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ジーン・ウルフ「デス博士の島その他の物語」書評

 今週は2本の書評を公開します。まずは池田萌乃さん。ジーン・ウルフの名作短編「デス博士の島その他の物語」を紹介してくださいます!

 ジーン・ウルフ(伊藤典夫訳)「デス博士の島その他の物語」(ジーン・ウルフ『デス博士の島その他の物語』国書刊行会、2006年)

評者:池田萌乃

 きみは本が好きだろうか? 私は好きだ。言葉が持つパワーの凄さを知ることができるし、新たな世界を知ることもできるからだ。本を読むだけでどこか自分が少し物知りになれたような気さえする。「デス博士の島その他の物語」はそんな私にぴったりと思えるような本だったように思う。さて、ここからこの本の書評を書いていこうと思うのだが、実のところ私はSFというものをまだ掴めていない。理解できていないといった方が正しいかもしれない。ともかく、SF初心者の私にはこの本の内容をSF的観点で語ることはできない。言い方を変えれば、もしきみがSFに不慣れでもこの作品を楽しく読めるという事を私は語ることができる。それを承知の上で、読んでいただけたらと思う。

 はじめ、きみはこの本を読んでいて難しいと思うかもしれない。私も最初はそう思った。何せこの本は進行が独特なのだ。進行だけではない、文体も少々独特である。なんてことのない情景描写から始まるのだが、それも最初の一行とちょっとだけだ。そのあとすぐに、きみは首をかしげることになるだろう。まるで「きみ」に対して語りかけているような、あるいは説明しているかのような文体で話が進行していることに。きみは思うかもしれない。「この話は視点役の名前をあえて出さずに『きみ』と表記していくスタイルなのかもしれない」と。しかし、そういうわけでもないことにすぐさまきみは気づくことになる。だって、五行目にはっきりと「きみ」の名前がタックマン・バブコックであることが記されているのだから。それでもこの話は「きみ」の物語として進んでいく。この時点できみは「この本、読みにくいかも」と少し気が滅入るかもしれない。さて、進行が独特と私は先ほど記した。その通りである。この本は、定期的に話が変わる。といっても、読みやすいように改行されているのであまり困ることもないかもしれない。ただ、「きみ」の日常を描いていたはずなのに、いきなりガラリと世界が変わるものだから驚きはするかもしれない。例え、それが「きみ」が読んでいる本の内容だと理解していたとしても。そして、この話の進行における独特さはこれだけに留まらない。だって、全く別の世界を繰り広げているはずの二つの話が当たり前のように交わり始めるのだから。そこでやっぱりきみは「読みにくいヤツだ、これ」と気が滅入るかもしれない。しかし、ここで読むのを止めてしまうのは勿体ない。これらの要素は全て結末の為の下準備なのだから。

 さて、ここまで見たきみは私が本をあまり褒めているように感じないかもしれないが、そういうわけではない。むしろ、褒めている。先ほど記したように、全ては結末への下準備である。ミステリー小説における伏線とはまた違う意味での、入念な下準備なのだ。ラスト4ページ、その中でも特にラスト2ページ。何より最後「きみ」と話していた人物の言葉。全てはそのためにあったのだと私は感じている。本が好きな人は何か不思議な感情になることのできるあの言葉。そして、私は頁を捲る。左にではなく右に。帰ってきてもらうために。そうして何度も、捲りなおすのだ。そして、それはきっときみだって同じなのかもしれない。

 きみは本が好きだろうか? 私は好きだ。もちろん、この本も。

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