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【オススメ本】堺屋太一『地上最大の行事 万国博覧会』光文社新書、2018
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「団塊の世代」という言葉の生みの親であり、小渕内閣・森内閣経済企画庁長官を務めた堺屋太一氏。
作家としてのキャリアが長いせいか、あまり知られていないかもしれないが、通産官僚でありながら万博博士との異名を持ち、堺屋太一氏こそが1970年の万博の生みの親である。
その後、セビリア万博館日本館プロデューサーや上海万国博覧会日本産業館代表兼総合プロデューサーを務めたのも名誉職ではないのである。
しかし、「決して語るな」という勧告を関係者から受け、万博が終わってからも、委細を語ることはなかった。
その言わば緘口令を破り、亡くなる半年前に出版したのが本書である。
通産省内の権力抗争や佐藤栄作元総理へのアプローチ、千里丘陵の買収秘話、岡本太郎氏との出会い、岡本太郎氏と丹下健三氏の喧嘩、マクルーハンとの論争、アジアアフリカへの営業、反万博運動の話、高校生への修学旅行打診など、初めて知る話もたくさんあったが、その中でも印象に残ったのは以下の言及であった。
・失敗した事業の責任者はただ一人だが、成功した事業の功労者は限りなく多い(p.4)
・人間は好きに働き、知恵と感覚を研ぎ澄ますべき(p.40)
・火のないところに煙を立てる(p.58)
・大切なのはテーマよりもコンセプト(p.119)
・博覧会の聖なる一回性(p.167)
・人間を見る万国博(p.184)
以上である。
2025の大阪関西万博をもし堺屋太一氏がプロデュースしたらどんな万博になるだろう。
そんな「たられば」を思わず考えてしまった、そんな一冊であった。
筆者も京都館に末席で関わる一人として、先人の偉業からエッセンスを学び取り、活かしたいと思う。
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