いかり

「怒り」は何処からきて何処へゆく?

 映画「怒り」

 なんといっても、家出をして歌舞伎町の風俗店にいたところを渡辺謙さん扮する父・洋平に連れ戻される愛子を演じた宮崎あおいちゃんが凄かった。すっぴんで毛先だけが微妙に茶髪で、トンチンカンかつラブリーな洋服。ふつうなら薄汚れて見えかねない、なのに無垢。まるで映画「奇跡の海」のエミリー・ワトソンのように、どんなにひどい状況にあっても汚れない佇まい。これって、もの凄いことだと思いませんか?真珠にみえるのにダイヤモンドみたいな。

 洋平役の渡辺謙さんは、昭和のおじさんの普段着みたいな、ぱりっとしてないポロシャツのようなものをいつも着ていて、玉暖簾がかかっている入口から焼酎の瓶がみえるような暮らしぶり。千葉の漁港で地道に働いて、愛子のことをいつも心配している。この役、昔だったら緒方拳さんあたりが演じていそう。私は「鬼畜」「火宅の人」「復讐するは我にあり」の緒方拳さんが大好きで。そうだ、渡辺謙さんのとてつもない悪役もみてみたいものだ。それはともかく、洋平は悩みが常にシワとなって張りついているような表情。同じ職場で働く松山ケンイチさん扮する田代という若者と愛子が親しくなっていくのを、田代の得体のしれなさと愛子の過去ゆえに不安に思いつつ見守る。

 これがひとつの流れ。三つのストーリーが巧みに関連した画面で切り替わりつつ進んでいく。

 妻夫木聡さんは、いかにも東京にいそうな、こなれた感じのサラリーマンであり、奔放な生活を送るゲイ、優馬の役。ホスピスにいるお母さんをいたわる親思いな面もある。発展場で出会った綾野剛さん演じる直人と関係を深めていく。ふたりの絡みの場面はけっこう生々しい。つくづく、発展場というネーミングは遠まわしなようで、おもむろで、秀逸だ。でも、この出会いによって、優馬はいままでの生活を空虚に思い始める。妻夫木さんは正当な甘い美青年の顔立ちに、おじさんのちょっと嫌な感じが微量に混じり始めて、今から、いろんな役をこなしていくんだろう。

 場所は変わって、波留間島。広瀬すずちゃんが女子高生・泉役。同級生の辰哉のボートで無人島にいき、廃墟で森山未來さん扮するバックパッカーの田中に出会う。田中みたいな、飄々としていながら小器用で、どこにでもするりと馴染む人っているよなあ、ととてもリアル。辰哉役の、まさに沖縄っぽい顔立ちの佐久本宝くん。広瀬すずちゃんの美少女っぷりに対して、最初は地味な印象だったけど、徐々に化けていって彼は凄いことになる。彼でなければ、と思えるくらい。

 この三つのストーリーに、常につきまとうのは「疑惑」。
 東京の八王子市で起こった残忍な殺人事件の犯人は整形して逃げている。その犯人ではないかと、それぞれの場所で疑念を抱かせるのは、田代(松山ケンイチ)、直人(綾野剛)、田中(森山未來)。それを追う刑事、南條(ピエール瀧)と北見(三浦貴大)。三浦貴大さんは、若い刑事役だったんだけど、百恵さん似のせいか、骨格のしっかりした、なんとなく懐かしいタイプの俳優さんで、今後いろいろ出てきそう。ピエール瀧さんは今や、愛すべきバイプレーヤーで、いろんなところで見かけるけど、いまだにポンキッキーズと、大名曲「シャングリラ」のイメージも持っている。

 追って、小説「怒り」読了。

 映画「怒り」を観て、いちばん疑問だったのは犯人がこれほどの「怒り」を爆発させる理由だった。尋常じゃないんです。ほんとに、なんで?となんども思った。じゃあ、小説のほうも読んでみようと。小説では、愛子の従姉、明日香の登場も多く、映画には出てこない優馬の兄と兄嫁、北見の恋人の話なども絡んでくる。でも、私が気になった犯人の怒りは何処から? というのは、よくわからないままだった。ただ、重要な場面で「信じていたから許せなかった」という思いが、ある最大の怒りに変わる。じゃあ、信じなかったらよかったのかというと、それはそれで苦しみや後悔を生む。眠れない夜がつらく長いように、信じられない自分がつらく悲しいのだ。

#映画 #小説 #怒り

 

 

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