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フジロック2022

今年もフジ・ロック・フェスティバルに行ってきた。数えたら今回で10回目の参加だった。2003年に初めて参加したときは会場から徒歩圏内の民宿に1泊して、次は日帰りで近くの温泉施設で仮眠コース、車で参加もあった。ここ数年は毎年足を運んでいて、みつまたの民宿に土曜泊で日曜のヘッドライナー終了後にツアーバスで朝帰宅や、越後湯沢駅から送迎ありの旅館泊、1日参加で朝までコース、昨年はついにキャンプでテント泊の3日参加と、ありとあらゆるパターンを経験した。

その全部を一緒に過ごした友人が今年はついに行かなかった。たしかにチケット代その他の費用は年々上がっているし、「いつものフジロック」というコンセプトを掲げていたものの、いざ蓋を開けてみると海外勢のラインナップがやや乏しかったように思う。2020年の幻のラインナップがあまりにもよすぎたので比べてしまい自分もなかなか決めかねていたけど、5月の終わりにCorneliusの出演が発表されたので今年はひとりで行くことに決めた。土曜日だけの参加のつもりでチケットを購入した直後、日曜の追加ラインナップに田中フミヤの名前が発表されたのには驚いた。9月に閉店する渋谷contactでの最後のDJプレイとなる29日のパーティーを断腸の思いで蹴って苗場に行く決意を固めたばかりだったので、慌ててそのまま日曜まで残ることにした。今さら取れる宿を見つけるのも困難なのはわかっていたし、昨年のキャンプサイトの気楽さを思い出し、意を決してテントを購入した。こういうときの自分の行動力に我ながらびっくりする。後回しにしていた3回目のワクチンの接種もなんとか済ませておいた。

開催1週間前になんと息子も一緒に行くことが決まった。慌てて荷物の準備をして、バタバタと事前発送を済ませる。作業自体は大変だけど、気分が高まるこの時間は楽しい。そこからは適度な運動と睡眠の確保、食事にも気をつける。開催前のこの1週間が1年のなかで最も体調に気を遣う時期で、ここで毎年自分の体内がリセットされる感じがある。出発直前の金曜日にお目当てのバンド、Say Sue Meの出演キャンセルが発表されて落ち込むかわいそうな息子。同じく私も。

一足先に前夜祭から足を運んでいた別の友人から、木曜日の時点で「現地は雨だよ」と連絡がきていた。ただ、翌日金曜に家で配信を観ていた感じではほとんど雨が降っていなかったし、天気予報も土日はそんなに悪くなさそう。急な雨に対応できるような準備はもちろんしつつも、晴れに賭けて軽装で行った。ネットの情報が発達したせいで、フェスの持ち物や服装等を網羅し尽くしてしまい、快適さを求めるあまり着たくもない登山服を着たり、いざという時に備えて万能なものを揃えた結果、荷物が多すぎてなにが正解かわからなくなっていたのだ。5月に長野のFFKTに行ってみたことでフジの過酷さを思い知ったと同時に、フジの売店がほかではありえないほど充実していることに気づいてしまった。なんでも現地で調達できる安心感があれば多少のことは乗り切れる気がして、今年は好きな服装でいこうと決めた。

7.30.SAT

始発で家を出て越後湯沢まで新幹線で向かう。会場までのシャトルバスにもすぐに乗れた。確か2017年だったか、長蛇の列に1時間近く待たされ、始まる前から心が折れた年があって、あれは異常だったな。数年前のピーク時の混雑とマナーの悪さがコロナでリセットされて、全体的に少し楽になった部分はあるかも知れない、とバスに揺られながら考えていたら、あっという間に会場に着いた。時計は9時すぎ。いつもは会場に近づくとグリーンステージの音で気がつく(そしていちばん胸が高鳴る)のに、開演前に着いたのは初めてで、静かな苗場はなんだか妙な感じがした。荷物を受け取ってキャンプサイトに移動。土曜のわりには比較的空いているような気がしたけれど、荷物を背負ってうろうろ歩き回るのは時間の無駄なので、あらかじめ目星をつけておいた、少し距離はあるが平らでテントも建てやすく空いているというFのサイトを目指す。

