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90分の「目の見えない体験」は息が止まるほど怖かった。それなのに。

「では明かりを消しますね。純度100%の暗闇になります」

案内された小さな薄暗い部屋にはほんの小さな明かりがあるだけ。その明かりすらだんだん暗くなり、目を開けていてもまったく何も見えない状態に。

やばいやばいやばい!!これは90分も耐えられないかもしれない……!

もう自分の意思では光のある空間に戻れないと思うと、水の中にいるかのように息苦しくなってくる。心臓の鼓動がどんどん速くなって、血の気がすーーーっと引いていく……。

私が参加したのは「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」というイベント。完全に光が遮断された「純度100%の暗闇」の中で、視覚に障害のある人にアテンドしてもらいながら様々な体験をしていきます。

実は10年ほど前にも参加したことがあったのですが、当時の施設がクローズしてしまったのでそれっきりになっていました。その後、竹芝と神宮外苑の2ヶ所に再オープンし、今回は神宮外苑に行ってきました。

もう一度行ってみようと思ったのはこの本がきっかけです。

この本がとにかくもう衝撃で。今回は本の内容は省略しますが(興味のある方はぜひ読んでみてください!)、とにかく視覚についてもっと考えたいと思い「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」のことを思い出したわけです。

「前にも行ったから」と何のためらいもなくパッと予約したものの、いざ「純度100%の暗闇」がやってくるとめちゃくちゃ怖い。

私は若干の閉所恐怖症で(MRIで叫び出しそうになったことがある笑)、そういう人はパニックを起こしやすいそうです。

軽い気持ちで申し込んだことを本気で後悔し始め、「ごめんなさい、ギブアップさせてください…!」と言い出すか言い出さないか、かなりギリギリのところまできていました。

それなのに、5分くらいすると落ち着いてきて、プログラムが終わるころにはちょっと名残惜しいくらいの気持ちになるんです。

この不思議な体験をぜひ多くの人に知ってもらいたいと思い、体験記を書いてみようと思います。

「声」でめっちゃ安心する

パニック寸前だった私を救ってくれたのは「声」でした。

まず耳に入ってきたのは、アテンドの視覚障害者の方の声。それまでと変わらない調子で説明を進めてくれたおかげで少し平常心を取り戻します。(そういえば、この人にとっては明かりを消す前も後もなんにも変わらないんだよなぁ……)

この日の参加者は私を入れて7人。ペアで来ている人もいましたが、お互いは初対面です。

「それではみなさんのニックネームを教えてください。『こう呼んでほしい!』という今日だけのニックネームでもいいですよ」

アテンドさんの案内で自己紹介が始まります。暗闇の中ではお互い肩に触れたり声をかけたりしながら進んでいくので、参加者同士のコミュニケーションが不可欠。そこで最初にニックネームを覚えるわけです。

このときはもう何も見えていないので、顔や年齢、服装などはすべて想像するしかありません。

ちょっとネタっぽいニックネームを名乗る方もいて、コミュ障の私は普段なら白けちゃうのですが(ほんとごめんなさい苦笑)、めっちゃ心細くなっているので笑ったり、ニックネームを復唱したりします。

まわりの方が普通にしゃべっているのを聞いていると少しずつ落ち着いてきます。よしよし、これは大丈夫かもしれない。

そして不思議なことに、自分が声を出すことでさらに落ち着いてくるんです。

ちょっとしたことでも相槌を打ったり、笑ってみたり。そうすることでいつもどおり過ごしている感が出るんでしょうか。「もう出して〜〜」と叫びそうになるのを強制的に防げていたのかもしれません。笑

いちごポッキーの匂いが忘れられない

ちょっとびっくりするかもしれませんが、私が参加したプログラムでは暗闇の中で「食べる」体験がありました。

10年前に参加したときは暗闇の中にカフェ(!)があって、お金を払うと飲み物やお菓子をいただくことができました。

カフェスペースが近づいてくると、なんかとてつもなく甘ったるい匂いがしてくるんです。

何を食べさせられるのかと思ったら、なんといちごポッキーでした。市販のお菓子の匂いとはまったく思えません。

ああ、視覚がないとこんなに他の感覚が研ぎ澄まされるのか……!

