自分が「バイセクシュアル」である自信が無い。

どうもこんにちは、日本に住んでいる現役高校一年生の杉川玲です。
身体的性別は男で、性自認も男です。

インターネットで行う自己紹介にしてはかなり個人情報が多い気がするが、
私が言いたいのはそこではない。
私は「身体的性別は男で、性自認も男」と書いたが、
これは別に今の時代背景に合わせたとかそういった訳では無い。
今回私がここに書く内容について必要な情報だったからだ。

私はバイセクシュアル(両性愛者)である。
友達にも告げていないことをインターネットで世界中に公開するのは
幾分か不思議な気分だ。
もしかしたら今の私のカミングアウトを聞いて、
一つの疑念を抱いた人がいるかもしれない。
「バイセクシュアルなら、性自認は男性ではなくバイではないのか?」
確かにそれはそうなのだが、この部分については私もよく理解できていない。もし誰かに「あなたの性別は何ですか?」と聞かれたら、
私は何の迷いもなく「男です」と答える。
もし誰かに「あなたの恋愛対象は何ですか?」と聞かれたら、
私は何の迷いもなく「男性と女性です」と答える。
私はてっきり自分自身で認識している性別、
いわば鎧のようなものが「男」で、
誰を好きになるか、いわば武器が「両性」であると考えてきた。
しかしどうやら違う様で、両性が好きである時点で、
自分が自分の性別をどう捉えているかは関係なく、
バイセクシュアルに分類されるらしい。
なんだか腑に落ちない。
しかし定義に怒っていてもしょうがないし、
第一私が抱えている悩みは、もっと前の部分にある。

私は、自分が「バイセクシュアル」なのか分からない。
「いや自分でバイって思ってるならそうだろ」
これを言ってしまうとお終いなので少し黙っていて欲しい。
そもそも私が男性のことも好きになると分かったのは中学一年生の頃。
かなり昔の事のように聞こえるかもしれないが、
実際は3,4年前の出来事である。その時の中学3年生の先輩に対して
恋愛対象として好意を抱いたのだ。どこで気付いたとかはよく覚えてないが
別に今までその事実に対して嫌悪感を抱いたことはない。
それからもその先輩の他にかっこいいと思う人も数人いた。
ここで問題なのが、
私が「彼らを女性の延長として好きになっている」のではということだ。
というのも、私が好きになった彼らはみな細身で中性的で、
結局自分は彼らの中に女性的な魅力を探しているのではないのかと
自問自答することがある。男性の男性的な魅力、男性らしさ、
そういうのが強すぎるのはあまり好きじゃない。
男性的な魅力を好きになれない時点で自分はバイではないのかも。
じゃあ男性的な魅力って何なのだろう。
筋骨隆々?剛毛?短髪?
こういった人たちを愛さないといけないのか?
ここに答えはない。

そもそもバイセクシュアルの定義ってなんだろう。
一旦原点に立ち返って調べてみよう。

バイセクシュアル(Bisexual)とは、男性・女性の2つのセクシャリティに恋をすること。パンセクシュアリティと違う部分は、彼らは相手を好きになる条件にセクシュアリティが関わるということ。日本語では両性愛者という。※1

なるほど、
じゃあもしかしたら私はバイセクシュアルじゃないのかもしれない。
私はこれまで、人を好きになるときに相手のセクシュアリティなんて気にしたことはない。そもそも相手を見たり会話したりするだけじゃ分からないこともあるだろう。これまで好きになった人も、もしかしたら体の性別と心の性別が違うかもしれない。

パンセクシュアリティ(Pansexual)とは、男性・女性・どちらの性にも分類されない人、あらゆるすべての人たちに隔たりなく恋をするセクシュアリティのこと。
彼らは相手を好きになることに、セクシュアリティは関係ないと考える。日本語では全性愛者という。同じような言葉として、「バイセクシュアル」や「ポリセクシュアル」がある。※1

同じ記事に「パンセクシュアリティ」というセクシュアリティを見つけた。
私はどちらかと言えばこっちのセクシュアリティなのかもしれない。
調べれば調べるほど、頭が混乱していく。

最後に
ここまでこの文章を書いてきて、一つ思ったことがある。
「定義なんてどうでもいいな」
確かにLGBTQという枠組みの発明によって、
救われた人がいるのも事実だとは思う。
ただ、私にとって必要のないものだったということだ。
これからもし誰かに「あなたの性別はなんですか?」と聞かれたら
私は「男性です」と答える。
「あなたの恋愛対象はなんですか?」と聞かれたら
私は「人間です」と答える。


※1https://eleminist.com/article/682


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