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住みたい街ランキングの虚実 第1回 吉祥寺覇権とその終焉

 拙著『データ分析読解の技術』に長すぎて入れられなかった原稿を公開します。本書の狙いや雰囲気などが掴めると思います。長いので2回に分けます。


住みたい街ランキングの虚実
第1回 吉祥寺覇権とその終焉

 「住みたい街ランキング」なるものをニュースなどで見かけたことのある人は多いと思います。このランキングは、何らかの数字に「住みたい」という意味を与えたり見出したりして生み出される分析結果の一種です。

 ここまでの章(※第1章~第5章)をお読みの方は、この説明だけで「議論と数字のズレ」の臭いを感じ取ったと思います。実際、住みたい街ランキングを考察することは、議論と数字のズレ、つまり分析者や分析利用者の主張がその根拠とされる分析結果から乖離するような、データ分析が失敗する基本的なパターンを理解するうえで有益です。そうでなくとも、データ分析をどのように読解すればよいのか考察する好材料となりますので、ここでは独立した読み物としてこれを取り上げたいと思います。

 せっかくですので、本文に入る前にみなさんも自分が住みたいと思う街(駅名)を第1位から第3位まで頭に浮かべてみてください。なお、この記事では基本的に関東のランキングについて取り上げますが、みなさんの思考を試すわけではありませんから、お好きな場所を思い浮かべていただいて大丈夫です。


「住みたい街」ランキングの開始と広がり

 過去に散発的な調査はありましたが、「住みたい街」に関する定期的な調査やランキング発表の歴史はそれほど長くはありません。

 その最初期のものは、角川書店が発行していた週刊誌『東京ウォーカー』が1998年に発表を始めたランキングです(発行所、発行間隔、雑誌名は当時)。その第1回とされるものは、様々なテーマに関して読者投票で東京の街を順位付けする企画の中のひとつでした。その「住んでみたいタウンベスト38」の1位は下北沢、2位吉祥寺、3位鎌倉でした。

 その後、この東京ウォーカーの順位付け企画はそのテーマの数を減らし、その中で住みたい街ランキングが主要テーマとなっていきます。もっとも、この雑誌の一企画が世間的にどの程度のインパクトを持ったのか定かではありません。

 画期となったのは、2003年に行われた長谷工グループのマンション販売会社・長谷工アーベストによるインターネット調査です[1]。

 同社のプレスリリースによれば、このときの調査では1万718人の首都圏在住者にメールでアンケートへの回答を依頼し、1166人程度から回答を集めています。各回答者は順位を付けて3駅を回答し、1位3ポイント、2位2ポイント、3位1ポイントとして駅ごとにこれを集計していました。このときの第1位は自由が丘駅、第2位は吉祥寺駅、第3位は鎌倉駅でした。

 この調査結果は、この種の定期調査として初めて全国紙で取り上げられるものになりました[2]。そして、これを真似て他の不動産関係の会社も似たような調査を実施し、広く発表し始めました。長谷工アーベストの調査は、住みたい街ランキング・ブームを作り出したと言って過言ではないでしょう。

 実際、インターネットでアンケート調査を行う、自治体名ではなく駅名を聞く、駅名を選択ではなく記入する形式で回答する(自由回答)、3位まで住みたい街を挙げてもらう、各回答者の順位をポイント換算して集計するといった同社調査の特徴のいくつかは、後に紹介するように他社の調査にも受け継がれています[3]。


住みたい街=吉祥寺の定着

 住みたい街ランキングに関する報道を見聞きしていた方は、住みたい街=吉祥寺という印象を持っている方が多いと思います。この印象を最初に広めたのも、この長谷工アーベストによるネット調査です。第2回調査に当たる2004年から19年まで、調査が実施されなかった2008年を除き、同社が発表するランキングでは吉祥寺駅が15回連続で第1位となったのです(表1-1)。

 この吉祥寺の“覇権”は、長谷工アーベストによる調査に追随して行われた他社の調査にも伝播しました。

 不動産ポータルサイト・HOME’Sを運営していたネクスト(当時)が05年末に20歳代と30歳代を対象に行ったインターネット調査では、住んでみたい街の最寄駅を自由回答で一つ聞いていましたが、吉祥寺は性別問わず「住みたい街」1位となりました[4]。その後、断続的に報告された同社調査では、16年まで吉祥寺が第1位の座を占め続けました(表1-2)。

 マンション分譲大手8社(当時)が運営するマンション情報サイトメジャーセブンがマンション購入意向者とサイト利用者に対して行っているアンケート調査でも、08年の「第9回住みたい街アンケート」でそれまで首都圏トップだった自由が丘に代わり吉祥寺がトップとなりました[5]。その後、同調査で吉祥寺は14年まで1位を占めることになります(表1-2)。

