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ジーン・ウルフ「取り替え子」書評(2)

ジーン・ウルフ「取り替え子」の書評、二人目は古賀芽生さんです。

ジーン・ウルフ「取り替え子」(『ジーン・ウルフの記念日の本』収録)

評者:古賀芽生

 子を大切に想い育てることは親に求められることの一つだが、それを「普通」にできている家庭は一体どれほど存在するのだろう。家庭環境それぞれは異なるし、普通にできないことも多々ある。では、「普通」から外れた親や子はどうなるのか。
 『取り替え子』では、主人公が洞窟に残した手紙の内容が語られている。兵士であった主人公は帰郷後、旧友やその家族と再会するのだが、そこで不可思議な事実に直面する。幼いままの旧友、存在しなかった「自分」。彼は何者であったのか、最後まではっきりとは語られないまま物語は幕を閉じる。
 タイトルにもなっている「取り替え子」とは、ヨーロッパの伝承の一つである。人の子供がひっそりと連れ去られた際、代わりに置かれる妖精などの人外の子を取り替え子と呼ぶ。日本でいうところの神隠しに近い言い伝えである。取り替え子は人の子よりも優秀であり、見分けることは容易であるとされている。また、この伝承については記録が残されており、実子を取り替え子と勘違いして殺害してしまった事例も確認されている。他にも誤解による虐待や殺害が記録されており、裁判沙汰になったケースもあったという。
 作中での取り替え子は、その出来が良いことに加え、最大の特徴として「何年経っても外見が変わらない」という点が挙げられる。おそらくは、連れ去られた時と同じ年齢の外見をした取り替え子が置かれ、人外であるがゆえに歳を取らず、それを周囲の人間に悟られないように暗示などをかけていたのだろう。
 「いつまでも幼い優れた子供」と言うと、作品を読んだ限りは不気味に思うかも知れない。しかし、いつまでも親に懐いて親の言うことを聞き、程よく手のかかる可愛らしい子というのは、一種の親の理想を体現した存在なのではなかろうか。世間には様々な親がいるが、優秀な子供を望む者もいれば、ずっと親を頼ってほしいと願う者もいる。そういった理想が取り替え子の伝承に反映されていると考えてもおかしくはない。
 それでは、親の理想にそぐわない子供はどうなるのか。最悪の場合は虐待され、その末に亡くなってしまうこともあるだろう。取り替え子は通常人の子よりも秀でた知能を持っていると説明したが、親が「こんな子は自分たちの子供ではない」と判断すれば、実子であってもたちまちその子は取り替え子となってしまう。全ては親の主観で決まってしまう都合の良い概念なのである。現代でも子供への虐待が後を絶たないが、そういった事件も取り替え子の伝承も、問題は親が子を認めて受け入れない点にあると考えられる。特に幼少期などは虐待されていても逃げることが難しく、親が全ての世界である。どのように子供と向き合っていくのか、向き合えなかった場合はどうすべきなのか、理性的な判断が求められる。
 また、『取り替え子』の主人公は自らの存在した証拠がなくなってしまったが、最後には自分の居場所を見つけることができた。世界からはみ出してしまっても必要としてくれる人は必ずいる。一人ひとりが己や周囲の人々の必要性に気づくことが、居場所を守ることや新たな居場所を見つけることに繋がると信じたい。

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