見出し画像

住みたい街ランキングの虚実 第2回 調査手法の変更が生んだ「住みたい街」戦国時代

 やはり長いので3回に分けます。第1回の記事は下記からどうぞ。


住みたい街ランキングの虚実
第2回 調査手法の変更が生んだ「住みたい街」戦国時代

 前回述べたように、「住みたい街」ランキングにおける吉祥寺の覇権は、2015年頃に潰えることになりました。その理由の一つとして、質問の仕方を変える動きが挙げられます。

 自由回答で回答を迫るために定評に従った回答をしてしまう人が多いのだとすれば、一般的なアンケート調査と同様に選択肢を提示すればよさそうです。そうすれば、「とりあえず吉祥寺」のような回答は減りそうなものです。

 しかし、そもそも「住みたい街」をほとんどの回答者が事前に持っておらず、その場で思いついて回答することに無理があるわけです。このとき、選択肢を提示したとしてもその提示の仕方などで簡単に回答が変わってしまいます。

 表1-1、表1-2に示されるように調査主体や時期によって傾向がバラバラな「住みたい街」戦国時代が生まれたのには、この選択式の導入が要因として関わっているのです。

麻布十番の急伸――選択方法で大きく変わるランキング

 メジャーセブンの調査は、2014年までは長谷工アーベストと同様に自由回答で住みたい駅を聞いていました。しかし15年に、197の選択肢から上位3つを選ぶ方式へと変更しました[1]。その結果、吉祥寺に代わり恵比寿がトップとなり、第3位には前回14位の麻布十番が入ることとなりました。やはり、自由回答形式が吉祥寺を“後押し”していたと言えそうです。

 さて、このひと段落の僅かな情報で違和感を覚えたなら、本書(『データ分析読解の技術』)で示してきたデータ分析を読解する力がだいぶ付いてきたと言えます。

 いきなり麻布十番がトップ3に入ってきたのはなぜ? 南関東に絞ったとしても、駅の数が197なのは少なすぎでは? こういう疑問が即座に思い浮かんでくることが、データ分析に騙されないためには重要です。

 このメジャーセブンのランキングで急浮上したのは、麻布十番(14位→3位)だけでなく、表参道(12位→4位)、青山一丁目(21位以下→8位)、みなとみらい(21位以下→9位)などが挙げられます。急落したのは、横浜(3位→10位)、広尾(5位→11位)、中目黒(8位→15位)、代官山(10位→16位)などです。

 関西のランキングの変動も紹介しておきましょう。14年のトップ6は西宮、芦屋、梅田、神戸、夙川(しゅくがわ)、三宮でしたが、152駅から選択した15年のトップ6は芦屋、梅田、岡本、夙川、三宮、嵐山でした。急浮上したのは、嵐山(21位以下→6位)、芦屋川(21位以下→7位)、烏丸御池(21位以下→9位)、急落したのは西宮(1位→11位)、神戸(4位→17位)、京都(10位→21位以下)です。

 ここまでしつこく示せば気が付いたかもしれませんが、15年のメジャーセブンの「住みたい街」ランキングは、吉祥寺がトップから落ちただけでなく、「あ」で始まる駅、あるいは「あ行」の駅名が急伸したことに特徴があるのです。

 選択肢を示す質問では、回答が選択肢のリストの前のほうに集まることがよくあります。少ないと言いましたが、197も選択肢があれば後ろのほうは見てももらえないことがあります。第1位の駅名は真剣に考えたとしても、第2位以下は手早く回答するために最初のほうの選択肢の中から“らしい”駅名を選択して終えることもあるでしょう。

 メジャーセブン15年調査の選択肢は五十音順のリストになっていたため、「あ」で始まる駅名の選択率が高くなったのではと予想されます。「あ行」でないみなとみらいや烏丸御池が伸びたのは、文字数が多く、リストの中で目立ったためではと想像されます。

