黒井千次「声の巣」書評(1)
今週の4回生ゼミでは黒井千次「声の巣」を読みました。一人目の評者は森本和圭子さんです。
黒井千次「声の巣」(『現代小説クロニクル 1995–1999』収録)
評者:森本和圭子
この物語は留守番電話をモチーフにし、失踪した男の部屋で、勝手に入り込んだ3人の友人たちが、留守番電話の録音を、これまた勝手に聞くというシチュエーションでストーリーが進む。
「私」と「菊本」と呼ばれる男が、「柿坂」という男に、友人である「蓮田」の家に呼び集められる。その部屋には鍵が掛かっていたにも関わらず、合鍵を持っているわけでもない柿坂が鍵を開けて入ったと言う事実に不信感を抱くが、そんなことよりここに呼び集められた理由が気になり柿坂に尋ねたところ、一緒に留守番電話を聞いて欲しいのだと言う。その電話機は、デスクの上や棚の間に据えられるのではなく、剥き出しの床の中央にうずくまることによって、あたかも部屋の主の如き印象を与えていた。留守番電話には、注文の品が届いたので取りに来て欲しいと言う伝言や、蓮田が参加していたと思われる「ヨミチの会」が取りやめになったことなど、日常生活で起こりうる他愛もないことだけでなく、女からの意味深な言葉までも残されていた。そして3人が集まっている10月29日の2日前には、家主である蓮田らしき男の声も残されていた。
柿坂が2人の友人を蓮田宅に呼ぶ際、蓮田がいなくなったと伝えている。親兄弟もいない、辞める時期が近づいていた会社、つまり誰も彼のことを心配していないと私が思わず言った際、そこに自分も含まれているかも知れないというやましさから後ろめたく感じたが、それはすかさず柿坂が否定した。このようなやりとりから、柿坂は蓮田のことを、友人2人を含め守りたがっていたのではないかと感じた。柿坂は合鍵こそ持っていなかったかもしれないが、頻繁に蓮田に会っていたのではないか。2人を呼ぶ3日前にも蓮田の部屋に訪れ、その際留守番電話のテープの残量を確認するなどのことをしていたり、すでに自ら蓮田に連絡し留守番電話まで入れていたこと、留守番電話を再生する際には「誰かが聞いてやらなければ、蓮田が可哀そうだ」と発言をしたこと。それらのことから柿坂は蓮田に対して、執着に似た何かを持っていたのかもしれない。また最後のシーンで、電話機が床の上で外線着信の赤いランプを鋭く光らせながら執拗に鳴り続けたのは、蓮田からの警告のような、もはやもう関わらないでくれというような思いを、巣で孵ったばかりのひなが必死に鳴くかの如く伝えられているように感じられた。
全編を通して常に漂う不穏な空気が心をざわつかせる作品であったが、それ故に真意が分からず、すべてを伝えないことが多く疑問の残る留守番電話のような作品であった。
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