 リクルート住まいカンパニーが運営する不動産情報サイトSUUMOは、2010年から住みたい街ランキングを発表し始めました。その第1回にあたる「みんなが選んだ関東の住みたい街ランキング」[6]で吉祥寺は1位となり、15年までトップを維持しています(表1-2)。

 不動産関係企業以外の調査でも、同様の結果が報告されています。日経新聞が2005年にインターネットで行った「東京の街イメージ調査」において、吉祥寺は「ついの住み家にしたい街」の項目で1位となっています[7]。また、インターネット調査会社のマクロミルが06年に20~69歳の東京都在住者を対象に行った調査では、自由回答形式で3つまで東京都内で「住みたいと思う街」を回答させていましたが、1位吉祥寺(14.9%)、2位自由が丘(7.6%)、3位恵比寿(5.0%)という結果でした[8]。

 そして、“元祖”にあたる東京ウォーカーの読者調査でも、吉祥寺は2005年からトップに立っています。それまで3年連続トップ3に入れず、同誌命名の「三大人気タウン」(他は下北沢、三軒茶屋)の中で“最弱”だったところからの“挽回”でした(表1-1)。

 このように、吉祥寺は「住みたい街」の代名詞の地位を固めていったのです。


買って住みたい街・船橋の衝撃

 この吉祥寺の牙城に綻びが出始めたのは2015年からです。メジャーセブンの2015年調査、SUUMOの2016年調査で恵比寿が首位となったのです。

 しかし、最も衝撃を与えたのは2017年にネクストが発表したランキングでした。この「2017年HOME’S住みたい街ランキング」で「買って住みたい街」1位となったのは船橋(千葉県)、「借りて住みたい街」1位となったのは池袋でした。

 特に「買って住みたい街」は、3位浦和、4位戸塚、5位柏と、これまでのランキングとは全く様相の異なる駅名が並ぶ一方、吉祥寺はランキングから消えたため、「その内容にネット上で驚きの声が広がった」[9]のです。

 実際のところ、このように極端な変化が生じたのは、人々の「住みたい」を計測する指標を根本的に変えたことが原因でした。同社調査は、インターネットでのアンケート調査によるポイント集計から、「HOME’Sに掲載された賃貸物件/購入物件のうち、問い合わせの多かった駅名をそれぞれ集計」[10]する方式へと、ランキングの前提となるデータ自体を全く別のものにしてしまったのです[11]。

 曰く「検索・問合せ数をベースに算出した“実際に探されている街/駅”のランキング」は画期的なものと言えます。しかし、その「総評」ではそれまでと全く異なる方式であることに触れずに「例年の傾向」と比較しており、「首都圏で都心から近郊に位置するエリア以外の駅が1位となったのはここ3年で初めて」と述べ、その原因として住宅価格の高騰を挙げつつ「都心~近郊エリアの人気住宅地を擁する駅のランキングが相対的に下がったものと考えられます」と分析していました。

 事情はわかりませんが、データ変更の情報が内部で共有されていなかったなど、当の発表者側も混乱していたのかもしれません。第4章でも述べたとおり、分析にどのようなデータを用いているのかは、データ分析を読んで理解する際に特に注意したいポイントです。

 ともかく、前提となるデータの変更によりネクスト(2017年中にLIFULLに社名変更)のランキングで吉祥寺はその存在感を失うことになりました。そして同時期に、従前のネットアンケート形式のランキングでも吉祥寺は徐々に後退しています。

 SUUMOでは2017年に首位に返り咲きましたが18年以降は横浜、恵比寿に続く3位となっています。メジャーセブンでは15年の首位陥落後返り咲くことはなく17年以降は3~5位にとどまっています。

 そして、住みたい街ランキングの老舗であった長谷工アーベストの調査でも、吉祥寺は2020年に横浜に首位の座を明け渡しました。もはや吉祥寺は「住みたい街」の代名詞ではなくなったのです。


自由回答で再生産される「住みたい街」の地位

 ところで、なぜ吉祥寺はこれほどまでに“支持”を集めたのでしょうか?

 吉祥寺は、それこそ東京ウォーカーをはじめとする情報誌やテレビなどで好意的に取り上げられることが多く、人を惹きつける街だったと述べることはできるでしょう。

 しかし、冷静に考えれば、そうした人気と「住みたい」という欲求との間には落差があります。おそらく調査回答者のうち、吉祥寺に何度も行ったことのある人はそれほど多くはないでしょう。まして、商業地ではなく住宅地として周辺をくまなく見て回った人、スーパーや学校などの住環境を真剣に検討した人はかなり少ないはずです。

 それにもかかわらず、回答者は回答を要求されます。これが、吉祥寺が選ばれやすかった理由のひとつと考えられます。

 多くの回答者は、自分が「住みたい」と思う街や駅はどこかを日ごろ考えていたり、その答えを持っていたりするわけではないので、質問を受けた際にその場で考えて答えることになります。この記事の冒頭で、「住みたい街」を3位まで思い浮かべていただいた方も、即座には3つの街を用意できなかったのではないでしょうか?

