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David HolmesとBelfastとSugar Sweet

1970年代の北アイルランド紛争のさなかにベルファストにレコード店を開き、パンクとの出会いをきっかけにレーベルを立ち上げ、
 " Teenage Kicks " でお馴染みのThe Undertonesなどの作品を世に送り出したテリー・フーリーの自伝的映画『グッド・ヴァイブレーションズ』を観た。当時の北アイルランドの宗教的対立を背景にパンクがいかに人々の心を奮い立たせるものだったのかがしっかりと描かれていて、コメディータッチでありながらも音楽愛に溢れた映画だった。2012年に制作され、数年前に日本でも公開されたこの映画を最近たまたま観ることになって、詳細などの前情報をほとんど知らずに鑑賞していたのだけれど、途中でふと、ベルファストといえば……と思い出し、最後にクレジットを確認してみた。やはり。音楽を担当しているのはDavid Holmesだった。

そのままエンドロールをじっと眺めていると、終盤の重要なライブシーンの直前に一瞬だけ流れたRuefrexの「Perfect Crime」のカバー曲を元JerryfishでBeckのサポートなどでも活躍するJason Falknerが演奏し、David Holmesがプロデュースしているとの表記を見つけた。劇中では歌が始まるちょうど前あたりで切られていたけどジェイソンが歌っているのかな、そもそも2人は繋がりあるんだ?といろいろ気になって、映画のサントラ盤が手に入らないかインターネットで探してみたが、すでに廃盤なのか見つからない。ついでに映画公開時のデヴィッドのインタビュー記事がどこかに残っていないか検索してみたが、残念ながらネット上には見当たらなかった。それこそ「Suger Sweet」の話でもしているかもしれないと期待していた。

「Suger Sweet」はDavid Holmesが90年代前半に友人と携わっていたベルファストのクラブの名前で、わたしが大昔に作っていたミニコミ(今でいうZine)の名前はそこから拝借していた。そのクラブを訪れたことはもちろんないけれど、当時のインタビューでデヴィッドが話していたアシッドハウスのパーティーのことや同郷のバンドTherapy?との関わりなどから彼が地元を愛していることがひしひしと伝わってきたし、彼の作る音楽に夢中になっていた自分もベルファストという街になんとなく愛着を感じていた。

20代半ばにUKのアシッド・ハウスのシーンの若手DJとして注目され、UKの〈Nova Mute〉や〈WARP〉、ドイツの〈Harthouse〉から作品をリリースし、The Sabres Of Paradiseの " Smokebelch Ⅱ" などのリミックス業でも名を馳せたDavid Holmes。彼の手掛けた作品は長い時間をかけてじっくりドラマチックに展開していくのが特徴で、当時の音楽レビューではよく「まるで映画を観ているよう」と評されていた。その頃のデヴィッドの作品については、1998年の『シュガースウィート』の誌面にたぶん23歳の生意気な小娘が支離滅裂で素直な感想を残しているので、読んでみてもいいかもしれない。

※最近になって1stアルバムを改めて聴き返してみたらわりと好みな曲がいくつもあり、若い頃のいっときの感情なんて本当にあてにならない!と思う。


David Holmesの2ndアルバム『Let's Get Killed』は、それまでのテクノやアシッドハウスに傾倒したダンストラックを離れ、彼のルーツにある様々な音楽をベースにNYの街中で録音された雑音やスクラッチをミックスしたコンセプチュアルな作品だった。当時はいわゆるビックビートと評されていたが、ジャンルの細分化が進んだ90年代後半に暗い地下室からストリートへと軽やかに飛び出すような、ダンスミュージックからの解放すら感じさせる新鮮さがあった。そしてアルバムの最後に収録された"Don't Die Just Yet"は、Serge Gainsbourgが制作したアルバム『Histoire de melody nelson』の曲からまるごと引用していて、以後2000年代に入ってから多数の映画音楽を手掛けることになる未来をまるで予兆するかのような終わり方だった。

この頃のBBC Radioで公開されたデヴィッドのDJをSoundCloudで聴くことができる。ノーザンソウルやジャズ、ファンク、ヒップホップなどを軽快にミックスしていて、『Let's Get Killed』期の雰囲気そのもので楽しい。


NYに拠点を移し、ロック寄りのサウンドに変化した3rdアルバムあたりまでは一応作品をチェックしていたものの、『オーシャンズ11』などハリウッド映画のサントラを担当し始めた頃からの彼の仕事はあまり把握できていなかった。その後もPrimal ScreamやNoel Gallagherのプロデュースなどで何度か名前を見かけていたが、心の距離はなんとなく離れたままで昔のように積極的に曲を聴くきっかけがなかなか掴めなかった。ただ、今年の春に〈Heavenly Recording〉よりリリースされたニューシングル
"It's Over, If We Run Out Of Love"で久々に彼の音楽に触れた時に、数多くのリミックス業をこなしていた昔のアシッドハウス期のテイストにまた戻りつつあるのではないかと感じた。その頃のUKレイヴシーンで生まれていたポジティブな雰囲気によく似た新しいエナジーが滲み出ているような気がしたのだ。

『グッド・ヴァイブレーションズ』をきっかけにデヴィッドの作品を調べていくなかで、近年の彼は故郷のベルファストに戻っているらしいこと、"It's Over, If We Run Out Of Love" はNoel Gallagher との共作で、おそらく2017年にNoel Gallagher’s High Flying Birdsの『 Who Build The Moon?』をプロデュースした際にアルバム未収録だったものを今回新たに自分の作品として完成させた曲らしいということがわかった。それからこの曲について、困難な時代における若者文化への賛歌であり70年代と80年代にベルファストでどんな風に育ったかを思い出すためのものだ、とデヴィッド自身がコメントしている記事にも辿り着いた。そして彼はこう続けている。「僕らの目の前で内戦が勃発していたけれど、僕らの音楽、服、文化がいつも僕らの正気を保っていたんだ。」と。

Just like the nights we sang a young man's song
They said the people's day would surely come
It's over now, if we run out of love
"It's over now, if we run out of love"/david Holmes



さらに、彼がリミックスを手がけたヴァージョンの"Belfast"が今年の夏にリリースされたOrbitalの30周年記念盤に収録されていることを知って驚いた。テクノの黎明期を象徴するOrbitalの1stアルバムに収録されていたこの曲は、ベルファストを訪れた際に「Sugar Sweet」でライブをおこなった時の体験をもとに生まれた彼らの代表曲である。30年以上の時を経てこの曲をデヴィッドがリミックスすることは、Orbitalにとってもデヴィッドにとっても、そしてベルファストという街にとっても非常に感慨深いことだろう。原曲への敬意をしっかりと示し、力強くまっすぐ前へと進むような四つ打ちのリズムを加えたミックスは、曲に込められた想いと特別な夜の空気を静かに蘇らせるようで、その美しさにふたたび胸を打たれる。


最後に、デヴィッドが「Sugar Sweet」について話している2年前の記事をやっと見つけることができた。ジャンルや時代は違えど『グッド・ヴァイブレーションズ』から繋がっていく、弾圧から解放されるための唯一の希望としてのベルファストの熱い音楽シーンの回顧録としてぜひ参考にしてほしい。




★補足記事として『Who Build The Moon?』リリース時のノエルのインタビューも。デヴィッドのファンだったノエルがプロデュースを依頼した話や、アルバム制作時のデヴィッドとのエピソードなどをこと細かく話していてかなり面白い。一度も会ったことはないけれどアルバムのほとんどのベースを弾くファッキン天才としてJason Falknerの名前がここでも登場する。

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