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小田雅久仁「11階」書評(2)

小田雅久仁「11階」読書会、二人目の評者は佐野竜一さんです。

小田雅久仁「11階」(『2010年代SF傑作選 2』早川書房、2020年)

評者:佐野 竜一

 今回扱う小田雅久仁の『11階』は内川良徳の視点を主として十階建てマンションの十一階を幻視する浜上日菜子との生活と、幻視される十一階の世界が舞台の物語である。

 良徳はある日コンパで出会った日菜子に惹かれ、親睦を深め帰り道をともにしていると日菜子の十一階の幻視に遭い、日菜子を家まで送り届けたのちに良徳も影響を受け十一階の世界に巻き込まれてしまう。その怪奇現象は日菜子が引き起こしたものではないかという不安を抱きながらも、良徳と日菜子は一緒に十一階の幻視を乗り越えながら生活していくといったストーリーだ。

 読み進めているときの印象は「世にも奇妙な物語」のように、ややホラーじみているというものであった。現実の中に非現実的な怪奇現象が潜んでおり、そこに迷い込むという不気味さや恐怖が頭を支配していた。しかし、読了しもう一度読み返すと情緒的な表現が豊富で人物の心情が際立ち、温かさが伝わってくるような物語だと感じた。二人の生活がしっかりと描かれているため、普通のテレビドラマを観ているかのような気分になった。セリフの掛け合いや心情表現が多彩で、怪奇現象以外の部分でも読者を魅了し引き込むのだろう。作中の表現で私が惹かれた文をいくつか抜粋する。

あの夜に見あげた天の川がふたたび背中を照らしているような気がした。
こうしてぴったりと身を寄せあって温もりを分ちあうということが、お互いにまだあまりにも特別なことだったのかもしれない。
階段の向こう側に折り返すたびに姿が見えなくなるのがまたもどかしい。
終わりの時は、ずっとそばに佇んでいたかのように静かにやってきた。

 これらの文は言語化するのが難しい人間の非常に複雑な心情を的確な表現で描かれていたり、情景を上手く表現に絡めていることで読者がその場面を思い浮かべること、物語の世界に入り込むことを容易にしている。また、リアルな現実の表現が非現実的な十一階の世界をより膨らませる。十一階の世界は空虚で不気味さを孕みながらも現実とそっくりであるため、現実世界の再現度が高ければ高いほど十一階の世界も鮮明に映し出され、現実と非現実が入り混じる感覚が演出されている。非現実的な怪奇現象を軸にしているにもかかわらず、再現度の高い情景の中で紡がれる繊細な物語は読者の心を強く揺さぶり、たしかな読後感をもたらすのだ。

 十一階の真相解明と二人の関係性の遷移がしっかりと描かれていながらも、短編小説という軽めの文章量のおかげで勢いを切らさず最後まで走り抜けることができる、非常に良い作品であった。

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