この判断が間違っていたことに気づいたのは少し経ってから。たしかに平らでテントも建てやすく空いていた。しかし、地図上ではわからなかったけれど、入口近くからFまでの道のりがかなり急な坂道だった。登ってしまった以上、あとには引けずにそのまま建てたものの、くだりはともかくのぼりがしんどい。天候の変化に合わせて荷物を軽減できるようにキャンプにしたのに、テントに戻るのが億劫で、もしものための雨具を持って出かける羽目になる。幸い、苗場はよく晴れていた。……というか、暑い!


テントを建て終わると入口ゲートでまで急いで、10時半から始まったthe fin.を目指して、遠くから漏れている3曲分の演奏を耳で捉えながらダッシュする。レッドマーキーに到着すると滝のような汗が全身から溢れてきた。単独ライブにも何度か足を運んだことのあるthe fin.。アジアで絶大な人気を誇る彼らを、前回2017年もこの場所で観た。あれから5年、当時と比べるとさらにメンバーも変わり、今回はサポート3人を迎えた5人編成だった。いままで観たシンセ主体の頃よりバンド力が増して少しアグレッシヴに変化したサウンド。"Nite Time"は朝に聴いてもいつだって盛り上がる。ラストの"Glowing Red On The Shore"に見惚れる頃には心も体も涼しくなっていた。サポートのドラマーの人、よかったな。

時間が空いたのでドラゴンドラに乗って、山頂で日中のみ行われているステージ、デイドリーミングへ向かう。ゴンドラからの景色が絶景で、高所恐怖症なのも忘れてつい乗ってしまい、今年も二見湖の青さに心を奪われる。下界よりやや涼しく、人もまばらで居心地のいい空間に到着すると、DJブースからダンスミュージックが流れている。スピーカーの前で半裸で踊る男、トンボを追いかける子供たち、芝生で寝転ぶ人、遠くではヨガが行われている。風が気持ちいい。天国かもしれない、と思う。ここの雰囲気は大昔ドイツのラブパレードに訪れた際に体験した野外パーティー「ユニティー・バス」に少し似ている。DJのSugiurumnがかけたPrimal Screamの"Movin' On Up"のライブver.がその場の開放感を表すように空に向かって鳴り響いていた。最高だ。いつか朝から夕方までここで過ごすような日が1日ぐらいあってもいいかもしれない。明日もまたゴンドラに乗るのもありかもな、と息子も気に入った様子。


ゴンドラで降りて帰るときに、すれ違う人に向かって手を振る。こちらから振ればだいたい振り返してくれるので楽しい。何事もそういうものだよな、とふと思う。自分から手を振る人になろう、と急に深いことを考えはじめるから自然の力ってのは恐ろしい。到着してからまだ何も食べていなかったので、入口ゲート近くの飲食ブース、イエロークリフでスパイスカレーを購入。昨年ほどではないけれど、やはりフードの行列も全体的に落ち着いている。直前キャンセルのショックで若干ヤケクソ気味の息子は、グッズのブースでSay Sue MeのTシャツを2枚買っていた。わたしはとりあえずSundanceのトートバッグだけで様子見。そして一旦テントに荷物を置きに戻ってはみたものの、正直もう何度もここに戻りたくない。疲れた体にあののぼり坂はかなり堪える。

夕方に泣く泣くGrapevineを蹴ってホワイトステージに向かう。途中で横切った壮大なグリーンステージで"さびしさ"を歌う折坂悠太の清々しい声に後ろ髪ひかれながら、しかし今の気分で素直にSnail Mailを選んだ。1stアルバムがリリースされた2018年の来日公演に行った日のことを思い出す。あの頃はまだ10代だったリンジー・ジョーダン。4年のあいだになんて芯の通ったシンガーソングライターに変化したのだろう。堂々としたパフォーマンスで声も出ていたし、ギターも上手く、表現力も格段にアップしている。それでもインディーロックの瑞々しさをぎゅっと固めたような"Pristine"のイントロを最後に聴いた瞬間、OasisのTシャツに短パンのラフな姿のリンジーが19歳の頃と重なってみえた。Grapevineを(田中を)蹴ってまで来てみてよかったかもと思う。