 さすがに気が付いたのか、メジャーセブンの調査では16年に選択の方式を再び大きく変更したようです[2]。選択肢として示される駅の数が1544(南関東)、1160(関西)に増えた以外の情報はありませんが、麻布十番、青山一丁目、芦屋、嵐山などが急落し、目黒、中目黒、西宮北口、宝塚が上昇しています。芦屋川や岡本(ともに阪急神戸線)が低下しなかったことから、おそらく、次に紹介するSUUMOと同様に「路線名」→「駅名」と選択する形式に改めたのだと考えられます。


横浜の台頭――非住宅地に「住みたい」人が多いのはなぜ?

 選択肢の順序の回答への影響は昔からよく知られたものです。そのため、インターネット調査では、選択肢の順番をランダムに入れ替えて提示することがよく行われています。

 もっとも、100以上の選択肢をランダムの並びにしたら、目的の選択肢を探すだけでも一苦労です。それが1000以上ともなったら真面目に答えるのが馬鹿らしくなるでしょう。SUUMOの調査で「路線名」→「駅名」と選択していく形式を採用しているのは、選択肢を探しやすくする当然の工夫と考えられます。

 初期は不明ですが、SUUMOは少なくとも2013年からこの選択方式を採用していたようです。13年~17年のランキングでは吉祥寺、恵比寿がトップ2を占め、14年を除き3位には横浜が入るというパターンでした。長谷工アーベストの自由回答の傾向にも、先ほどのメジャーセブンの選択式調査の傾向にも似ています。無数の選択肢を提供したとしても、定評を基に選択する人が多いのではと見受けられます。

 ところが、18年に、このSUUMOのランキングに異変が生じます。この年のランキングでは横浜が首位に立つだけでなく、大宮(15位→9位)、浦和(19位→10位)、船橋(69位→18位)、川崎(30位→20位)、柏(34位→21位)、津田沼(44位→28位)と東京都以外の3県の駅の上昇が目立ったのです。

 この変化も調査手法の変更が影響しています。この年の調査から、駅名の選択方法が「路線名」→「駅名」の2段階から「都県」→「路線名」→「駅名」の3段階に変更されたのです。

 このように都県選択が導入された結果、東京から3県に票が散らばり、各県の中でも利便性が高い、あるいは印象の良い人気路線の利便性の高い駅の票が伸びたのだと考えられます。

 横浜駅が首位に立ったのも、最初に神奈川県を選択する回答者が多かったことと、JR京浜東北線や東急東横線という人気路線の重要駅であることが主な要因でしょう。

 ただ、「住みたい街」がテーマのランキングとして見れば、横浜駅の首位は吉祥寺駅以上に疑問を抱かせます。横浜駅を最寄とする周辺地域は、商業地域、オフィス街が広がっており、とても住宅地とは呼べないためです。この場合の「住みたい」とは、いったい何なのでしょうか?

 長谷工アーベストなどいくつかの調査では自由回答で「住んでみたい理由」を聞いています。横浜駅に関してその理由を見ていくと、中華街や山下公園が登場していたりします。ただこれらは、横浜駅からみなとみらい線で5つ先の元町・中華街駅が最寄です。

 また、「国際的」や「異文化」といった言葉も見かけます。横浜駅西口の歓楽街に行けば国際性を感じる機会もあるかもしれませんが、それはおそらく回答者の意図とは異なるものでしょう。これはあくまで筆者個人の見解ですが、「街並みがきれい」、「おしゃれ」も横浜駅周辺を見てはなかなか出てこない言葉です。

 このように見ていくと、横浜駅に票が集まっているのは、おそらく横浜という単語から想像されるあらゆる好印象を横浜「駅」が代表しているためと考えられます。多くの人がイメージする横浜、あるいはヨコハマは、横浜駅の周辺にはあまり無いのにです。

