が『軸』だから。僕らの数多ある世界の軸が僕。なぜか。僕は生き抜いたから。つまり、君は死なないはずだった。でも、君は常に死を考えている。困るんだよね、正直言って」
 彼はそう言ったが、僕の理解が進まない。
「詳しく説明しよう。まず、一人ひとりの世界は並行的にたくさん存在している。そして、僕らのたくさんある世界の最終局面は、いずれにおいても自死。つまり、どの世界においても苦しみを味わい、最終的に自殺するというのが僕らの人生だったのだ。しかし、僕は生き抜き成功した。僕は受精した精子のように力強い選ばれた人間だ。だから、僕は僕らの軸という存在になり、様々な力を獲得した。そう、ごく自然にね」
 僕はコーヒーの蓋を開けて、一口飲んだ。サンドウィッチまで頬張った。なかなか、ぶっ飛んだ野郎だ。しかし、顔は明らかに僕だ。だからと言って、全てを鵜呑みにはできない話ではあるけれど、僕はさらに彼の話を聞きたいと思った。
「じゃあ、力を得てパラレルワールドを覗き見て、どの世界においても自死を選んでいたと解ったんですね」
「その通りだ。しかしながら、徐々にではあるが変化が現れた。幸せに暮らしていく僕らが現れたんだよ。軸である僕が、まるで生命の起源のように突如として発生したためにね」
「……それで、僕が死ぬと困る理由って何なんですか?」
 彼は腕を組んで、僕をしばし見つめた。必然的に、僕らは同じ顔同士で見つめ合うことになった。
「気付いてないのか?」
「何に気付けばいいんでしょうか?」
 また見つめ合う僕ら。そして、彼が口を開く。
「君は僕と同等の存在だからだ。だから、君が死んでしまうと、僕の努力は水の泡となる。最悪なケースを言うと、僕まで自殺する人生を歩む可能性がある」
 彼は組んだ両手に顎を乗せて、俯いた。僕はまたコーヒーを飲んで、サンドウィッチを食べる。飲み込んだ僕は、
「でも、僕の人生、お先真っ暗ですよ。死ぬことぐらい考えちゃうでしょ」
 そう告白した。彼は解っていると思うけど。
「1つだけ、解決方法がある」
 それは、嘘だ。僕はもうプロ作家デビューはできないし、一生涯、貧困と孤独の中で死を迎える。死んだあとは、遺体が腐って異臭が近所に漂い、僕は無残に焼かれる。それが、論理的思考の結果だ。そして、その人生を送るのは確実だ。
「解決方法なんてありません」
 僕はそう言った。この世に救いなどあるわけがない。神は残酷で、人間を平等に扱うことなど、決してしない。
「僕のこのノートをあげよう。ここに書かれていることを実践するのだ。僕の片割れである君なら、必ずやり遂げられる」
 彼は腕時計を見た。
「時間だ。力を行使するのには制限があるからな」
 そう言って、彼は立ち上がり、店を出て行った。相方が「ありがとうございました!」と大声で言っている。
 僕は渡されたノートのページをめくった。

 引き寄せの法則で言われているノウハウ全てが波動を上げるのが目的であり、簡単に言うと、「神になれ」ということ。神に近づけば近づくほど、様々なことを物質化・現実化できるということ。
 この認識のもと、引き寄せの法則のノウハウを実行していけば、神に近づくことができるのではないか。昔、何かで聞いたか読んだか定かではないが、「宇宙は人間が認識したとき、初めて存在した」というのが記憶にある。

 そう書かれていた。達筆なのか、ただ字が汚いだけなのか解らないが、読むためには少しばかり努力が必要な彼の手記だった。
 他にも様々なことが書かれており、どれも信じるにはかなりの気合いが必要な内容だった。
 ただ、これらの内容がもし真実だとしたら、たしかに僕の人生を救うことができるだろう。そして、ほとんどがお金について書かれている。
「お金、か」
 もし、僕が本当にお金持ちになったら、お金目当ての人しか集まってこなくなるのではないだろうか。
「もう少しあとで、実践しよう」
 気付けば、休憩時間の1時間があっという間に経っていた。僕は彼から貰った大切なノートを閉じて手に持ち、カバンにしまうために事務所に向かって歩いた。
 

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