フィールドオブヘブンの雰囲気も大好きだ。ここで椅子を広げてご飯を食べながら、たまたま出会った異国のバンドの演奏に魅了されるのはフジの醍醐味だった。残念ながら飲食店がなくなってしまったのと、今年はこのステージにほぼ日本人アーティストしか配置されなかったので、結局ちらっと眺めながら通り過ぎただけで終わった。その先のオレンジカフェエリアにあるルヴァンでベルベデーレとスコーンを買い、塩ハラミ丼をビールで流し込む。暑い日は特にIPAがうまーい。


20時からのArlo Parksに備えて、ゆっくり移動がてらグリーンステージのFoalsを観に行くことにした。途中ホワイトステージを横切るとGlim Spankyがライブを行っていて、ちょうどいいタイミングで"大人になったら"が始まったので、立ち止まって1曲だけ聴いた。おはようなんて言う気分じゃないのさ、気が滅入る、ああ、ずっと子供でいたいよ。松尾レミのハスキーな歌声が夕暮れの空の色と相まってじーんと沁みた。

ボードウォークを進んでグリーンステージに到着すると、Foalsの演奏が始まっていた。ゼロ年代ディスコパンク寄りの1stしかちゃんと聴いたことがなかったけれど、思った以上に低音の効いたライブ映えのするバンドで、ダンスとロックを融合させた、これぞフジロックのグリーンステージ!というサウンド。フジに行く回数を重ねれば重ねるほどグリーンステージから遠ざかる傾向があって、つまりそれはわたしのことなのだが、初心を思い出すようないいステージを久々に観れた気がする。でも残念ながら次の時間がきた。さっきまで明るかった空は、いつの間にか日が暮れていた。

今回来日してくれた海外勢のなかでもっとも観たかったのがArlo Parksだった。レッドマーキーに到着すると、ステージの上にひまわりが飾られていた。ほどなくして登場したArlo Parksは、全身で音楽を表現するようにステージの端から端へクルクルと動き回りながら歌う。しなやかで、あまりにも美しくて、花のような人。大好きな"Black Dog"を生で聴けた嬉しさで胸がいっぱいになり、思わず涙が出てしまった。Corneliusと被らないタイムテーブルを作ってくれたフジロックよありがとう……と心から感謝した。混雑したフロアの真ん中で、ステージを背に目の前で自撮りを繰り返すカップルに殺意を覚えた時間さえなければ、完璧だったけど!

それから私たちはCorneliusを観るためにホワイトステージへ向かった。この日のライブについては後日ele-kingのウェブサイトにレビューを書いた。

仕事で文章を書いたのが久しぶりだったので、果たして伝わるのかやや不安だったけれど、ツイッターなどを通じて多くの反響があって驚いた。まさかわたしにまであたたかいコメントをいただけるなんて、夢にも思わなかった。Corneliusは本当に愛されているのだなと改めて感じた。音楽の持つ温度に近づくようにと、誰に読んでもらうために、何を書かないでおくかをすごく考えながら言葉を選んだので、「誰も置き去りにせず、その場にいなかった人にも共有することができる」と意を汲み取ってコメントしてくださった方がいたのには感激した。過去の記事はもう塗り替えられないのなら、せめて目の前の出来事に真摯に向き合い、誰かがちゃんと言葉を尽くし続けていけば、未来は少しよくなるんじゃないかとわたしは思う。インディペンデントなクラブカルチャー主体で、フジロックにはほとんど縁のないメディアでありながらも、快く掲載を引き受けてくれたele-kingに感謝している。