「住みたい街」を普段から考えている人は少ない

 表2は、SUUMOの「住みたい街ランキング2021関東版」の住みたい街(駅)ランキングの得点を駅所在自治体ごとに集計し、住みたい自治体ランキングの得点と比較したものです。これを見ると、横浜駅が所在する横浜市西区の得点は639点であるのに対して、同区内の駅の得点は1387点と2倍以上となっています。横浜駅単独でも1163点と2倍近くになります。

 得点が低くプレスリリースに示されない駅が多いことから、このように自治体の得点を自治体所在の駅合計得点が大きく上回る例は少なく、自治体得点が公表されている134自治体のうち16しかありません。自治体得点と駅得点の乖離を示す値217%はその中でも最大の値で、横浜「駅」が所在する地域(西区)の「住みたい」という印象を遥かに超えて得票していることがよくわかります[3]。

 一方、横浜市西区に隣接する中区の駅合計得点は少なく、駅選択の調査では印象を横浜駅に奪われてしまっていると表現できます。実際、中華街や山下公園だけでなく、汽車道、赤レンガ倉庫、横浜港大桟橋、港の見える丘公園、三渓園、根岸競馬場跡など、横浜を代表する観光名所の多くが中区にあります。高級住宅地として知られる山手町も中区内です。

 ただし、「住みたい」自治体の回答のほうが街名・駅名よりも適切というわけではありません。横浜駅がどういうところか知らない人が多いのと同様、横浜市中区がどの辺りなのか知らない人も大勢いるはずです。何となく真ん中にありそうな名前なので選ばれているだけかもしれません。

 より顕著なのは神奈川区で、区内の駅の得点はかなり低いのに、自治体の得点はかなり高くなっています。その名称から、神奈川県の中心地だと思われたのかもしれません。

 街名・駅名で聞いた場合と自治体名で聞いた場合とで回答傾向が異なるのは、結局のところ「住みたい街」について確固たる意見を持っていない回答者が多数いるためです。回答者の意見が明確でなければ、自由回答か選択肢を提示するか、選択肢を一覧で提示するのか、路線名や県名をまず選択させるのか、自治体名を選ばせるのかといった、質問の設計の違いに応じて回答が大きく変わることがあるのは、仕方がないことなのです。

 調査を受ける前から真剣に住みたい地域を具体的に考えているならともかく、多くの人は調査を受けて初めて「住みたい街」を用意することになります。自由回答であれば世間の定評を参照するでしょうし、選択式なら選択肢を見ながら考えるので、どうしても質問の設計に影響されます。

 「住みたい街」に限らず、アンケートで人の意見を調べる際には同様の問題が生じます。社会調査の教科書では、質問作成の際には「ふだん考えたことのないようなことを質問しないこと」と注意しています(杉山明子著、氏家豊改訂「調査票の設計」杉山明子編著『社会調査の基本』朝倉書店、2011年)。実務や研究の都合で聞かざるを得ないにしても、アンケートの実施者や分析者は、多くの回答者は質問のテーマに知識も関心ないという前提で調査結果を扱い、解釈する必要があります。

 もっとも、社会に出回っているアンケート調査のプレスリリースやレポートの多くは、それとは正反対の、慎重さの欠如を披歴するかのような代物となっていますが。

 次回は、アンケートを用いないHOME’Sの住みたい街ランキングについて取り上げます。ここまで読んで面白かったという方は、拙著『データ分析読解の技術』もぜひお読みいただければと思います。


[1] 「第23回 住んでみたい街アンケート(首都圏/関西圏)2015年」MAJOR7、https://www.major7.net/contents/trendlabo/research/vol023/

[2] 「第24回 住んでみたい街アンケート(首都圏/関西圏)2016年」MAJOR7、https://www.major7.net/contents/trendlabo/research/vol024/

[3] なお、この駅と自治体の乖離を示す値の2番手は和光市(和光駅)であった(212%)。これは、和光駅が埼玉県唯一の東京メトロの駅であることが影響していると考えられる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?