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【オススメ本】内田由紀子『これからの幸福について』新曜社、2020


「幸せな人」とは?「幸せな地域」とは?「幸せな国」とは?

こうした誰もが思う純粋な疑問に対して、幸福をめぐる研究ではどのようなことが論じられているのかを紹介してくれる書となっている。

著者は京都大学人と社会の未来研究院(旧こころの未来研究センター)教授の内田由紀子先生。文化心理学・社会心理学を専門とし、日本学術振興会特別研究員PD、ミシガン大学Institute for Social Research客員研究員、スタンフォード大学心理学部客員研究員、甲子園大学人文学部心理学科専任講師、京都大学こころの未来研究センターを経て、現職に就かれている。
2019年9月~2020年5月はスタンフォード大学Center for Advanced Study in the Behavioral Sciencesフェローを経験され、本書はその時代に執筆されたという。

本書では幸福とは「喜びや満足などを含んだポジティブな感情・感覚」と定義される(1頁)。昔はGDP=幸福と捉えられる向きもあったが、最近はwell-beingと訳されることも多く、多様な幸福の捉え方が広がっている。ブータンがGNH(国民総幸福)を発表して、世界的に注目が広がったのも記憶に新しい。評者の分野でも「都道府県幸福度ランキング」などが発表され、賛否も含めて自治体比較の視点で注目されることも増えた。

幸福度のアプローチとしては主観的指標と客観的指標があり、そのどちらか、あるいはそれらを統合して図られることが多い。先ほどの「都道府県幸福度ランキング」などは後者の事例である。

それでは、日本は世界的にどのようなポジションなのであろうか?OECDの幸福度ランキング(2017)によれば、日本は32位であり、決して高くない(15頁)。実感値としてはいかがだろうか。ちなみに1位はフィンランド、2位はノルウェー、3位はデンマーク、4位はスイス、5位はアイスランドと北欧の国が続く。なお、質問項目としては、以下のような評定尺度が使われているという(16頁)。

・私は自分の人生に満足している。
・私の生活環境は素晴らしいものである。
・だいたいにおいて、私の人生は理想に近いものである。
・もう一度人生をやり直すとしても、私は変えたいと思うところはほとんどない。
・これまで私は望んだものは手に入れてきた。

それでは、なぜ日本はこんなに低いのか?この疑問に対して謎解きをしてくれるのが本書(の解説)である。結論からいえば、日本人に染み付いている陰陽思考「良い」ことがあれば、必ず「悪い」ことが起こる、禍福は糾える縄の如し的な)が、独特な幸福感に繋がっている、というのがそのからくりであった。
また、北米での幸福度には「個人達成思考や自尊心」など個が強く影響するが、日本のそれでは「関係性調和や協調力幸福」など個よりも言わば「共」が強く影響するという。これが先ほどのようなアンケートを回答する際にも影響し、32位という結果につながったという訳である(59〜61頁)。

また、日本独自という視点では感情表現について言及も面白かった。例えば、アメリカでは知らない人同士で目があった際にはにっこりスマイルが出るが、日本では目を逸らすという(確かに…)。こうした文化差が幸福度にも影響を与えるというのは納得であった(96頁)。

加えて、最近の幸福研究では、国や都道府県に止まらず、「集落」などよりローカルな地域単位(町あるいは小学校区ぐらい)に焦点を充てる研究も始まっているという。結論だけピックアップすれば地域内の「社会関係資本(信頼)」や「(情報的・情緒的・道具的)サポートのやりとり」などが重要な要素であることが分かってきている(109〜113頁)。いずれにしても重要なのは「つなぎ手」(115頁)、すなわち「お節介さん」であるということであろう。

ともあれ、21世紀に入って、まさかのロシアのウクライナ侵略により、自分や自国の努力だけで幸福は達成され(でき)ない、そんな時代に突入(逆戻り)してしまった。そんな時代だからこそ、此度の戦後や当たり前の日常のありがたみも感じつつ、幸福のあり方について改めて「考える」一冊になると思われる。

目次は以下の通り。

(参考1)目次

  はじめに 
  幸せとは何か?
  文化的幸福観

第一章 幸福感のワールド・マップ      
     幸福の定義   
     「瞬間的喜び」と「人生の意味」   
     社会の幸福   
     お金のある国が幸福?   
     イースターリンのパラドックス   
     文化的気質と幸福   
     先進国の幸福   
     幸福のランキングはなぜ問題か
第二章 幸福の測定と利用    
     幸福度指標   
     主観と客観   
     人生満足感尺度   
     協調的幸福尺度   
     幸福感のマクロ指標   
     比較文化と指標
第三章 幸福度指標と政策       
     内閣府「幸福度に関する研究会」   
     政策活用
     ブータンの国民総幸福(GNH)調査
第四章 幸福の個人差と社会的要因   
     個人内要因――どのような人が幸福か
     健康と幸せ
     社会的地位と幸せ
     ソーシャル・サポート
     孤独感
     家族と幸せ
     友人関係
     社会的要因
     良い政治
     個人主義と選択の自由
第五章 文化と幸福 
     一律ではない幸福の意味
     日本の幸福度はなぜ低い?
     幸せの意味を問う
     個人達成志向と関係志向
     日本における幸福観――理想の幸福状態は「ほどほど」
     幸福の陰と陽
第六章 文化比較の理論と方法
     文化とは
     心と文化の相互作用
     相互独立性
     相互協調性
     文化的自己観がつくられていく過程
     文化差が生じた要因
     生業文化
     自尊心と関係流動性
     比較文化の方法論
第七章 文化と感情
     感情の文化的基盤
     覚醒水準と理想感情
     感情はどこからやってくるか
     対人関与的感情
第八章 個人の幸福と集合的幸福
     個人と集合
     地域の幸福
     ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)
     つながりを活かす
第九章 文化の変化と幸福のゆくえ
     個人主義化
     独立性と協調性の二階建てモデル
     組織文化
     若者の幸福
     ニート・ひきこもり
     災害と幸福
第十章 幸福論のこれから
     ブータンに学ぶ――GNH
     日本社会における「個人の幸せ」
     持続可能性
     むすびに

(参考2)出版社リンク
https://www.shin-yo-sha.co.jp/book/b510165.html


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