7.31.SUN


深夜にキャンプサイト利用者専用の「火打ちの湯」に浸かったのち、就寝。テントを照りつける朝の陽射しを限界まで浴び続けて、耐えきれず8時に起きた。息子のApple Watchの昨日歩いた距離は40km弱。始発で自宅からとはいえ歩いたなー。さすがに疲れが溜まっている。今日は昼間のスケジュールがゆったりで、逆に夜がタイトなので、午前中は無理せずだらだら過ごそうと決めた。朝風呂へと向かった息子を待つあいだ、テント前に椅子を出して陽射しを避けながら、昨日ルヴァンで購入したベルベデーレを食す。ドライフルーツとナッツがぎっしり入ったこれが美味しくて、小腹が空いたときに食べるのにピッタリ。毎年買っている。列の後ろに並んでいた女の子に話しかけられたときにも、思わずしつこくお薦めしてしまった。

テントのフライシートの隙間に居座ってなかなか離れてくれないトノサマバッタと格闘していたら、お風呂から戻ってきた息子に、朝食どうする?と聞かれた。この場合の朝食は朝食ではなく、13時からのグリーンステージのJapanese Breakfastのこと。ぜひとも観ときたいよね、でも友人お薦めのピラミッドガーデンのパンケーキも捨てがたいし……と悩みながらとりあえずキャンプサイトをおりていたら、意外と時間がないことに気づいたので、パンケーキは諦めて早めにグリーンステージのほうの朝食に向かうことにした。オアシスエリアに寄って、これも毎年恒例の越後もち豚を買う。日曜昼の長閑な空気のなか、グリーンステージ前の芝生で食べるもち豚とビールは夏の幸せ。

と思ったら急に真夏の陽射しがぐわーっと本気を出して、ものすごく晴れてきた。こんなに晴れが続くのは2016年以来?雨は困るが晴れにも慣れていないので、慌ててグリーン後方の木陰に隙間を探し、無理矢理座り込んで待つ。都会と違って日陰が涼しくてほんと快適だ。お腹も満たされてしばらくボーッとしていたらJapanese Breakfastが始まった。2週間前のピッチフォークフェスティバルの映像でチラッと観た、犬のブラトップ(激かわいい)で登場。オルタナとポップスのあいだを行き来するサウンドに乗せ、歌の合間に時折ステージ上の銅鑼を叩く姿が無邪気で、なんてチャーミングな人なんだろうと見惚れた。遠くから見ると大自然のなかに置かれたステージがより異空間に思えて、白昼夢を見ているような気分だった。『恋する惑星』の映像をバックにFaye Wongの"夢中人"(オリジナルはThe Cranberriesの"Dreams")をカバーしていたのも合っていた。久しぶりにグリーンステージをしっかり満喫して、ああ、今年もフジロックに来ているのだなー、と今さらながら実感。

今日も今日とてボードウォークでオレンジカフェへと向かう。途中ホワイトステージで鈴木雅之が、違う違う、そうじゃ、そうじゃな〜い〜、と歌っているのがちょうど聴こえてきてなんか得した気分で奥地まで進み、少し小雨がパラつくなかでガパオを買って食べた。別のお店の人が「ただいまネットワークが悪くて電子マネーが使えませーん!」と並んでいる客に説明している。ええー、と困って列から外れる人も。そういえば昨夜ポカリを買おうとしたら電子マネーに長蛇の列ができていて、現金対応の列のほうに移動したら待たずにすんなり買えた。完全キャッシュレス対応とはいえ不具合も発生するので、両方用意しておくのが安心だなと思う。雨は一瞬で止んだ。晴れていても苗場は急に雨が降るものだから、と昨日はレインコートを持ってうろうろしたけど結局降らなかったし、夜も冷えなかったので上着代わりに着ることもなかった。こりゃ多分、今年は雨具は要らないな。

16時からのBlack Country, New Roadを目指してホワイトステージへと移動する。〈Ninja Tune〉から今年発売された2ndアルバムの発表前にボーカルが抜けてしまい、残ったメンバーでバンドを存続させるために今までの曲はやらないと公表していたので、注目が集まっていたバンド。全員フジロックのオフィシャルTシャツで登場した若いメンバー達。誰がボーカルを取るのかと思いきや、1曲ごとに皆で代わる代わる歌うスタイルだった。やはり全部新曲だったようで、でも個性的なメンバーの揃ったBCNRらしい、前衛的でエモーショナルな演奏を披露してくれた。終了直後にベースの子(なんとUndreworldのカール・ハイドの娘らしい)が感極まって泣いていた。普通に観てしまったけれど、これを達成するには並大抵ではない努力が必要だっただろうなと終わってから気づく。今まで観たことないタイプの音楽だった、と息子が言うので、サウス・ロンドンには他にもああいう人達がいるんだよ、と答えた。そういえば昨日のArlo Parksもサウス・ロンドン出身だし、このあとのTom Mischもだ。