 インターネット調査に多くの方が回答するのは、回答すれば何らかの報酬があることが多いでしょう。それはポイントでもプレゼント抽選でも何でもよいですが、多くの方は真面目に答えこそすれ、回答に多大な時間をかけるわけではありません。聞かれて初めて考える問題は、意識的に、あるいは無意識のうちに、他人(世間)の意見を参考に回答することが多くなります。多くの人が「住みたい」と回答した街、上位に入ると予測される街は、その後の回答者も「住みたい」と回答しがちになるのです。

 吉祥寺が「住みたい街」として挙げられ続けたのは、元々人気があることに加えて、多くの人が各種調査で「住みたい街」に挙げたからと考えられます。ランキングが自身を補強している、ランキングがランキングを再生産する側面があるのです。これは「住みたい街」に限りません。

 そして、ここで影響していると考えられるのが自由回答というデータの取り方です。先に述べたように長谷工アーベストをはじめとする多くの調査では、住みたい街や駅の名前を回答欄に直接記入してもらう形式で得ていました。このような選択肢を提示しない質問に対する回答は、回答者が有している知識や情報にかなり左右されます。

 「住みたい街」のような、日常でそう聞かれることのない、答えを用意していない質問は、他人による定評、思い出しやすい回答、無難と思われる答えが選択式よりも出やすいのです。

 拙著『世論の曲解』では、ポスト小泉の総裁レースにおける「次の首相にふさわしい政治家」の質問で、首位だった安倍晋三衆院議員(当時)の割合が選択式よりも自由回答で突出していたことを示しました。多くの人は、選択肢を示されなければ福田康夫や麻生太郎という名前を出せないわけです(もう一人は誰でしたっけ?)。

 そして、吉祥寺の“覇権”が終わりを迎えたのは、長谷工アーベスト以外の調査で自由回答を止めたことが主な要因として考えられます。ただし、どのような形式にしても、普段考えてもいないようなことを回答しなければならないのですから、問題は生じます。

 次回は、吉祥寺“覇権”終焉後の各種「住みたい街」調査について取り上げ、解説したいと思います。


[1] 「住んでみたい街(駅)アンケート 人気ナンバーワンの街は「自由が丘」」長谷工アーベスト、https://www.haseko-urbest.com/press/pdf/20031218.pdf

[2] 「住みたい街1位自由が丘、上位に吉祥寺や三鷹――長谷工アーベスト調べ」『日経新聞』2003年12月19日朝刊15面、「住みたい街は…自由が丘、吉祥寺、鎌倉 長谷工が首都圏在住者アンケート」『読売新聞』2003年12月21日朝刊8面、「自由が丘・吉祥寺…近郊が人気 「住んでみたい街」駅名アンケート」『朝日新聞』2014年1月14日朝刊11面。

[3] ただし、04年以降の長谷工アーベストの調査、ランキングでは3位まで挙げてポイント集計する方法は採用していない。調査手法が明確でない年もあるが、調査において一つの駅のみを回答するか、1位の回答のみを集計してランキングを作成しているようである。

[4] 「人気の街ほど、家賃の理想と現実にギャップ~住みたい街の家賃・理想と現実アンケート~」Lifull、https://lifull.com/files/news/press-corp/20060127.pdf

[5] 「第9回 住んでみたい街アンケート(首都圏/関西圏)2008年」MAJOR7、https://www.major7.net/contents/trendlabo/research/vol009/

[6] 「みんなが選んだ住みたい街ランキング2010年版関東編」SUUMO、https://suumo.jp/edit/sumi_machi/kanto/

[7] 「素顔の東京 街イメージ調査から⑦ 「機能」と「暮らし」二極化」『日本経済新聞』2005年7月28日朝刊15面。

[8] 「2006年『東京・街のイメージ』調査」マクロミル、https://www.macromill.com/r_data/20061128town/

[9] 「買って住みたい街ランキングに異変 船橋、浦和、戸塚が人気」日経電子版、https://www.nikkei.com/article/DGXMZO18465760U7A700C1000000/

[10] 「2017年首都圏版「買って住みたい街」「借りて住みたい街」ランキング」LIFULL HOME’S、https://www.homes.co.jp/cont/s_ranking/2017_shutoken/

[11] なお、サイト利用時の行動をベースにした「住みたい街」ランキングの嚆矢は、おそらく賃貸物件情報フォレント(2009年末SUUMOに統合)が09年に発表した、条件検索で選択された回数を集計した「住みたい街」ランキングである。このランキングでは1位吉祥寺、2位池袋、3位中目黒であった。「発表!住みたい街&路線ランキング関東・街編」SUUMO学生版、https://gakusei.suumo.jp/contents/ranking/kanto/index.html

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