唯一無二の榛名しおり。
榛名しおり、という作家さんをご存知でしょうか。
1990~2000年代のホワイトハートでたくさんのヒストリカルロマンを紡がれてきた方です。あまり身体が強くないためたびたびの休筆を挟みながらも、根強いファンの求めに応じて、息長く新作を書き続けてくださっています。
去年は講談社ノベルスで『幸福の王子エドマンド』『虚飾の王妃エンマ』という対の物語が出版されました。
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◆どの作家さんとも重ならない人物描写
榛名さんのヒロインはみんな、生来の知性、犯しがたい高貴さ、底なし沼のような劣等感、海のような母性、そして吸い込まれるような幼さをさまざまな割合で備えていて、ほんとうに、どんな作家さんの描くヒロインとも似ていない。
そして、メインの男性キャラクターに見られる不思議なおおらかさ、茶目っ気、からりとした気持ちよさ、誰もが愛してやまない笑顔もまた。それらを描く眼差しから感じる、男の子⎯⎯少年/青年/壮年/老年、どの年代の男性であれ、彼の根っこにいる小さな男の子⎯⎯への、大地のような優しさ...。
いまだ誰とも重なることのない、この強くやわらかな描写はなんだろう。これは実際に何人も子供を育ててこられたからなのかな。(榛名さんは4人のお子さんのお母さんです)
榛名作品の主要キャラクターは、周りの人間を不思議と惹きつける天性の魅力を備えていることが多いのだけど、それは読み手である私たちまで作用する。読んでいると本当に心惹かれてしまう。
◆少女系でのおすすめ作品は『マリア』『マゼンタ』
どれから読めば? という方への案内としては…やはり、榛名さんのすべてがつまった処女作『マリア ブランデンブルクの真珠』かな。
「しかしそれでは、私がミクエル様にしてさしあげられることが何ひとつない。私があの方のそばにいて、いったいどれだけのお役に立つというのか、いまの私にはわからない。この運命に流されるままどれほど幸せな暮らしを送ろうとも、それではなんとも心もとない。私は」
マリアの瞳から涙がこぼれた。
「愛することは、自分で決めたい」
夫人は驚いてこの十四の少女を見た。
歯を食いしばると、次の瞬間、マリアはその背中に向かって駆け出していた。
けっして泣きながら追いすがったのではなかった。マリアはひたすら前を向いて走った。
この、マリアの強さ…!
外伝『マゼンタ色の黄昏』も併せて是非。
この二作(正確には『王女リーズ』を含めた三作)が私のオールタイムベスト。何度読み返したか。それでもちっとも色褪せない、もはや古典的名作。
読む順番は、やっぱり刊行順(マリア→マゼンタ)かな。でも時系列(マゼンタ→マリア)で読むのも良いものです。
*
マリアが1996年、マゼンタが2000年…! はじめて見た時、たしかに新刊書店に並んでいたのが不思議な気持ち。この頃から20年ちかく、ずっと一軍本棚の一等地に並んでいる二冊。
エルザの強い眼差しに惹かれてのジャケ買いだったんだと思う。この、まるで喪服のような黒いドレスの異様さと艶やかさ、繊細なレースにリボン…...池上さんの挿し絵、このころのものが一番好き。
マリアよりも艶やかで狂おしい、エルザ、フランツ、ユリアの恋物語――。
これ以上なく作品を伝えてくれるコピー。
◆禁じ手:「お返事ペーパー」を先に読む?
「お返事ペーパー」とは、ファンレターへの返信として、感想への返事と、作品についての執筆裏話などを書かれたもの。デビュー作から『マゼンタ』までの期間、全部で15通あります。
ファン必見のメッセージ。逆にネタバレありなので未読の方はご注意!
*
……でももし、知らない人が、「これを読んで興味がわいたから」と書籍に手を伸ばすことになったなら。それはきっと、榛名作品を一生読まずに終わってしまうよりずっといい。
というわけでいくつか引いてみたい。
特に心に残っているのは、『アレクサンドロス伝奇』シリーズ完結時のお返事ペーパー。
サラについていえば、
彼女には最後に、作者を超越されてしまったなあと感じています。
私は信条として、
自分がいえないようなせりふは、登場人物にいわせない……はずだった。
だけどサラは、おかまいなしでいうんだよ。
「一生分愛した」
これは、いまのハルナには絶対にいえないなあ。
こうして書いていると、
もっともっとサラとつきあっていたかったなあと言う気持ちがつのります。
サラは作者の分身などではなく、
いいも悪いもすべてしってる、よき幼なじみといった存在でした。
また彼女やティナみたいなキャラクターに巡り会いたいねえ。
サラはアイキャッチ画像の娘です。
「いつどういう死に方をするにせよ、
死ぬ瞬間に、
まあよくやったよと、自分をほめたい」これが、ハルナの根っこです。
幸せにぬくぬくと暮らした期間の長さを誇るよりも、
一瞬でも自分が輝いた記憶を、大切にしたい。そうすれば、
死ぬとき自分をほめてやれる――ハルナにとっては、
それが何よりのハッピーエンド。
いわゆるハッピーエンドではないけど「救われる」、それが榛名作品。
たった一瞬でも「すべてが報われる瞬間」があったなら、それはけしてアンハッピーではないんだよ、って。
生まれ落ちた瞬間から悪女なはずはない。何が彼女を悪女にしたのか ハッピーエンドとは何なのか (講談社現代ビジネス)
※過去作品を振り返る『書き仕事の日々』もオススメです。
◆『幸福の王子エドマンド』『虚飾の王妃エンマ』はどちらから?
この二つもまた、どちらから読んでも良い表裏の作品。私は迷いに迷って、帯を書かれたはるな檸檬さんのおすすめ通りの順番に読みました。
両方読み終えての結論は、この順番で良かった!
……ただね、ここで「もし自分がまっさらの読者だったら」と仮定してみると、答えは変わります。
『エドマンド』を先に読んだら「この一冊でいい」と思ったのではないかな、と。あと一冊、裏の物語を読もうとは思わなかったような気がする。
なので私は、両方読むのが確定しているなら『エドワード』から、一冊で終わるかもという方は『エンマ』からとおすすめしたい。
「対(つい)」となる二つの物語です。どちらから先に読んでいただいても結構です。片方だけでも大丈夫。いったいどちらから読んだらいいのか…う~ん、おこたえするのがむずかしい。手にとって、うん、こっちだと感じた方から読んで下さって大丈夫です。
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