Superorganismが観たい息子とはここで別れて、わたしはレッドマーキーの小袋成彬を観に行く。昔のような大混雑がないので、ホワイトからグリーンへ向かう道もスイスイと進むのがありがたい。最も混んでいた時期はここの移動だけで30分近くかかっていたものだ。この後の夜のスケジュールを考えると、一旦どこかのタイミングで休んでおきたい。あとですぐテントに戻れるようにと、少し空いた時間で先に友達のお土産Tシャツを買うため、入口の物販ブースへまた寄った。イエロークリフの近くに設置された巨大モニターには、今まさに会場で行われているライブの様子が映し出されている。そこで登場したPunpeeのニセモノにまんまと騙される純粋なわたし。

レッドマーキーの小袋成彬のステージは素晴らしかった。1ヶ月前に観に行ったツアーの集大成と話していただけに、ツアーメンバーとの掛け合いも仕上がっていて、盛り上がりも最高潮、音も相変わらずよかった。さっきお兄ちゃんのステージに出てたかどうかは知らないが5lackが登場して"Gaia"を一緒に披露してくれた。幸せ。しかし後日、このとき配信を断った理由を語ったMCが炎上したというので一応見てみたけれど、うーん、あれはわざわざそこに足を運んだ観客に感謝の気持ちを伝えるために用意された言葉だったと思うし、そもそも彼は今回のツアーでもロンドンで自分が感じているのバイブスを伝えたいと言って音のいいサウンドシステムにこだわったり、集中して観てもらうために撮影ができないよう入場口でスマホに貼るシールを配るほど極端に現場の体験を大事にして試行錯誤していたので、配信を断るのは当然のことだと思う。言葉が独り歩きして向けた先とは違う方向へ飛んでいき、誰かを傷つけてしまうことはあるけれど、本質を理解しようとしない人がさらにそれに簡単に乗っかって広げていくのはSNSの嫌なところで、それに対して立場の違う人の考えにも歩み寄り、解決しようとした彼のSNSの使い方は正しかったと思う。

小袋さんが終わって、そのまま仮眠を取るためにテントに戻ろうと橋を渡って急いでいると、遠くから聴いたことのある曲が聴こえてくる。……わ、Tom Mischだ、忘れてた。でも疲れているしもういいか、と一瞬諦めかけたところで、いやいやいや観とこうよ!と、もうひとりの自分が引き止め、慌ててグリーンステージに寄る。音源で聴いていただけでよくわかっていなかったけど、こんなに大人数のバンド編成で演奏するんだ?とちょっとたまげた。体調不良で直前のツアーをキャンセルしたにも関わらずフジロックには来てくれてありがとう、と感謝しながら2曲ほど聴いて、これ以上は情が移って最後までいてしまうぞ、と心でしくしく泣きながらトムにさよならを告げ、その場を離れた。今夜はまだまだ長いからとりあえず眠ろう。急いでテントに戻って、20時半まで寝てからピラミッドガーデン近くの「苗場の湯」に寄れば22時からのSilent Poetsに間に合う。完璧。と、アラームをセットして寝袋に入ったのが19時半過ぎのこと。