今回は「お米」を食べる体験がありました。事前に炊き立てのお米で小さいおにぎりを作って、それを暗闇の中で食べました。

まず、ラップを開けたときに「むわっ」と強烈な匂いが。炊き立ての炊飯器に顔を突っ込んでいるみたいです。

口に入れると一粒一粒の感覚がすごくはっきり伝わってきます。これ、普通の炊飯器で炊いたお米ですよね……?と疑ってしまうレベル。

味はすごく甘くてもっちもち。お餅を食べてるみたいでした。

そして一番びっくりしたのが、唾液が「じゅわじゅわっ」とものすごい勢いで出てきたこと。こんなにも自分の唾液を感じたのは生まれてはじめてだった……。

たぶんいつもお米を食べるときと同じことが起きてるはずなのに、いままで味わったことのない感覚が次々とやってきます。

視覚があることによって感じられていない物事ってたくさんあるんだろうなぁ。普段の食事も純度100%の暗闇の中で食べたらすごく味が濃く感じるのかもしれません。

深いリラックス、そして眠気

最初はあんなに怖かったはずなのに、探索したりおしゃべりしたりしているうちに、なんだか純度100%の暗闇が心地よくなってくるんです。この感覚はほんとうに不思議。。

先ほども言った通り、暗闇の中を進むにはお互いの声掛けやボディタッチが欠かせません。

「歩きます」「止まります」など、単純な動作も一つ一つ声に出します。「段差があります」と伝えたり、ときには相手の手を取って「ここに壁がありますよ」と教えてあげたり。

そうすると不思議と仲間意識が芽生えてくるんですよね。初対面(いや、見えてないから対面すらしてないか笑)とは思えないくらい、打ち解けた感じになるんです。

途中で輪になって座っておしゃべりする時間があったのですが、リラックスして楽しく話せたのがすごく驚きでした。(普段の私なら、こういうときに自分から話し始めるなんてまずないのに!)

自分の姿が相手から見えないのもめっちゃよくて。

「退屈そうに見えてないかな?」とか「あ、ここで頷いとくべきだったかな。。」とか、全く気にする必要がないんです。

これ、すごくないですか? 知らない人と話すの苦手な人だったらわかってくれますよね??笑

相手の姿も見えないから、見た目からくる先入観もなくなります。よけいな情報や気づかいが削ぎ落とされて、純粋に相手の話の内容だけに耳を傾けられる気がします。

ダイアログ・イン・ザ・ダークは職場のチームビルディングに使われることもあるそうなのですが、その理由がよくわかりました。

視覚がないことで、強制的にバイアスが取り払われて、限りなくフラットに相手と接することができるんです。

そんな感じで過ごしているうちに深くリラックスしてきて、最後の方はなんとちょっと眠たくなってしまいました。やっぱり目から入ってくる情報ってすごく多くて、それが遮断されることで深いリラックスが訪れるのかもしれません。

他の人から見えないのをいいことに、途中から床にごろんと寝転がっていました。笑

とてつもなく怖いはずの暗闇だったのに、最後の方はとても温かく感じていました。果てしなく長いと感じた90分が結果的にはすごくあっというまでした。

ダイバーシティって「違いを生かすこと」じゃないのかもしれない

というわけで素晴らしい体験ができたのですが、視覚障害にかかわる体験をエンターテインメント的に楽しむってどうなんだろう?と思ったりもします。このnoteを書くのも実はけっこう迷いました。

たしかに今回の体験で「障害のある人の追体験ができた」なんておこがましいことは絶対に言えないわけで。

ただ、視覚に障害のある人と一緒に純度100%の暗闇で過ごしたことで「いまこの自分」が何を受け取ったかについては、自由でいいんじゃないかと思うんです。

これってたぶん、ダイバーシティの議論にも通じるのではないでしょうか。

ビジネスの世界でマイノリティとされる、女性、子育て中の人、親の介護をしている人、障害のある人……。

ダイバーシティ&インクルージョンと言ったとき、そういう人たちを「どう生かすか」「どう個性を発揮してもらうか」という議論になりがちだと思います。

だけど本当に大事なのは「マイノリティとされる人と一緒にいることで自分が変わろうとする」とか「自分が何かを受け取ろうとする」ということだと思うんです。

そもそも「どう生かすか」ってすごく上から目線だし、リターンがあること前提なのはすごく利己的というか。

私も「女性としての経験を生かして……」なんて言われるとキレそうになります。お前のために女性やってんじゃないんだよ、っていう。笑

だけどそんな私だって、自分がマジョリティの立場になったときは「どう生かすか」の発想になってしまうんですよね。

異なるバックグラウンドの人を「どう生かすか」と発想するか。それともそういう人と一緒にいることで「自分がどう変わるか」と発想するのか。

ダイアログ・イン・ザ・ダークに参加したことで、後者の発想をもっともっと大切にしたいと思うようになりました。

いちごポッキーの匂いが甘ったるかったように。

唾液の生々しい感覚に気づいたように。

パニック寸前の恐怖が深いリラックスに変わったように。

いままで知らなかった感覚を通じて、ダイバーシティ&インクルージョンについて生身の体を使って考えることができたように思います。

暗所や閉所に不安のある人は、どうか無理なさらず。でもそうでない人には全員体験してほしい、素晴らしい暗闇体験でした!

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