よく寝たなー、と思って暗がりのなかでスマホの時計を覗くと21時50分。……え?……ええー!寝過ごした。完全に寝過ごした。アラームにも気づかないほど熟睡してたの!?とスマホを確認したら、なんと間違えて22時半にアラームをセットしていた模様。どうしよう。間に合わない。慌てて22時に向こうで待ち合わせをしていた息子にLINEをして、準備しておいたお風呂セットを抱えてピラミッドガーデンへ急ぐ。本気を出したので意外と早く到着できた。キャンドルに囲まれたステージでSilent PoetsのMinimal Reggae Setが始まっていた。低音が響いて幻想的で心地よい。しかしさっきテント前に広げたまま置いていた折り畳み椅子が夜露で濡れていたらしく、座った途端にお尻が冷えてきた。ちょっと寒い。そう思った瞬間にまさかの雨。この期に及んで雨が降るとは。昼間は2日間とも降らなかったので完全に気が緩んでいて、雨具を何も持たないまま来てしまった。夜空を見た感じ、長く降りそうな雨雲ではないけれど、帽子すら被ってこなかったので、この時間に全身が濡れてしまうと体力を奪われて絶対動けなくなる。無駄に積みあげた長年の経験からわかっていたのと、昼間にたっぷり汗をかいて冷えたTシャツを今のうちに着替えたいのもあり、Silent Poetsはもうきっぱり諦めて、びしょ濡れになる前に近くの「苗場の湯」へと走った。

汗を洗い流して温かいお湯に浸かるだけで生まれ変わった自分がいた。雨具を忘れるという痛恨のミスなどもう忘れ、お風呂セットを持ってきたのナイス判断!と瞬時に立ち直った。外に出ると雨も弱まっていたので、タオルを被ってさっさとテントに戻る。レインハットのみで耐えた息子はどうやら強い雨に打たれたらしく、さらにわたしと違って朝から仮眠なしの疲労まっしぐらコースを突っ走ったため、遅れてテントに戻ってくるとかなりぐったりした様子。少し休んでから行くと言う息子を置いて、深夜に落ち合う予定だった友人から電話がかかってきたタイミングでテントを降り、レッドマーキーに向かった。

近頃お世話になりっぱなしの頼れる友人と最後にまたもち豚を食べようと思ったのに残念ながら売り切れていたので、ソーセージを食べた。そういえば昨日も何人かの友人と会場で会って写真を撮ったりしたけれど、息子以外の人と一緒に何か食べたのはこの数分だけだったなとあとで気づいた。25時から田中フミヤのDJが始まるのですぐレッドマーキーに戻った。お馴染みの"あなたもロボットになれる"のRemixからスタートしたので喜ぶわたし。1週間前に体験したcontactの10時間ロングセット(!)がものすごくよかったので、2時間ではちょっと短すぎてDJのよさが伝わらないのではと若干心配していたけれど、いつものスタイルを崩さずしっかりフロアのテンションをあげていく技術はさすがだと思った。フミヤさんから石野卓球に交代する瞬間を、わ、「CHAOS TAB DISCO」じゃん!と懐かしがりながら、この目でしっかりと見届けた。

このとき、ずうっと会いたかった友人に20年弱ぶりに再会した。クラブに行き始めたばかりの19歳のまだ友達もいなかった頃、新宿リキッドルームのトイレで、ひとりで来てる女の子なんて珍しいから、と声をかけてくれた子だった。会わないあいだに結婚したと聞いていたので、幸せそうな姿を見てホッとした。テントで爆睡して肝心の田中フミヤを見逃してしまったかわいそうな息子も途中で連れてきた。卓球がDJの最後にUnderworldの「Rez」をかけたので、その子と2人でキャアキャア言って踊った。昔にタイムスリップしたみたいで、いろんなことを思い出して泣きそうになった。いつもの友人がいない寂しさや、急な感染拡大に伴う不安や、直前の親の病気などどうにもならない事情が他にもあって、これで本当に楽しめるのかと様々な葛藤を抱えながら当日を迎えたけれど、偶発的な出来事が必ず起こるこの場所に今年も無事に来れてよかった、としみじみ思った。

最後に友人と、歳をとるのも悪くないね、なんて笑い合ったそばから、彼女の旦那さんに「老けたなー」とからかわれた。年に1度のフジ・ロック・フェスティバルの最終日の朝の、すべてが終わった瞬間なんて、そりゃあ1年でいちばん老けてるっつーの!と言い返せないまま、今年も少し早めの夏休みが終わった。帰宅後に体重計に乗ると、2キロ痩せていた。


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